なぜ人類の脳は250万年前に突然大きくなったのか?

我々人類の脳はおよそ二五〇万年前から一五〇万年前にかけて突如として二倍以上の大きさに急成長した。以下、スティーヴン・オッペンハイマー著「人類の足跡10万年全史」第一章よりまとめ。

当時の世界は鮮新世から更新世へと移り変わる過渡期で、気温が急激に下がり、乾燥した氷河期が何度も繰り返し訪れる時代を迎えようとしていた。およそ一万八千年前にピークを迎える最終氷期までの間に石器と大きな脳を持つ最初の人類がアフリカに登場し、様々な種属の人類が登場しては消え去っていきつつ現生人類へとつながっていく。

人類学者サラ・エルトンは二五〇万年前から一五〇万年前までの類人猿の頭蓋化石から脳の大きさを計測し、同時期に分岐した六つの種(ホモ・ハビリス、ホモ・ルドルフェンシス、ホモ・エレクトス、ホモ・エルガステル、ホモ・ローデシエンス、パラントロプス)を含むヒト科の二系統ホモ属とパラントロプス属について調査し、その結果、対象の期間の間で他の大型サルたちと違って、ヒト科のホモ属(エルガステル、ハビリス)とパラントロプス属だけが継続的に脳が大きい種があらわれ、かつ、脳のサイズがそれぞれの種のそれぞれの種内でも増加しているという脳の増大を示す兆候を見せていた。

このおよそ一〇〇万年の間にヒト科の脳の平均サイズは400ccから900ccへと二倍以上に成長し、その後さらに二〇〇万年前に最盛期を迎えるホモ・ハビリスと一三〇万年前~一〇七年前のホモ・ローデシエンシスとの七〇万年の間におよそ二・五倍へと成長し、それ以降のおよそ一二〇万年の間に登場するアジアのホモ・エレクトゥスやネアンデルタール人は1200cc→1500ccと最初から大きいサイズで登場し微増に留まり、現生人類であるホモ・サピエンスは1600cc→1400ccと一五万年かけて脳容量は全体的に微減している(この微減は脳が大きくなりすぎたことによる出産リスクに対応した変化と考えられている)。

この結果、以下の三点が指摘される。

・鮮新世末期から更新世にかけての気候変動は、ヒト科の脳の成長に選択的に有利に働いたが、同じ環境にいた他の霊長類には無かった。
・従来、脳の成長には多くのカロリーが必要で、脳の成長の促進のために道具と集団で協力して行う狩猟と肉食が脳の容量増大に影響したとする肉食説が主流であったが、調査の結果同じく道具と集団での狩猟・肉食を行う他の霊長類には脳の増大の兆候が無かったこと、また菜食中心だったパラントロプス属に脳容量の増大が見られたことで、肉食説の信頼性が揺らぐ結果となった。
・およそ二〇〇万年前に脳の大型化が最も加速した。

集団による狩猟と肉食は人類だけでなくライオンやハイエナなど様々な動物でも見られる。それら肉食動物と人類の違いは、まず雑食であるということで、肉だけではなく果実や根菜など様々な植物を食べ、それゆえに他の肉食動物と違い、広食性と融通性を持っている。

また、肉食の意味も違い、肉は必須の食物ではないことが挙げられる。例えばチンパンジーは人類と同様に集団で狩りを行うが、それは生きるための手段としてではなく、チンパンジーのリーダーが優位を示すために行われる。肉を食べることが出来るのは集団全員ではなく仲間に信頼されているリーダーや、狩りをするオスが交尾したいと思うメスが中心だという。性選択がもたらした結果としての肉食という意味合いがチンパンジーや人類には強いと言われている。

人類独自の発展として四〇〇万年前に登場したアウストラロピテクス属は直立二足歩行を行った。この直立二足歩行はヒト科だけが行う特徴で、この直立二足歩行が出来たか否かが人類とそれ以外を分ける基準である。直立二足歩行によってその後氷河期に拡大するサバンナでも遠くが見渡せるようになったこと、手が自由に使えるようになったこと、移動距離の飛躍的増大、体温調節が柔軟に出来るようになったことなどが挙げられる。

・肉だけでなく様々なものを食べる広食性と融通性
・狩猟、採集など環境を利用するため集団で生活する社会的協力関係
・直立二足歩行

この三つの特徴が、二五〇万年前からの氷河時代にともなう周期的なアフリカの乾燥下でおきた急速な脳の成長に関連付けて考えられている。しかし、これらはその下地であって、直接的な理由についてはよくわかっていない。

ホモ・ハビリスやホモ・エレクトスなどホモ属は簡単な石器やハンドアクスなどの石器を使いはじめており、それは脳の増大と大きな関連があると考えられているが、最も大きい可能性は言語の使用ではないかと推測されている。

言語は身振り言語から発展したと考えられている。

スティーヴン・オッペンハイマー著「人類の足跡10万年全史」P50
身振りの言語は類人猿のあいだから発生し、この新しい技術が進化していくについれて習慣的な、あるいは記号化されたものになっていった。つづいて、すでに霊長類のレパートリーの一部に「生まれながらに」そなわっていた音声シグナルが利用されて発展して、入念に記号化された意思の伝達になった。それから進化的な圧力が、音声器官の発達を、そして身振りを制御する脳のすぐ隣の部位の発達をうながした。この部位が、言語中枢、しばしばブローカ野と呼ばれているものである。

言語の起源は現生人類(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人そして両方の祖先にあたるホモ・ハイデルベルゲンシスが話すための解剖学的特徴を持っていたことから言語を使用していたと考えられているが、それでも五〇万年前までしか遡れていない。ただし、それ以前のホモ・エレクトスまで遡れる可能性があり、またホモ・ハビリスの頭蓋の中にはブローカ野のへこみではないかと推測されるものもあるという。

もし、二五〇万年前のホモ属やパラントロプス属などで言語が使用されていたことが証明されれば、脳の急成長の理由が言語の使用にうながされた可能性が強くなる。また、遺伝子研究の面でもチンパンジーと人類の種分化のあとにY染色体上での二つの密接な突然変異がおきており、この突然変異のどちらか、または両方が大脳の非対称性および言語と関係があると推測されているという。

この二五〇万年前から一〇〇万年かけて起きた脳の容量の急成長と世界の気候の変化は、それから一五〇万年ほどかけてじっくりと人類の拡大と発展を方向付け、世界中に人類を拡散させ、その蓄積が三万五千年前の後期旧石器時代に技術革新を呼び、圧倒的な加速度で中石器新石器時代を駆け抜けて農耕牧畜の開始と定住生活によって文明が誕生して人類の歴史が幕を開けていくという、人類の爆発的な文化発展の下地になった。そして脳の発達が止まったことによって、文化はそれ自体を糧として指数関数的に加速して発展していくことになる。

二五〇万年前におきた大きな脳の誕生が今の我々のありとあらゆる行動を作り上げている、ということがよくわかりますね。

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