王殺し、偽王(モック・キング)の戴冠と死

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■王の誕生と王殺し

未開社会における習俗として、「王殺し」というものがある。

原初的な共同体においては神々や外部との関係をつなぐ役割は輪番制や一定年齢以上の男または女などが選ばれてそれを担当し、徐々にその媒介者の役割を担う専業の祭祀者や首長などが誕生していったと考えられている。彼らは神との祭儀を執り行なったり、外部との折衝などを担う、あるいはタブーに触れたものの浄化の儀式を行うなどの職務を担当していたが、それは権力を持っていたというわけではなかった。

赤坂 憲雄 著「異人論序説 (ちくま学芸文庫)」P150
首長は例外なしに権力をもたない。首長は共同体の代言人として、他の共同体にむかってみずからの社会集団の意志と願望をのべつたえることができるだけなのである。また、共同体のメンバーや家族のあいだに起こる紛争にさいしても、首長は強制力とは無縁な威信(呪力)をゆいいつの武器に、ただささやかな調停作業にはげむことしかできない。

彼ら首長は当初、共同体の中では周縁部に位置するものたちであったと考えられている。共同体に使える一種の奴隷的な地位であろう。

そのような原始共同体が国家へと変貌を遂げる中で王が登場する。王は共同体にとっては外来者であったという。諸共同体の間を漂泊する者や、秩序=共同体の中ではなく全く外来=混沌の世界からの旅人、奴隷的地位にあった首長などが王となるための通過儀礼を経て王位に就いた。

赤坂 憲雄 著「異人論序説 (ちくま学芸文庫)」P152
首長が王へと転成するために、王国内をめぐる資格授与の旅が課せられる。王のよそ者性は明らかではないが、王が作られるためのすくなからず儀礼化された旅は、ひとたびは自然の中に投げだされたひとりの首長が王国の周縁から中心へと遡行する、変身のプロセスを象徴していると思われる。そうして王国の空間と歴史を同化し、ついに王国そのものの体現者として土地の人々に摂りこまれることにより、首長は王になる。

このようにしてよそ者に与えられた王権は共同体のケガレを背負う。

赤坂 憲雄 著「異人論序説 (ちくま学芸文庫)」P154
王権とは、共同体(または国家)にふりかかる災厄や穢れを一身にひきうけ浄化する、非日常性を刻印された文化装置である。

混沌の世界から秩序の世界へとやってきた王はそれゆえに超自然的な霊力を備えていると考えられた。自然災害などが起こると、それは王の霊力が弱まっているか、怠慢あるいはなんらかの罪によると考えられ、責任を取る必要があった。そこで「王殺し」が行われることになる。

ジェイムズ・フレイザー 著「初版 金枝篇〈上〉 (ちくま学芸文庫)」P301-302
未開の人々はときとして、自らの安全と、さらにはこの世の存続さえも、人間神もしくは神の化身である人間の生命に、結びついていると信じている。それゆえ当然のことながら、彼らは自らの生命を守るために、その人間神の生命維持に最大限の配慮をする。だがどれほど世話をやき予防措置を取ろうとも、人間神が年を取り、弱り、果ては死んでしまうことを、防ぐことはできない。
中略
自然の成り行きがこの人間神の生命にかかっているのであれば、彼の力が徐々に弱まり、最後には死という消滅を迎えることには、どれほどの破局が予想されるだろうか?これらの危険を回避する方法はひとつしかない。人間神が力の衰える兆しを見せ始めたならばすぐに、殺すことである。そうして彼の魂は、迫り来る衰弱により多大な損傷を被るより早く、強壮な後継者に移しかえなければられなければならないのである。

ジェイムズ・フレイザーの「金枝篇」には王殺しの様々な例が紹介されている。

コンゴの人々は大祭司チトメが病に倒れたら後継者になるものは縄か棍棒を持って大祭司の家に押し入り絞め殺すか殴り殺すことになっている。ナイル川東岸にあったエチオピア人の王は祭司が死ぬべきと判断すれば、神の名のもとに死を命ぜられ、従順に従った。中央アフリカのウンヨロ王朝の王は病に倒れたらすぐにその妻たちによって殺害された。コンゴ川上流キバンガの王は死期が近づくと妖術師が王の首に縄をかけ絞め殺すという。ズールー族は王に皺が増えてきたり、白髪が生えてきたりすると直ちに殺すという習わしがあったと伝えられる。

前述の「異人論序説」には「古代朝鮮の俗習として、洪水やひでりのために五穀が熟さぬ場合、その咎めは王に帰せられ、王は位から降ろされるか殺害されたと」いう例などが紹介されている他、古事記・日本書紀から天皇即位の儀式が執り行なわれる新嘗祭の時期(10月~11月)に王または王に近い存在が殺されるか殺されかけた例を挙げている。例えばアマテラス・アメワカヒコ・タギシミミ・垂仁・履中・イチベノオシハノミコ・崇峻などだ。もちろん彼らは伝説上の存在だが、王殺しの象徴として語り伝えられている。

■偽の王(モック・キング)の戴冠と死

共同体の永続性を保障する王殺しの習俗だったが、王権の正統性と永続性を裏付ける神話の形成とともにそれは廃れていく。王権による支配の正統性を確保し、一回限りの王権ではなくなったとき、王に変わって共同体の穢れを一身に背負って死ぬスケープゴートとなる者が必要となる。それが偽王(モック・キング)である。

その偽王(モック・キング)の前に、王殺し制度から永続的王権への過渡期的な例が金枝篇に紹介されているので引用しよう。

十七世紀の終り頃のこと、インドのマラヴァル海岸のサモリン王は以前は十二年の治世が終わると公衆の面前で自ら喉を掻き切り死を受け入れていた。しかし、王はしきたりを大きく変更する。

ジェイムズ・フレイザー 著「初版 金枝篇〈上〉 (ちくま学芸文庫)」P312
現代のサモリンたちは新しい風習に従っている。十二年の終わりに王の治世の完了を記念する祝祭の始まりが告げられる。広々とした平地には彼のためにテントがひとつ張られ、十日から十二日間、飲めや歌えの盛大な祭りが催され、昼も夜も祝砲が轟く。そして祭りの最後に、命がけで王位を狙う四人の客人は三万から四万の衛兵と戦ってそのテントに入り、サモリンを殺す。サモリンを殺した男が、この王国を継承するのである。たまたまこの記念祭に当たった一六九五年、このテントはカリカットの南に約十五リーグ(およそ七十二キロメートル)下った、王の領地内の港町、ペナニー(Pennany)(おそらくポナーニPonnaniのことであろう)の近くに張られていた。命がけで王位を狙う者はたったの三人しかおらず、それも剣を手にして衛兵の標的になり、倒されてしまった。多くを殺し多くに傷を負わせた後に、自らも死んでしまったのである。王を狙った命知らずの男のひとりは十五か十六歳の甥で、衛兵が攻撃を受けている最中は伯父である王の近くで守りについていた。そして王が倒れるのを見ると、若者は衛兵の間を縫ってテントに入り、王の頭に一撃を加えようとした。王の頭上で燃えていた真鍮のランプがその一撃を妨げていなかったら、若者は確実に王を殺していたことだろう。だがもう一度一撃を下す前に、若者は衛兵たちに殺されてしまった。

数万の軍勢を前にして単身王殺しを実行出来るものはおそらくいない。その間隙を突いた王の甥は最初で最後のチャンスだったのだろう。そういう意味でこの制度は実質永続的な王権を保障している。

このような過渡期を経て永続的な王権の誕生と共にスケープゴートが必要となる。王に変わって穢れを一身に背負い、祝祭の場で殺される偽の王(モック・キング)は奴隷や捕虜、乞食、賎民などマージナルな階層の人々がその役目を負わされた。

赤坂 憲雄 著「異人論序説 (ちくま学芸文庫)」P157
たとえば、バビロンのサカエアという祝祭では、死刑とさだめられた囚人が王の衣服を着せられ、王座について好き勝手な命令を発し、飲み食いし、王の妻妾と寝ることを許された。祭りのおわりに、囚人は王衣を剥ぎとられ、鞭でうたれ、絞殺されるか刺し殺された。このモック・キングである囚人は、王の身代わりとして死におもむくのであり、そうした代理人の役割を完全なものとするために、五日間という短い任期をつうじて王の特権を心ゆくばかり享楽することが必要とされたのである。

このような一時的な秩序の逆転は、しかし、秩序の転覆には決して結びつかなかった。むしろ、管理された混沌の解放によって秩序を強化することに繋がっていった。

赤坂 憲雄 著「異人論序説 (ちくま学芸文庫)」P159
あらゆる祝祭がしめす過剰なまでの違犯と逸脱は、いわば去勢された混沌(無秩序)のエネルギーの放出であり、秩序そのものに裏側から組み込まれた文化メカニズムなのである。

王権によって秩序付けられた共同体は、沈殿した穢れを祓うため、その穢れを一身に背負って死ぬ形代を必要とする。それがかつては王殺しであり、その王の代わりとなるモック・キングや、あるいは道化たちであった。そして彼らは共同体のマージナルな領域に疎外されて存在した下層階級の人々であり、それは秩序と混沌のはざまである種の聖性を持たされていたのである。

赤坂 憲雄 著「異人論序説 (ちくま学芸文庫)」P172
秩序の周縁部に疎外された人々=<異人>が、格好の生け贄として択ばれ、社会はこれに危機の因をなす穢れや罪のいっさいを仮託して、混沌のかなたへ放逐することにより、安定を恢復しようとする。生来の秩序にたいする異和性に加えて、社会的な負性や異質なるものといった穢れが集中的に押しつけられるために、生け贄の<異人>イメージはかぎりなく膨らんでいく。

共同体は「われわれ」から「かれら」を排除することによって成立し、他者と異端者の排除を繰り返すことによってしか、秩序を維持することはできない。そして、この二元論的世界観は今も「われわれ」を呪縛し続けている。決して原始共同体だけの出来事ではなく、現代にいたるまで数えきれないほど繰り返され続ける象徴としての「王殺し、偽王の戴冠と死」からどうすれば自由になることができるだろうか。

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