土葬を畏れる宗教的背景と異文化を尊重する寛容な社会への展望

asahi.com(朝日新聞社):日本のイスラム教徒に永眠の地は 土葬の墓、住民ら反発 – 社会
 日本に住むイスラム教徒の間で墓地不足が深刻だ。土葬のため、地域住民から理解を得られず、行政の許可がなかなか下りない。土葬に嫌悪感を抱く人が増えたのと、2001年の9・11テロの影響でイスラム教徒への偏見が強まったためという。外国人が約10万人、日本人が約1万人と推計される国内イスラム教徒の多くが日本で永眠の地を求めている。

古くから日本でも土葬が主流であり、火葬になったのは技術的な進歩があった近年のことである。しかし、なぜ土葬を畏れるのか、それは土葬ゆえではないかと思われる。
以下、波平恵美子著「ケガレ (講談社学術文庫)」より日本社会の死のケガレと葬儀について簡単にまとめ。
古くから死はケガレであった。ケガレというのは端的にいうと「秩序に対する危機的状況」のことだ。人の死は日常生活という変わらない秩序に心理的、社会的、儀礼的な面で不安定化という危機的状況をもたらす。
その死のケガレという秩序の不安定な状況は、「初めの死とは別の、新たな不幸や不運を招きやすいもの」であり、「初めの死とは別の、新たな不幸や不運」=「魔」につけ入れられやすいと考えられた。それゆえにその死のケガレは宗教的儀礼をもって「清め」なければならない。葬儀などの宗教的儀礼はそのような心理的、社会的、儀礼的秩序の回復を目的として行われる。
以前まとめた通り(参照)、基本的に死者は満たされない状態にある、と考えられてきた。その死者の満たされない飢えや欠乏感を満たすために宗教儀礼が行われ、死者は完全に満たされたときに成仏し、ケガレは祓われる。
死者が成仏するまでにどの程度の時間が必要か、というと最長半世紀ぐらいになる。死の発生から四十九日間はケガレが強く七日毎に丁寧な儀礼が行われケガレが逓減していくものの、多くの例として遺族は他家の者と接しないなど忌み籠りが行われる。四十九日が過ぎ、一年が経つとケガレは大幅に低下するが、その後も三回忌、七回忌など幾度も儀礼は行われ、三十三年あるいは四十九年、五十年目にやっと儀礼は終了する。
このように成仏するまでおよそ半世紀かかり、その間はケガレは残っているという前提で儀礼が行われていた。おそらく土葬された遺体が土に還るまでの期間として想定されていたものであろう。この間、特に最初の一年はいわば死が身近であり続ける不安定さを孕んだ期間であった。
火葬は古くからその死のケガレを一挙に解消するものと考えられてきたようである。それは例えば天皇に対する反逆者に対しては火刑によると定められていたことからも窺い知れる。天皇の神聖性を脅かす反逆者のケガレが何年も残り続けるのは秩序に対する決定的な危機と言えるだろう。例えば怨霊信仰は、非業の最期を遂げた人物を、時の権力者に不満を持つ勢力が怨霊として祀り上げた反権力運動として盛り上がりを見せたように、反逆者の死が「魔」を呼んでは秩序自体を揺るがしかねない。
一挙にケガレを祓う火葬は、古くから土葬でありつつも強く求められる技術であった。火葬技術の飛躍的発達はいわばその死のケガレを消し去り、死の重みから人々を解き放ち、特に現代の生の可能性の急拡大を加速させる効果を持っていた反面、宗教的儀礼の喪失をもたらしているが、それはやむを得ない流れであろうと思う。
このような宗教的・民俗的背景があって、土葬を畏れるのは、土葬が身近になることでの死の重みの拡大と、心理的不安定さへの畏れであるだろうと思う。
日本の火葬であることの方をより求める心理に対してイスラム教の場合は土葬であることこそが重要である。それは特に最後の審判後の復活を信じるキリスト教とイスラム教に顕著なのだが、いずれ来るであろう最後の審判のときに身体が残っていないと天国に行くことが出来ない。熱心な信仰心があれば、土葬されることこそが人生の到達点となるだろう。
とはいえ、キリスト教圏では土葬にかわり火葬の習慣が広がっているという。ローマカトリック教会は火葬を禁じているが、欧州では七割から九割、米国でも半数近くが火葬に切り替わっているという。これは世俗化の進展と関連があるようだ。伊藤雅之著「現代社会とスピリチュアリティ―現代人の宗教意識の社会学的探究」によると欧米各国における教会出席率は一九九一年のデータでは米43%、英14%、仏12%となっており、特に世俗化の進展度合いが高い英国は教会への所属者数は年々減少し、少し古いが一九八七年では成人人口に対する割合は15%程度となっている。ただ、キリスト教各宗派など伝統宗教に代わりスピリチュアル的なものへの信仰が拡大しているようだが。
宗教心が強い地域、文化で土葬の習慣は顕著なのだと思われる。
民主主義の鉄則は多様な文化の尊重にあり、特に、一九九四年にヨーロッパ審議会で提起されたマイノリティの文化主張権(cultural right)は今後の多文化社会化する世界の潮流でとても重視される権利の一つだ。(文化主張権という訳は土屋恵一郎著「正義論/自由論」による。)
文化主張権はその名の通り自身の持つ文化を主張、表現する権利という意味合いだが、マイノリティのという但し書きには意味がある。マイノリティとマジョリティ両方の文化主張権を認めてしまうとマジョリティの文化がマイノリティに対して抑圧的に働く可能性があるし、また現にこれまでの歴史的な流れとして国民国家化してきた社会の中でマイノリティの文化は抑圧されても来た。それゆえにマイノリティの文化主張権を重視し、マジョリティは寛容の精神を持って接しましょうということだ。

土屋恵一郎著「正義論/自由論―寛容の時代へ (岩波現代文庫)」P281-282
マイノリティーであろうと、そのマイノリティーであるという印を持つものとして、社会における地位を認め、その宗教と文化の表現を社会的レベルで認容しようとするものである。
(中略)
とりわけて、私たちが、日本の社会のなかで、多様な文化、宗教、民俗の混合体として社会を見ることができるためには、「文化主張権」による寛容は、大きな意味がある。まるで純粋民族であるかのように日本人を考えることが、簡単におこなわれ、それが暗黙の不寛容となって、異なる宗教と文化を持つ者に対する私たちの態度としてあらわれてしまうならば、「文化主張権」への寛容を確認することは、私たちが将来を生きるために不可欠のものとなるであろう。

そのような背景で、このイスラム教徒の土葬の例の場合は、まず彼らが土葬出来るよう行政は最大限の措置を行う必要があるだろう。特に仏教徒の場合は各地域ごとに墓地が設けられ様々な選択の余地があり、その葬儀文化は十分に尊重されている。多様な文化を認めるという原則に従って、土葬が出来る限り可能になるような方向で公衆衛生や土地の問題も含めた環境づくりが重要だろう。
その反面、イスラム教徒の墓地を受け入れることになる地域住民への配慮も最大限重視されなければならない。特に上記のような土葬忌避の宗教的背景があることを考慮して、地域社会は理解のための啓発教育や、イスラム教徒とのコミュニケーションの機会を設け相互理解を進める必要があるだろう。また仏教・神道などその地域に身近な宗教関係者は、イスラム教徒の信仰を侵害しない範囲で、地域住民を安心させる目的で、イスラム教徒の土葬に対して、その死のケガレを清め祓うという主旨の祭祀を行う必要があると思う。
おそらくそのような宗教的ケアを欠くと、人々の間で無言で沈殿していくケガレの忌避感は、近年の政治的状況から人々が感じている偏見と混ざり合い、イスラム教徒に対する過激な差別感情へと発展していくおそれがある。そのような宗教上の排外的心理は根深いものとなりがちなのは歴史が証明する通りで、現在の被差別層の誕生が古くは室町時代であるように、最悪数百年以上も続くような深刻な自体に繋がりかねない。
将来的には様々な地域で地域ごとに信仰や文化に応じた多様な埋葬方法が選択出来るのが望ましいが、過渡的に、例えば大規模な共同墓地の一角が提供されるというのも選択肢としてはありだと思う。以前、知人が共同墓地は清められた空間だという主旨のことを言っていて、ああなるほどと思ったことがある。おそらく宗教的心理のハードルは共同墓地だとかなり下がるのではないか。
この様々な文化との共存とマイノリティへの寛容という問題は、一朝一夕に出来るものではない。例えばアメリカでの長きに渡る文化戦争、近年統合したEUで吹き荒れる排外主義の嵐など深刻な対立を巻き起こしてきた。今は世界的にも分断され、見通しが暗いが、そのような対立の中で解決の糸口を模索していくことが、より寛容な社会への第一歩であると思う。
ただ寛容であることを強いられる側の思いというのをいかにして受け止め、寛容性をひき出すことが出来るか、というのが最も困難な問題であり、その挫折が往々にしてより深刻な問題となっている。それゆえに、これは賛否両論を巻き起こすテーマなのだろうと思う。
以上、現時点で、このニュースについて僕が知ること、考えたことを簡単にまとめてみました。
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