地震後、僕はいかにして三軒茶屋付近から八王子まで帰ったか?

まずは今回の地震で被害にあわれた方々へお見舞いと、残念ながら亡くなられた方々のご冥福を。
今回、地震発生後に世田谷区の三軒茶屋付近から八王子まで帰った経緯と気づいたこと、個人的な反省点などを取り急ぎまとめておきます。
地震発生時、所用で僕は池尻大橋のあたりにいた。最初は平然と構えていたが、揺れの大きさと揺れ続ける尋常じゃない長さに急ぎ外に避難すると、多くの人たちが路上に出て地震が収まるのを待っていた。近隣のビルからはオフィスワーカーたちが続々と非常階段から降りてきていた。揺れが収まった後にすぐに諸々済ませて帰宅すれば良かったのだが、やはり甘く見ていたと思う。次の所要のため三軒茶屋に徒歩で向かう。その後も予想以上に大きな余震などがあり、諸々終わり帰宅の途についたのは16時前だった。
■三軒茶屋から農大前付近までバス移動
三軒茶屋付近はヘルメットをかぶって集団で移動している人たちや、警察・消防が行きかい、多くの人々が帰り支度を始めている様子で、騒然としていた。田園都市線、世田谷線は運休しており、公共交通機関で動いているのはバスだけで、バス停には列が出来始めていたが、渋谷方面からのバスはかなりダイヤが乱れており、来るバス来るバスすべてすし詰め状態であった。
とりあえず調布まで出ようと調布行のバスを待ったが最初の調布行のバスは満員で乗れず、次がいつ来るか不明なため、成城学園前行きのバスになんとか乗り込む。成城学園前から、あるいは狛江まで歩いて調布行のバスに乗るか、もし小田急線が運行再開していればそれで登戸まで出て南武線の状況次第で京王線へ接続、またはいっそ小田急で多摩センターあたりまで出ようと考えていたが、バス路線は大渋滞で発車からほぼギュウギュウの状態で立ちっぱなしのまま一時間半ほど経っても農大前付近(三軒茶屋から約2~3キロ地点)であった。
■農大前付近から徒歩開始
18時ごろ、農大前付近で、バスの運転手より道路混雑でいつ先に進めるかわからないので急ぐ方は降りた方がいいかもしれない、とアナウンス。その際どうするか判断のため、携帯で交通情報を検索すると、「関東の鉄道運行状況 – goo路線」に「列車に遅れは出ていない」という表示があり、運行が再開したのかと思い、そこで降りて小田急線千歳船橋駅まで歩くことにする。18時20分ごろ、千歳船橋駅に到着。しかし小田急線はネットの情報に反して運休のままだった。僕が見間違ったのか、表示が誤っていたのかはわからない。確かに運行が再開した旨書かれていたように思ったのだけど・・・
そこで、とりあえず京王線沿線まで出ようと思い、環状八号線沿いに歩きはじめる。道路沿いのバス停はどこも人で溢れ、また通り過ぎるバスもやはり超満員で、徐々にバス移動をあきらめ歩きはじめる人たちが増えてきていた。そのまま環八をまっすぐ4~5キロ行けば京王線八幡山付近だが、同じ歩くなら先に向かいたいと思い、千歳台から左折して仙川方面へ。2~3キロで榎交差点へと出る。交差点のセブンイレブンでトイレ休憩をして地図を確認。道なりに左折して京王線仙川駅を目指すが、この道は歩道が狭く車通りが多いため、歩くには適してないと思い、仙川とぶつかったところで川沿いの遊歩道沿いに歩いて京王線、旧甲州街道を目指す。
街歩きをするとき、川沿いや暗渠は遊歩道として整備され、ほぼ信号も無く車も通らないため、通常の道を行くより遥かに歩きやすい、というのを経験上インプットしていたので、このような判断を行ったが、著しく増水しているときは近づくのは危険であり、適切な判断だったかは思い返すと考え直さざるを得ない。
また知らない道を歩くとき、僕は地図で神社仏閣の場所を目印にして歩く。コンビニやお店は無くなっても神社仏閣は無くならないからだ。歩きながらお墓の卒塔婆とか鳥居が見えてきたら、ああ間違ってないと安心する。
■旧甲州街道をひたすら歩く
19時20分ごろ、仙川沿いに旧甲州街道に出る。旧甲州街道は徒歩帰宅者で溢れかえっていた。人波の中、19時40分ごろ京王線仙川駅到着。しかし京王線は運休していた。ここで、もしものために銀行でお金を下し、調布まではとりあえず歩こうと思い、再び旧甲州街道へ。小さな仙川駅前もやはりバス待ちの人で長蛇の列が出来ていた。
旧甲州街道はバス路線だと思うのだが、ほぼバスは見かけず、一般車と乗車中のタクシー、そして頻繁に行きかう警察車両で大混雑していた。通り沿いのコンビニエンスストアは徒歩帰宅者の補給所と化しており、多くの人たちがコンビニ前の駐車場で休憩したり、トイレに並んだり、食料や飲み物、また地図などを買い込んでいる様子に若干圧倒された。非常時の雰囲気が伝わる。特にセブンイレブンは普段から客用トイレ・洗面所を設置しているが、それが非常に威力を発揮していた。若干夜風が冷たいが、夜に長距離歩くのは久しぶりだなぁと思いつつ、ふと「ゲゲゲの女房」で水木家居候の中森さんが帰りの電車賃が無くて調布まで歩いて帰ってきたエピソードを思い出してニヤニヤする。20時40分ごろ、調布駅到着。
■調布から府中
調布駅に着いたが、京王線はやはり不通で、駅員さんに復旧の目途を聞くも、まだどうなるかわからないとのこと。調布駅周辺はバスの拠点で様々な方面へバスが伸びているが、それだけに人の数も圧倒的だった。北口南口両方で複数のバス停に並んでいる人を合計するとざっと1000人近くはいたと思う。警官やボランティアと思われる人も多数いて案内を行っていた。
ここまで、約13キロを歩き、残り約20キロ弱。徒歩帰宅は自分の体力的に不可能な距離ではないとは思っていたが、時間が時間だし体力の消耗や疲労がどうなるか少し様子を見ながら歩く必要があると思ったので、府中まで歩いてそこで食事と休憩を取り、その時点でどうするか決めようと判断。再び旧甲州街道を歩く。
調布から府中間は大分人波も落ち着いてきていたがそれでも結構な数の人が歩いていた。途中西調布付近の居酒屋さんが店先でお茶と甘酒を無料で提供しており、多くの徒歩帰宅者がそれで一息ついていた。こういう柔軟さは本当に素晴らしいと思う。途中お地蔵様や神社があると、ふと手を合わせたくなった。昔の道すがら旅の無事を祈りたくなる思いというのはこういうことなのだな、とすっと腹に落ちた。
東府中まで歩いてくると府中まではもう一息。若干疲れを感じ始めるが、ここで疲れに任せてタラタラ歩くと余計疲れるので少し気を引き締めてキビキビ歩くように心がける。東府中駅を過ぎたあたりの京王線の踏切で遮断機が降り、警報機が鳴り響いているが電車が向かってくる様子は無し。警備の人が一人立っているが数分そのままの状態で、次第に痺れを切らした人が何人か遮断機をくぐり抜けて渡り始める。電車が来ていないとは言え、非常に危ない。遮断機がいつ上がるかわからなかったので横断するのはあきらめ線路沿いに府中駅方面へ。
22時14分。府中駅到着。
■京王線復旧、そして帰宅
とりあえずさらなる長旅になるかネットカフェ、カプセルホテルなどで泊まることになる可能性を考慮しつつ、疲労回復のため休憩と食事を取るべく、とりあえず府中駅の改札口コンコースへと登る。エスカレーター、エレベーターとも停止中で、これは復旧しなさそうだなと思う。
コンコースではおそらく駅ビルの中華料理店の方だろうか、割烹着を来た店員さんがお二人で台車に蒸した肉まんをたくさんいれた保温箱(というのかな)を乗せて配って回っていた。多くの人たちが美味しそうに頬張る様子にちょっとグッとくる。
さて、どこか休めるところは・・・とお店を探そうとしたそのとき、「22時10分。京王線は各駅停車のみ復旧しました。乗車制限をしており、順次到着予定ですので改札口前で並んでお待ちください。」というアナウンスが。おお。おおお。
22時30分ごろだろうか、無事京王線に乗車し時速25キロの徐行運転で23時すぎに帰宅しました。まぁ、帰ってみると大きな被害は無いものの部屋が若干散乱しておりそれを片付けて就寝。ほぼ
■色々反省
かなり貴重な体験をしたので、行動を振り返って反省する必要がある、と思います。
1)情報収集力の低さ
まず、かなり限られた情報のみでその都度の行動を判断してしまった点。ほぼその時々で「電車が止まっている、バスが遅れている、さあどうするか」というその場しのぎ的な判断だった。まずはきちんとラジオやあるいはネットの災害情報を携帯でチェックして全体像を把握しつつ行動するようにしなければならない。そういう意味で携帯電話はライフラインなので予備バッテリー、充電器、イヤホンなどは持ち歩く必要がある。
2)ルート選択
ルート選択はどうだったかというのも振り返ると色々疑問だ。電車の駅、主要幹線道路を基準としてあまり大幅にそこから外れるルート選択はいざという時に身動きが取れなくなる可能性があったように思う。また川沿いの遊歩道を選択したのも、信号や自動車が無いという点では最短距離を行けるが、やはり災害時は、たとえ増水の恐れがかなり低いとしても問題があった。
3)動かないという選択肢
動かないという選択肢を考慮に入れていなかった点も反省点だ。とにかく一歩でも先に進むという前提で動いていた。そこには自身の体力への過信があるように思う。散歩が趣味でほぼ毎週のように10~20キロ前後は街歩きをしており、また普段からトレッキングシューズなど歩きやすい恰好でいることもあって、今回も咄嗟に”かなりの距離はあるが、歩けない距離ではない”、という判断はしていた。だが、政府も注意を喚起しているように無理して帰宅しようとせず、なんらか公共機関を頼ることを選択肢に入れるべきだったと思う。
その他、考えていくと色々あるが、きちんと反省して今後個人的にどうするか整理しておきたいと思う。
■災害時に気になったこと
1)バス路線の連絡網寸断について
気になったのが、バス会社の担当者が持っている携帯電話が不通になっているらしいことだった。
その例を二度見かけた。まず、バス停で案内している係員の方に路線状況や遅れなどを尋ねると、携帯電話が繋がらないため、全体の状況が把握できないが、大幅にダイヤが乱れています、ということだった。また、乗っているバスが途中のバス停で運転手の交替を行おうとしたが超満員のため、運転手が降りられず交替が出来ない。そこでバス備え付けの携帯電話(PHSのように見えた)で判断を仰ぐべく本部と連絡を取ろうとしていたが、電話が通じなかったようで、運転手の判断で交替せずにそのまま運転を続けていた。通常バスには無線もあったような気がするのだが、無線を使ったやり取りは耳にしなかった。
このバス担当者の携帯が不通になる状況はバス路線全体に言えるのか、東急バスだけのことなのか、あるいは僕が乗ったこの路線あるいは地域だけのことなのかは判断できないが、全般的なことだとすると問題であるように思う。災害時、電車がストップするとバス路線がほぼ唯一の公共交通インフラになる。そのとき中央と連絡が途絶えた状態で個々のバス運転手や担当者の独自判断のみに委ねられるのはやはり災害対策上の脆弱性ではないだろうか。災害時でも繋がる通信インフラというのが可能なのかどうか知らないが、可能であればぜひ対応してもらいたいと思った。
2)公共交通機関の優先について
上記のようにバスは電車運休時のほぼ唯一の輸送インフラだと思うが、それが一般車両の混雑に巻き込まれて身動き取れない状態が発生していた。災害発生時に電車が運休した場合、電車復旧までの間、少なくとも主要幹線道路だけでも一般車両を制限しバス・公共交通機関および警察消防等の優先道とするべきではないだろうか。警察車両が通るのだけでもかなり車を寄せてなんとか進んでいるという状態を良く見かけた。そしてお年寄りやお子さんなどが満員のバスに長時間すし詰め状態になっているのは、緊急時とはいえ、個々の善意なども含めてなんらか緩和できそうだった。
3)代替輸送
もう一つバスについて。今回気づいたのだが、電車が止まっているときその区間を行くバスというのはほぼ無いのですね。例えば調布から三鷹、調布から吉祥寺、調布から小金井はあるけど調布から府中は無い。つまり異なる路線(京王線と中央線、小田急線と田園都市線など)間を横断するのはあるが当該路線と並行で進むバス路線はほぼ無い。これは通常時はなんら問題は無いし便利なのだけど、いざ電車がストップすると、途端に移動が寸断されることになる。災害時だけでもそれぞれの当該路線と並行に行く臨時バスが必要ではないかと思った。
4)駅・コンビニの災害情報拠点化
歩いて行きながら実感したのはやはり駅の重要性で、とりあえず次の駅、あるいは大型駅をとりあえずの目標として歩こうと思ったことだった。今回の僕のようにとにかく先へ進もうという近視眼的な判断は少くない人が行うのではないかと思うのだけど、その時、駅で例えば避難場所とか帰宅困難者の収容場所、道路状況、災害情報、電車バスの交通情報などが確認できれば、他の選択肢が与えられて帰宅よりは収容施設へ行くという別の判断材料になるかもしれない。僕が歩いた三軒茶屋駅周辺、小田急線、京王線沿線はほぼ駅は閉鎖され駅係員と大型駅なら警官がいるという程度だったが、情報掲示板なりモニタなりが設置されてその都度現状を確認できればよいのではないかと思った。
もう一つコンビニも非常に重要で、特にトイレと公衆電話は必需品のように思う。また主要幹線道路沿いのコンビニには同様に交通情報や災害情報、最寄駅の運行状況などが一瞥できるモニタがあると歩いて帰る際にも励みになるし、あるいは選択肢が広がるんじゃないかと思った。
これらはあくまで今回僕が辿ったルート沿いの様子を元に考えたものであって、必ずしも全体の問題とするべきかどうか、あるいはすでに実施されている可能性なども含めて全般的に言えることなのかどうかは慎重に判断されるべきものであると思いますが、素人の印象としてハード面は非常に強いものの相互の情報ネットワークという点で改善の余地があるように感じました。
ということでおよそ二十数キロほど歩いて帰った体験をまとめた記事でしたが、やはりこれはもっと慎重に反省していく必要があると思います。災害時にどう行動するか、適切な判断はいかにして養うか、は今後急いで身に着けていく必要があることを痛感した地震遭遇体験でした。

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