ムスリム同胞団は何を目指しているのか?その方針と政策のまとめ

ムスリム同胞団は1928年、当時22歳の若きイスラーム思想家ハサン・アル・バンナーによって設立された政党である。当時のエジプトはイギリスの植民地支配下にあり、その植民地支配から独立すべく、古いイスラーム的慣習や文化を否定する世俗的な民族主義が台頭していた。植民地支配による搾取と政治の腐敗、世俗主義の横行による宗教と道徳の退廃などに危機感を覚えた彼は西欧列強からの独立とイスラーム文化の復興を訴え、支持を広げた。

第二次大戦後の混乱の中でバンナーは英国傀儡政権である王党派に暗殺されるが、その後ムスリム同胞団は後のエジプト大統領ナギーブ、ナセルらが率いる民族主義団体「自由将校団」と手を組み、1952年、クーデターによって英国から完全に独立した新政権を樹立する。

しかし、蜜月は長くは続かなかった。1954年、ナギーブとナセルの内部対立の中でムスリム同胞団の支持を得たナセルが政権を掌握すると、「宗教は国家に従属すべき」とするナセルと「イスラーム原則に基づいた国家運営」を求める同胞団との間で政教分離原則を巡って対立。ソ連の後ろ盾を得たナセルは無神論的な社会主義を背景として、ムスリム同胞団を非合法化し弾圧に乗り出す。その徹底的な弾圧の中で、60年代にはほぼ壊滅状態となった。

ナセルの死後、サーダート政権でムスリム同胞団は大統領の支援もあって息を吹き返すが、その際、イスラーム主義過激派あるいは戦闘的イスラームなどと呼ばれる武装闘争を中心としたサイード・クトゥブ思想に傾倒する勢力を極力排除し、非合法組織ながら合法活動によって政治改革を目指す穏健なイスラーム主義団体としてムバーラク政権下で勢力を伸ばしてきた。

2005年、ムスリム同胞団は同党の方針である「改革イニシアティヴ」を発表している。

以下「CiNii 論文 – ムバーラク政権下のエジプトにおける「民主化」とムスリム同胞団–改革イニシアティヴと政治活動をめぐって (特集 地域研究の前線)」よりまとめ

■基本原則
1)エジプト、アラブ諸国、イスラーム世界に対するアメリカなど諸外国による支配と介入の拒絶
2)完全なる改革は国民的要求であることの強調。自由かつ尊厳ある生活、祖国の覚醒、自由、公正、平等、シューラー(協議)の原則を実現するための改革が国民の間で強く望まれているということ
3)政治改革の優先
4)国民的結集の協調。改革の先導役は、政府や特定の政治勢力が担うものではなく、すべての人々が担うべき責務である
■改革提言の概要
13分野100項目に渡って改革提言がなされており、それは以下の四つに分類できる。
1)イスラームの教えに基づく「正しい」教育・文化の普及と人間形成のあり方など「健全な」人間形成に関する提言
2)社会問題の解決や国民の生活改善、キリスト教徒や女性の権利保障による国民間の格差解消や国民統合の促進などエジプト国民の生活にかかわる提言
3)「民主主義の施行なくして、改革は望めない」として政治、司法、選挙制度、外交の四分野における政治改革に関する提言
特にエジプト憲法第二条「イスラームのシャリーアの原則は、立法上の主要な法源である」との条文の適切な履行とシャリーアの重視。政治的権利と自由の保障、適切な法改正による民主主義の制度面での保障などが挙げられている。
4)財政赤字の増大や貧富の格差拡大などを踏まえた経済再建と所有権や経済活動の自由尊重。支配従属関係を伴うグローバリズムに反対する立場からのエジプト国内の生産能力向上、経済制度の整備など経済改革に関する提言。

特に政治改革については具体的に以下の通り5つの項目に分類される

1)個人的および公的な権利と自由の保障
信仰の自由、宗教儀礼をおこなう自由、公序良俗の範囲内での思想と表現の自由、政党結党の自由、社会的治安の枠内での社会的自由、平和的デモの権利、政治犯の釈放、拷問の禁止、職能組合および労働組合に対する活動規制法の廃止など、政府による弾圧や政治活動への介入阻止を目指す方針。
2)立憲議会制
「国家制度について我々が堅持するものは、イスラームの教えの枠内での、共和制、議会制、立憲制、民主主義である」として、シャリーアの元での立憲議会制が唱えられている。
自由かつ公正な公選挙による権力交代の原則の義務と尊重、選挙の公正性・中立性・健全性を保障する選挙法の制定、ならびに最大得票政党による政党樹立、選挙権の保証、被選挙権の保証など。
3)適切な法改正と法秩序の形成
軍部の政治不介入とシビリアン・コントロールの原則の保障、政府による治安機関の濫用の禁止と治安機関の機能縮小、大統領の国民象徴化と任期期限、非常事態令・政党法・職能組合法・報道法など人権を制限する諸法の廃止など政府による公的活動への介入排除と政治的活動の自由の拡大を目指す。
4)司法改革
軍事裁判によるイスラーム主義者弾圧が日常化している現状に対する改革を訴えるものとなっている。
a)行政権(司法省)からの司法権独立強化、特別法廷の廃止、軍事法廷の管轄の縮小と明確化
b)基礎担当機関と調査担当機関の区別
c)シャリーアに基づく法改正の実施
5)選挙制度改革
a)政府や治安機関による選挙介入の禁止
b)裁判官から構成される選挙委員会の設置
c)選挙を監視する裁判官への司法大臣の干渉禁止
d)立候補者の選挙活動に関する権利の保障

以上のように、民主化を最優先課題としつつ、様々な意見を入れた包括的な内容を主張しており、具体的な政策を見てもらえばわかるように、どちらかというとイスラーム的な文化・伝統を重視する民主主義を前提とした穏健保守政党という位置づけであるといえる。

このような包括さゆえに、目立った反対勢力のいないムバーラク政権下で反ムバーラクの受け皿として機能してきた反面、その保守的側面がリベラル派や現代的な感覚の人々から敬遠され、ここに至って反ムバーラク運動を主導できなかった限界とも言えるのだろう。

同胞団幹部の一人がイスラエルとの平和条約破棄うんぬん発言が話題になっているが、要するに古い同胞団の方針を踏まえたリップサービス的な失言で、こういう例えが適切かどうかはアレだが、「政権交代が目前に見えてきてサンプロで田原総一郎に乗せられてうっかり口を滑らしちゃった渡部恒三(まぁ菅直人でも仙谷でもいいですが)」ぐらいのイメージで良いのでは。いざ選挙となったときに、ちゃんと現実路線に政策をシフトさせないと支持を得られないのは明白なので、今のところは気にする必要はないだろう。

またムスリム同胞団が政権加入することでイラン化を懸念する声もあるようだが、イランとイスラーム主義とは決定的に違う点がある。イスラーム主義はイスラーム法(シャリーア)に基づく統治を目指すが、イランのような「イスラーム法学者による支配」は明確に否定している。

テロと救済の原理主義 (新潮選書)」P99
西洋中世のように教会による統治や神の預言者が支配者となる、いわゆる神権政治を確立し聖職者に統治権を与えるということではない。神による統治とは、イスラーム法が施行され、イスラーム法に基づき諸事が決定される状態をいうのである。

そして、そのイスラーム法(シャリーア)の下でイスラーム共同体(ウンマ)の総意によって選ばれた「権威ある地位にある人々」が選出され、民主的な手続きによって選ばれた代議士によって統治が行われる、というのがイスラーム主義が目指す政体である。その手法として暴力革命をも辞さないのかあくまで非武装の合法的な活動を行うのかが、一般的にはイスラム原理主義とも呼ばれる戦闘的イスラーム主義と穏健なイスラーム主義の違いだ。

もう一つ、複雑なのがイスラーム法(シャリーア)の扱いで、シャリーアは聖典クルアーン(コーラン)、預言者の言行(スンナ)を記した伝承(ハディース)、イスラーム発展期のイスラム法学者による解釈(イジュティハード)、実際の問いに対するイスラーム法学者の裁定(ファトワ)からなる。また合意(イジュマー)を重視するか、類推(キヤース)を重視するのかなど様々な学説があり、それらの違いによって多くの学派が形成されイスラーム世界において重要な法体系となっている。

そのシャリーアについて「イジュティハード(解釈)の門は閉ざされた」として字義通り解釈しようとするのが特にイスラーム主義の中でも保守的な人々で、それは戦闘的イスラーム主義者全体に見られる。それとは別に、近年イスラームとリベラリズムを結びつけて考える動きが活発となっており、シャリーアをいかにリベラルな解釈を行うかが議論となっている。それは「リベラルなシャリーア」「沈黙のシャリーア」「解釈されるシャリーア」という三つの説に代表される。

「リベラルなシャリーア」はそもそも「聖典クルアーンがリベラルである」とする論、「沈黙のシャリーア」は「クルアーンやスンナが直接言及していないものは、人間自身に解釈がゆだねられる」とする論、「解釈されるシャリーア」は「クルアーンやスンナは人間による解釈が許されている」ので多様な解釈を行い、その中から最良のものを選ぶべきとする論で、「シャリーア」とリベラルを巡ってもかなり様々な議論がある。

このように「シャリーア」に基づく統治と一言に言っても多様な考え方があり、様々な人々の解釈や考え方が大きくかけ離れているので、少なくとも字義通りの原理主義的な適用は考えにくく、最終的に穏健な路線に落ち着かざるを得ないだろう。インドネシアの「リベラル・イスラーム・ネットワーク」のように「解釈されるシャリーア」をさらに飛躍させて政教分離を唱える勢力も当然イスラーム世界には存在し、その影響は広がりつつある。イスラーム世界と一言に言っても決して一様ではなく非常に多様であり、同様にエジプト社会も多様であろう。

どのようにムスリム同胞団がより現実路線に落ち着いていくか、イスラーム主義を前提とした保守政党である同党に対抗するよりリベラルな勢力はいかにして出てくるか、それに対して既存の頭すげ替えで終わらせて延命しようとする軍部とのパワーバランスはどうなるかなどが今後の注目点だが、識者たちの見解は概ね、軍部は影響力を堅持し、若干の民主化という漸進的方向でまとまっているようだ。今後、平和的移行プロセスがどうなっていくか、注目したい。

ということで、ムスリム同胞団についての簡単なまとめ、おわり。

参考サイト
CiNii 論文 – ムバーラク政権下のエジプトにおける「民主化」とムスリム同胞団–改革イニシアティヴと政治活動をめぐって (特集 地域研究の前線)
CiNii 論文 – ムスリム同胞団とコオプテーションの政治
参考書籍

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イスラーム文化-その根柢にあるもの (岩波文庫)
井筒 俊彦 岩波書店 売り上げランキング: 9864
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