かつて天皇は「天の羽衣」を身にまとい祭祀王となった

「天の羽衣」という言葉がある。

天皇即位の儀式「大嘗祭」が執り行なわれる前に、天皇は沐浴を行う。その際に身につける湯帷子には霊力がこもると信じられ、その湯帷子は特に「天の羽衣」と呼ばれた。

少し長いが高取正男著「神道の成立」より大嘗祭の様子を引用しよう。

高取正男著「神道の成立 (平凡社ライブラリー)」P83-84
大嘗祭は四ヵ月前の八月から準備に入り、その当月、十一月朔日から散斎(荒忌)に入る。諸司は執務はするが、弔喪、問病、食宍を避け、刑殺を判ぜず、罪人を決罰せず、歌舞音曲をつつしみ、穢悪の事を避けると「神祗令」に定められている。三日前の丑の日から致斎(真忌)に入り、一切の日常業務を停止して祭祀のことだけに専念する。こうして待ちのぞまれた祭儀の本番は、天皇が廻立殿で沐浴し、身を浄めるときからはじまる。天皇は聖なる浄衣(湯帷子)を身につけることで、日常性と最終的に決別する。そのときから天皇自身はもちろん、天皇が主役をつとめる大嘗宮全体が聖なる時間帯に入る。このことが基礎にあってこの浄衣を「天の羽衣」とよびならわしたのだろう。
『延喜式』によると、当日の午後六時ごろから主殿寮は大嘗宮の悠紀・主基二院にそれぞれ燈火(ともしび)、燎火(かがりび)を二つずつ設け、大嘗宮の南門外には夜通しで庭燎(にわび)を焚く。そのために悠紀・主基の二国は御殿油二斗(夜別五升)、燈蓋と盤を各八口、燈心布八尺(夜別二尺)、炭八石(日別二石)、続松三百廿炬(長各八尺 夜別八十炬)、薪一千二百斤(日別三百斤)を用意するとある。これだけの照明によって準備をととのえたあと、午後八時ごろに天皇が廻立殿に入ると、すべてが聖なる時間におしつつまれる。

この沐浴の後、実際の儀式の様子はあきらかではないが、聖俗両方に君臨する祭祀王としての天皇が誕生する緊張感に満ちたその一瞬を迎えるために身にまとうその衣になんらかの呪力があると考えられたのだろう。

この「天の羽衣」という言葉は十世紀に成立した有職書『西宮記』が初出で、ほかは十二世紀初頭に大江匡房が著した『江家次第』などがある。高取はこの「天の羽衣」という言葉は「大嘗祭」が制度化されてからかなりの時代が過ぎてから使われ始めた語であろうと指摘する。

高取正男著「神道の成立 (平凡社ライブラリー)」P84-85
もしも斎戒のための浄衣であるものがほんとうに神聖な呪物であるなら、名まえをつけてよぶことさえ憚られるはずである。「天の羽衣」といった文学的で優美なよび名が現れたのは、西郷氏(引用者注:西郷信綱(国文学者))の指摘のとおり、貴族たちが大嘗祭の儀式次第などについて、有職の観点からいろいろ記述しはじめた時期とあまり隔たりがないのではなかろうか。行事をある程度は客観視する立場が現れないかぎり、そこで使う用具を美的名辞で修飾しようとする意識も顕著にならないからである。

おそらくはノスタルジーもあったであろうと思う。初出の『西宮記』が著された十世紀は藤原氏による摂関政治の全盛期であり、天皇は一定の権威権限はあったかもしれないが、すでに外戚藤原氏の勢力の下で行政府のシステムに組み込まれた存在であった。さらに十一世紀に入ると天皇に変わって上皇=治天の君が最高権力者として権力を行使する院政期に突入する。天皇は治天の君の下で祭儀を司るに留まっていた。
そのような現実の中で、かつての神秘的な霊力を持ち「聖俗両方に君臨する祭祀王としての天皇」へのノスタルジーが、貴族たちをして優美でこの上なく文学的な「天の羽衣」という表現を生んだのであろう。

しかし、「聖俗両方に君臨する祭祀王としての天皇」などは本当に存在していたのか。諸豪族の連合の上に成立した王権は絶対的な権力も権威も行使出来なかった。初期には各豪族が神々の末裔として王権内で派閥争いに明け暮れ、道鏡などのように早くから国政を壟断する廷臣が多数登場し、中国の制度を取り入れた律令制は一世紀も持たずに機能不全に陥って諸地域の新興勢力が勃興して荘園制度へと移行し、わざわざ朝廷が各地に天皇の霊力があるとされた幣帛を届けてまわるはめになっていた。その地殻変動は武士階級の登場をもたらして、平将門らの反乱を招き、さらに朝廷内の権力闘争に敗れた者たちは怨霊として反王権勢力に利用され、怨霊菅原道真が時の天皇を呪い殺したエピソードのように、八世紀から十世紀にかけてはすでに地に落ちていた。

おそらく一定の天皇の霊力にたいする信仰はあっただろうが、「天の羽衣」という呼び名にこめられたある種の憧憬は、ベネディクト・アンダーソンが想像の現実(イマジンド・レアリティーズ)と呼んだそれと似た感覚であったのではないかと思う。

すでに天皇の権威は低い。しかし、そのような中で「大嘗祭」は、古くから言い伝えられていた故事に則って、大々的で、少なからぬ緊張感に包まれながら粛々と進められる。かつては、この祭儀は一層の権威と神秘性を秘めていたのだろう。沐浴で使われるその湯帷子はまさに天皇の霊力を象徴するにふさわしい・・・そんな想像上の過去への憧憬。

本郷和人著「天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書)」P139
過去を仰ぎ見る。中世において、栄華は常に過去に存在するのだ。あるいは(中略)、昔を栄光の時代と認識して想い起こすようになったその時に、中世という時代が始まったのかもしれない。

「天の羽衣」という言葉の背後に込められたその「聖俗両方に君臨する祭祀王としての天皇」という想像上の過去の栄華への憧憬は中世を準備した。そして、その想いはゆっくりと歴史の底に沈殿し、千年の後にナショナリズムと結びつき近代国家としてその姿を現すことになる。

天の羽衣。美しすぎる呪縛の言葉。

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