村社会の宿業「子殺し」が生んだ妖怪「座敷わらし」

古くから言い伝えられる妖怪に座敷わらしがいる。子供の姿をした妖怪で、家の中でがさがさと音を立てたり、他愛のないいたずらをし、座敷わらしが棲み付いた家は豊かに栄えるといわれる。

柳田國男の「遠野物語」には二つ、座敷わらしのエピソードがある。

遠野の土淵村大字飯豊のに住む今淵勘十郎の家には十二~三歳の男の子の座敷わらしが棲みつき、廊下ですれ違ったという。また、同じ村の佐々木某の家では主人の留守の間主人の部屋で紙をがさがさする音が聞こえて家人が部屋に入ってみるがだれもいなかった、というエピソードで、座敷わらしという神が住む家は”富貴自在なり”という。(遠野物語一七)

古くから女の子の座敷わらしが二人棲みつき、とても栄えていた山口孫左衛門という学者がいた。ある日村人が村の橋の辺りで見慣れない女の子二人とすれ違う。「お前たちはどこから来たんだい?」と村人が尋ねると、「おら山口の孫左衛門のところから来た」と答える。「これからどこへ行くんだい?」と再び村人が尋ねると何某かの家に行くと答え、去っていった。しばらくして、孫左衛門の一家は主従二十数人、丁度遊びに夢中で家に居なかった七歳の女の子を残して、昼食に取った茸の毒にあたり死に絶え、その死後、遠縁の親戚らが次々とあらわれてその財産を味噌に至るまで残らず奪い、七歳の少女には何も残らなかったという。(遠野物語一八~二十)

(以上、柳田國男著「遠野物語 (集英社文庫)」P24-26より)

このようなエピソードで語られる「座敷わらし」とは何だったか。もっとも有力な説として、間引かれ殺された子供の霊だといわれている。

赤坂憲雄著「異人論序説」P260-261
柳田がザシキワラシという妖怪と関連させてかんがえていた若葉の霊について、折口信夫がこうのべている。”東北地方では所謂まびくと言ふ事をうすごろと言う土地もあって、そのまびかれた子どもが、時々雨の降る日など、ぶるぶる慄へながた縁側を歩くのを見る。これを若葉の霊といふのだ”(「座敷小僧の話」全集十五巻)。口減らしのために間引かれた嬰子の霊は、家屋の外には出さず、土間の踏み台のしたや石臼場など人に踏みつけられるのをつねとする場所に埋められた。
(中略)
あえて人々に踏みつけられるのをつねとする場所に埋葬されたのは、それがおそらく、全員一致の暴力としての供犠の形式だったからである。供犠の庭で、生け贄の死骸を参加者全員で踏みつける事例は、珍しいものではない。ザシキワラシは民話的想像力によって紡ぎなおされた、<異人>殺しの集合的記憶であるのかもしれない。

古くから生け贄は、共同体の中で周縁に位置する子ども、老人、女性、身体・精神障害者、被差別者など弱者がその対象となっていた。日本の村々で実際に生け贄が行われていたかは定かでないが、少なくとも子どもの間引きは頻繁に行われていたという。

これは古くから子どもが、人ではないと考えられていたからではないかと思われる。網野善彦は宮本常一の解説を引いて、童が神聖なものと考えられ、大人からの統制を外れて自由に振舞うことが許されていたことを指摘している。子どもは共同体の通過儀礼を経て、はじめて人として迎えられる。それまでの間は共同体にとっては異端者であった。また聖と穢は表裏一体である。子殺しは、ごくごく自然な流れとして行われていた。

逆に、以前も書いたが姥捨てなど老人殺しは言い伝えだけで実際は行われなかったと考えられている。文化人類学者の波平恵美子は老人はすでに共同体の一員であったこと、老人といえども村社会ではなんらかの働きが行われていたことなどを挙げて、姥捨ては単なる伝承にすぎないことを指摘している。

間引かれ、殺された子どもの霊が座敷わらしとして棲み付いたと考えると、座敷わらしがもたらす富貴は、間引きの結果としての財というように見えるし、また死んだことによって残された家族やあるいは共同体が助かったことへの感謝として、崇め祀っているのだろう。

また、上記の遠野物語の二番目のエピソードは、その供犠の効果が切れたことを示しているのかもしれない。はるか昔に、直接ではないにしろ、なんらかの犠牲になった二人の少女の聖性が消失したとき、没落が始まる。それゆえに、二人の座敷わらしが立ち去ったことがわかったそのときに、村社会としては、生き残った七歳の女の子こそ殺さねばならなかった。だが、ときすでに遅く孫左衛門の没落が発生した。その穢を村社会全体に感染させないように少女は犠牲にならねばならなかった、ということの象徴のようだ。

共同体は内と外を厳格に峻別し、その秩序の安定のために異端者の排除と犠牲を必要とする。可愛らしい子どもの妖怪「座敷わらし」はそのような共同体が暴力によって圧殺し続けた宿業を内包する存在であるのかもしれない。

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参考サイト
座敷童子 – Wikipedia
参考書籍

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