「偶然を宿命に転じること、これがナショナリズムの魔術である。」

ベネディクト・アンダーソンはナショナリズム研究の有名な著書「想像の共同体」で、ナショナリズムの本質をこう喝破した。

ベネディクト・アンダーソン著「定本想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険 2-4)」P34
「偶然を宿命に転じること、これがナショナリズムの魔術である。」

アンダーソンによると、ナショナリズムには次の三つのパラドックスが観察されるという。

1)歴史家の客観的な目には国民(ネーション)が近代的現象とみえるのに、ナショナリストの主観的な目にはそれが古い存在とみえる。
2)現代社会においては形式上、誰もがなんらか特定の国民を選んで帰属することが可能で、結果として帰属することになるが、実際にはその特定の国民に帰属していることが特別な意味と固有性を持ち、独自の存在となってしまう。
3)政治的な影響力の大きさに対し、他の主義思想と比べて哲学的に貧困で支離滅裂である。

そこでアンダーソンはナショナリズムを主義思想としてではなく、「家族」「宗教」など共同体の同類として扱うことを提案する。これが有名な「想像の共同体」論でである。その「イメージとして心に描かれた想像の政治共同体」の特徴は以下の四点である。

1)国民はイメージとして心の中に想像されたものである。
2)国民は限られたものとして想像される。
3)国民は主権的なものとして想像される。
4)国民は一つの共同体として想像される。

国境、エスニック、言語、文化など様々な点から明確に国民とそれ以外とで線が引かれ、国民は神の名のもとに、または偉大な指導者の下に、あるいは啓蒙的な思想下で主権を持ち、一定の自由が与えられ、そして国民という共同体のイメージを共有する仲間として同胞愛に包まれる。そして国民で無いものを排除し、共同体の外にあるものと戦い、あるいは同胞のために死をも厭わない思いに駆られる。

このナショナリズムは近世になって以下の三つの文化概念が公理として人々の精神を支配することができなくなったとき、登場した。

1)個々の宗教共同体を権威づけていた、宇宙的心理を示すと信じられていた特定の言語(ラテン語、アラビア語など)の聖性
2)神的摂理や宗教的権威、世俗を超えた絶大なる力などによって裏付けられていた王(支配者)の下に自然と組織されているという信仰
3)万物の生成や宇宙の誕生、人の起源など神話と、過去現在未来が本質的に同一であるという均質な時間認識。

ベネディクト・アンダーソン著「定本想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険 2-4)」P63
これらの観念が一緒になって、人間の生を物の本性そのもののなかに植え付け、存在の日常的宿命性(とりわけ、死、喪失、隷従)に一定の意味を付与し、さまざまの仕方でそこからの救済を提供したのである。

近代という世俗化の中で宗教共同体が後退し、王は相対化され、均質な時間認識は直線的なものへと大きく変化していった。そこでかつての同胞愛、権力、時間を再び近代に沿って繋げなおそうという試みがナショナリズムという新たな想像の共同体の形で登場したとアンダーソンは指摘する。それゆえに、偶然でしかない事象に宿命性を持たせようという「魔術」が人々を捕えて離さないのであろう。

社会学者ジグムント・バウマンは著書「コミュニティ 安全と自由の戦場」の中で、やはりナショナリズムの研究者ホブズホームの言を引きながらこう書いている。

コミュニティ 安全と自由の戦場」P25
エリック・ホブズホーム(イギリスの歴史家)は、最近こう指摘した。「ここ何十年かの間ほど「コミュニティ」という言葉が見境なく、虚しく用いられたことはなかったが、まさにこの時期に、社会学的な意味でのコミュニティを見いだすことが困難になったのである」。そして、かれはこう論評した。「みなが移ったり動いたりし、たしかなものが何もない世界では、人間は、自分が確実かつ永遠に属することができる集団を見つけようとする」と。ジョック・ヤング(イギリスの犯罪学者)は、ホブズホームの指摘や論評に簡潔かつ的確な表現を加えて、こう言う。「コミュニティがまさに壊れるときに、アイデンティティが生まれる」と。

ナショナリズムは、かつての古い共同体に変わって想像上のコミュニティとして人々の心の中に形作られる。そして、それは不安定な自身の存在感に意味を与え、彼のアイデンティティとして呪縛するようになるのである。

以上、ナショナリズムについてベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」から簡単にまとめ。ナショナリズムに関する具体的なお話はまたそのうち。

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