「見えないアメリカ」渡辺将人 著

見えないアメリカ (講談社現代新書)
渡辺 将人
講談社
売り上げランキング: 97073
おすすめ度の平均: 4.5

5 アメリカで何が起きているか
4 誤解されるアメリカ
4 民主党選挙本部アジア系集票担当の現場を経て著者が見たアメリカ政治の多様性
5 アメリカ二元主義の内情が良く分かる
4 「共和党」と「民主党」

よく「日本」について語られる記事を様々なメディアやブログで見かけるが、それらの多くは読んだときに微妙な異和感を感じることが多い。これは自分にも跳ね返ってくることなので、どちらかというと反省なのだが、ごく一部の現象や、事例を敢えて「日本」という大きな主語にして語っていないだろうか。

「日本」という枠組みで語られることの多くは、そのテーマに正面から向かい合うときにみえてくる多様性を敢えて無視して、均一なものとしてあらわされる。おそらく「日本」として語られる瞬間にその実体は隠されてしまう危険性を孕む。そのような過ちを自国だけでなく諸外国について語るときはより犯しがちになる。おそらく国外という距離が、その対象となる社会の多様性をより見えにくくするのだろう。

例えばアメリカ合衆国は多様な国であることを知っている。しかし、やはり気がつくと均一なイメージとしての「アメリカ」を主語として語ってしまう。その背後にはおそらく一つにくくることのできない、決して均一でない社会があるにも関わらず。

その、「見えないアメリカ」について語られたのがこの本だ。著者の渡辺将人氏はヒラリー・クリントン現国務長官の上院議員選挙対策事務所や、アル・ゴア氏の大統領選対策本部で働き、実際にアメリカ社会を生で見聞きした体験を持つ。その体験などを盛り込みつつ、アメリカの保守とリベラル、そしてその二つに抱合されていくアメリカ社会の姿をこの本では描いている。

『第一章「保守」と「リベラル」』では、アメリカ社会について考えるときに逃れられない二つの思想「保守」と「リベラル」についてリベラル派のジャーナリスト、ジョン・モーの”人体実験”を通してその違いが浮き彫りにされていく。

ジョン・モーは筋金入りのリベラル派だが、もし典型的な保守派の生活を送ってみたら自分の生活はどう変わるかを試してみたという。リベラルなシアトルから離れて保守的なマディソン郡に引越し、ニュースは「FOXニュース」「ウォール・ストリート・ジャーナル」の社説、「ナショナル・レビュー」「ワシントン・タイムズ」など保守系メディアからのみ摂取し、リベラル派の友人との会話は禁止、保守系に愛される音楽(カントリーミュージックやブッシュ大統領の娘が好きだというキッド・ロックなど)を聞き、映画は保守系映画(インディペンデンスデイやロード・オブ・ザ・リングなど勧善懲悪系のものが保守系映画の特徴だという)を見て、クアーズビールを飲み、常にステーキとビーフジャーキーを食べて、30日を過ごす。その結果どうなっていったかを「コンサバータイズ・ミー」と名付けて一冊の本にまとめたという。

もちろん、このように形から入ったところで特に思想は変わらないというのが結論なのだというが、その過程で保守とリベラルについて考察されていく。

見えないアメリカ (講談社現代新書)」P31
先のモーの「実験」は、次のことを明らかにした。第一に、政治性の異なる集団が明らかにアメリカには存在し、地域によって特に差異が著しいこと。そして第二に、同じ保守、リベラルでも、個人や小集団によって、保守やリベラルであることの意味や価値がかならずしも単一ではなく、むしろ微妙にずれているという「二重性」である。

そしてアメリカの保守には次の三つの類型があるといわれている。
1)市場経済市場主義で「小さな政府」と低率税金を志向するリバタリアンや経済保守
2)原理的に道徳と伝統的価値が保たれた社会を目指す人々
3)強い対外的軍事力を志向する人々

1)は上記の通りリバタリアンや経済保守、2)は伝統主義者や宗教保守、3)は新保守主義や例えばブキャナンのようなナショナリストなどで、微妙に重なりあいつつも全てに当てはまる保守主義というのはありえない。

モーや筆者の渡辺は実はこのような三類型にも当てはまらない大多数のマジョリティの存在に気付く。共和党に愛着があるわけでもない、ネオコン的な思想を持っているわけでもなく、また貧しい農民の暮らしを何とかして欲しいと願い「大きな政府」を支持する、保守的な町に暮らす文化的に保守な人々。それはリベラルも同様で、銃を愛好し、カントリー音楽を聴く保守的な田舎の民主党員もいる。

保守とリベラルはそれぞれ生粋の保守も生粋のリベラルも存在せず、シングルイシューで結びつく支持者たちが多く、彼らを敢えて分類するならば「アカデミック保守」と「アカデミック・リベラル」、「土着保守」と「土着リベラル」のような違いで、三類型とともに土着とアカデミックという違いがあり、それらは一見交わることのないほどに「断絶」があるように見える。

その断絶がありながら、保守とリベラルに色分けされ、綺麗に二つの政党におさまっているのは様々な接着剤が機能しているからなのだという。その接着剤について、この本では続いて「都市」「南部」「信仰」「メディア」、そして「自由主義」について概観していく。

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■アメリカの都市の変化

南部や信仰については以前色々書いたり、これからももうちょっと書くつもりなので割愛して、この本で描かれるアメリカの「都市」の変化とそれにともなう保守・リベラルとの関係を簡単にまとめておく。

19世紀末の時点では、東部と西海岸が共和党、南部と中西部が民主党支持だったが、2004年には東部と西海岸は民主党、南部と中西部は共和党支持と、およそ100年かけてオセロのように綺麗に逆転現象をおこしていった。この逆転現象はアメリカの都市がいかに変化していったかと密接につながっている。

19世紀後半、東部諸州を中心に工業化が進んでいく中で共和党は産業化を促進する政策を打ち出し、「都市政党」としてシカゴ、ミルウォーキー等の都市を勢力圏として東部諸州の支持を得た。一方で民主党は南部を中心とした農村政党であった。アメリカ東部の工業化によって、1880年代から1920年代の間に多くの移民が都市に流れこんだ。その結果、18世紀末の時点で全体の5%に過ぎなかった都市人口は、1920年代には農村人口を追い抜き、両党ともその移民の支持を得ることに注力した。

カトリックのアイルランド系移民は北東部にあって民主党を支持していたが、ポルトガル系移民はアイルランド系と対立して共和党を支持していた。その後1890年代から1920年代にかけて南欧系と東欧系移民が東海岸に流れこんでくると、彼らの多くはプロテスタントと対立するカトリックであったため、プロテスタントの支持者が多い共和党ではなく、民主党が彼らの支持を勝ち得て農村政党から都市政党への脱皮を図っていった。

特に民主党が力を入れたのが雇用政策で、特に各都市の政治的実力者が新移民に雇用を提供する代わりに民主党への投票を獲得する利益誘導型の政治(=マシーン政治)を行うシステムを作り上げていった。このカトリック系新移民と黒人、南部白人の連合がローズベルト政権から60年代までの民主党政権を支えるニューディール連合と呼ばれる支持層となる。

また、南北戦争後に解放された元奴隷の黒人たちも南部を逃れて北東部の各都市に流れこんでいった。特に黒人差別が19世紀末に再び苛烈なものとなっていくと脱出する黒人は激増。シカゴなどの各都市に「黒人ゲットー」を築いていく。元々南部での差別下で黒人奴隷達は白人たちから隠れて強固なコミュニティを築いており、その黒人教会を中心とした相互扶助的な村社会を都市の中に持ち込んだのがゲットーである。

黒人たちのゲットーほどではないにしても、各移民たちは各々で相互扶助的なコミュニティを築いていった。その中でもある意味黒人以上に強固な結束を誇ったのはアジア系移民たちでチャイナタウンやコリアタウンを建設し、自国文化のままでも生活できる環境を築いていった。黒人にしてもアジア系移民にしても、特に日常的に直面する差別やヘイトクライムに対する恐れが強固なコミュニティを作ったとも言える。

このような移民の流入とインナーシティ化(ビジネス地区の周辺を取り囲む移民貧困層や黒人アンダークラスの居住層)は都市の多様性を生むとともにもうひとつ、サバーバナイゼーション(郊外化)という変化をもたらしていった。

1920年代ごろから第二次世界大戦の終りにかけて、都市に住んでいた共和党支持の白人中産階級は移民たちの流入から逃れるようにして外へ外へと移り住み、1950年代に入ってからのアメリカの経済成長は彼らのためにテレビと車と芝生という”アメリカ的”な理想の居住空間が用意されていった。

見えないアメリカ (講談社現代新書)」P78
ヨーロッパの生活の延長で都市適応力のあった南欧や東欧の新移民や、都市部の貧民街に閉じ込められた黒人から、なるべく遠くはなれた郊外で新しいコミュニティをつくることが、豊かな白人のとるべき道だった。移民の増加で人口密集化した都市の住環境の悪化や疫病の流行。英語がわからない南欧や東欧の新移民との習慣的な不一致。犯罪の増加による治安の悪化。そして、なによりマシーン政治の恩恵にあずかるわけではないという利害の不一致だった。

さらに年月を経て移民層がチャンスを掴み、中産階級層、富裕層になって彼らもまた郊外へと移り住むようになっていくと、面白いことに、玉突きのように、白人中産階級層はさらなる郊外へと移り住んでいく。このようにして共和党支持の白人たちが郊外へと逃げ去っていくことで、都市部の民主党支持は磐石になっていった。

1970年代になると、大都市の中の「インナーシティ」がさらに拡大し、「サバービア」の外周部に「エグザーブ」という富裕層のための「準郊外」が作られていったという。後にテレビで絶大な人気を誇るようになるマーサ・スチュアートはエグザーブ系主婦のアイコンだ。サバービアやエグザーブで生活する彼らのためにショッピングモールが巨大化し、高速道路網が整備されていく中で都市が拡大し「都市よりの郊外」から「郊外の郊外」へ、さらに1990年代になると、ブルジョアの夢としての郊外化がさらに徹底されて「西海岸や中西部の高速道路沿いの遠隔地」など都市圏から遠く離れた地域に「エッジ・シティ」が作られていったという。

近年になると、セキュリティ意識が高まり郊外コミュニティをフェンス等で囲う「ゲーティッド・コミュニティ」が登場した。南西部「サンベルト」のダラス、ヒューストン、ロサンゼルス圏が大半で、2001年の調査ではおよそ700万世帯がフェンスで囲まれたコミュニティに住み、そのうち400万世帯が暗証番号やキーカード付のゲートやセキュリティガードがいるゲーティッド・コミュニティに住んでいるという。

アメリカの郊外化は異質なものに対する極端な恐れが生み出していった、ということが非常によくわかる背景だ。アメリカの映画は郊外を舞台にした映画が多く見られるが、例えば傑作「アメリカン・ビューティー」など近年のサバービア映画にはどこか異質なものに対する恐れが根底にあるように見えるのは、こういう郊外化の前提があるのだということを理解すると、アメリカ映画の見方も変わるように思う。

さて、このような移民と郊外化という都市の変化を一つの要因として、民主党と共和党の支持層逆転現象が進行していった。もちろん、この本では前述の通り都市の変化とともに、南部、信仰、メディアなどを取り上げて保守とリベラルという二項対立へと抱合されていく社会の様子をじっくりと描いている。その上で最終章で取り上げられるのは「自由主義」つまり、現代のリベラリズムとは何か?という問いだ。二項対立によって分断されてきた歴史の中でアメリカは多様性を育んできた。

見えないアメリカ (講談社現代新書)」P231
アメリカはたしかに「自由主義の唯我論」に陥りがちかもしれない。しかし、封建制を打ち破る革命の必要性がなかったアメリカにも、打ち破らねばならない諸問題はあった。奴隷制と人種をめぐる問題、ジェンダー差別、移民エスニック集団の共存、戦争をめぐる是非。つまり、イデオロギー対立はなかったものの、公民権運動、女性・同性愛解放運動、エスニシティの多様性をみとめる多文化主義などをめぐって、国内的な衝突のなかで「内なる多様性」と向きあってきた。

そのような二項対立の影に隠れた多様性という名の「見えないアメリカ」を、この本は丁寧に見ていっている。この姿勢はおそらく均一なものとしてとらえられた「日本」というイメージの影に隠れた多様性という名の「見えない日本」を見ていくために必要であり、その「見えない日本」の様々な姿と向き合っていくことが、今非常に重要なのだと思う。

日本の「内なる多様性」にこそ、今、向かいあわなければならない。それゆえに「日本」として語るのは細心の注意をもってせねばならない、ということを心がけておきたいと思った一冊だった。

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