「災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか」レベッカ・ソルニット著

災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか
レベッカ ソルニット
亜紀書房
売り上げランキング: 2039

今年の東日本大震災や95年の阪神淡路大震災など日本が大災害に見舞われるたびに国内外のメディアで言われるのがパニックにならず、略奪もおこらず、お互いに助け合い、秩序を持って行動する冷静な日本人という姿だが、実は日本人だけではなく古今東西、様々な災害が起きたときの被災者に共通してみられる特徴であるという。この本はそのような災害時の被災者に共通してみられる相互扶助のネットワークについて過去の地震・事故・戦争などの大災害の例を紹介しつつ、なぜ災害時に人々が助け合うのかについてまとめた本である。

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■なぜ人々は災害時に無償の行為を行い、秩序立った動きができるのか

災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか」P10
地震、爆撃、大嵐などの直後には緊迫した状況の中で誰もが利他的になり、自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す。大惨事に直面すると、人間は利己的になり、パニックに陥り、退行現象が起きて野蛮になるという一般的なイメージがあるが、それは真実とは程遠い。二次大戦の爆撃から、洪水、竜巻、地震、大嵐にいたるまで、惨事が起きたときの世界中の人々の行動についての何十年もの綿密な社会学的調査の結果が、これを裏づけている。けれども、この事実が知られていないために、災害直後にしばしば「他の人々は野蛮になるだろうから、自分はそれに対する防衛策を講じているにすぎない」と信じる人々による最悪の行動が見られるのだ。

様々な災害に見舞われた時に大変な恐怖に駆られるのは正常な反応だ。身近な人々や財産を災害で失い、恐怖と孤立した状況に見舞われた時、まず人は他者に救いを求め、手を差し伸べ、あるいはお互いに助け合うことでその社会的孤立と恐怖から立ち直ろうとする。特に災害発生から間もない、政府や行政による救援が間に合わない状態ではなおさら自分たちの力でなんとかしようとする。

災害学の父チャールズ・フリッツは災害時のコミュニティ内でのアイデンティティの充足について以下のように述べている。

P155
危険や喪失、欠乏を広く共有することで、生き抜いた者たちの間に親密な第一次的グル―プへの連帯感が生まれ、それが社会的孤立を乗り越えさせ、親しいコミュニケーションや表現への経路を提供し、物理的また心理的な援助と安心感の大きな源となる

その結果、個人とグループの価値観、目的が合致し、被災地に「正常な状況のもとではめったに得られない帰属感と一体感を与え」る「災害ユートピア」と著者が言う相互扶助のコミュニティが一時的に登場する。

同書では1906年のサンフランシスコ大地震で被災した女性ミセス・ホルスハウザーが公園で始めたスープキッチンが瞬く間に協力者が次々と現れて皿や調理道具、食材が集まり200~300人規模になっていった例から第一次大戦時のカナダハリファックス港で起きた貨物船爆発事故、第二次大戦中のロンドン大空襲、9.11、ハリケーンカトリーナなどでの人々の無償の助け合い行為の例をいくつも紹介している。

秩序立てられた行動について、デラウェア大学災害研究センターの創設者で災害学の権威として知られるエンリコ・クアランテリによると

P166
「もし、パニックというのが、人々が大変な恐怖に駆られていることを意味するなら、おそらくそれは、災害の発生時に起きることとしては、きわめて正しい理解だろう。現実と接触した誰もが恐怖を感じるし、実際、災害が発生したときには、現実との接点を失っていない限り、恐怖を感じるべきだ。一方で、怖がっていると正しい行動がとれない、とは言い切れないのだ」
(中略)
「残忍な争いが起きることはなく、社会秩序も崩壊しない。利己的な行動より、協力的なそれのほうが圧倒的に多い」

その結果、人々は即席の避難所や救助グループ、コミュニティなど、無秩序とは程遠いかたちでの自発的な利他的行為と相互扶助の関係が様々な形で被災地に作られていくことになる。「これは平常時に想像していた圧倒されるほどの恐怖というものが、実際に災害に遭うと、具体的に取り組まなくてはならないものになるからに他なら」(P31)ず、むしろ「災害の中心地から遠ざかれば遠ざかるほど、人々の恐怖は大きくなる」(P30)という。

■なぜ災害が起きるとエリートはパニックを起こすのか

災害社会学者キャスリーン・ティアニーは主に公的機関や、通常、一定の権力を行使できる立場にいる人々が災害時には往々にしてパニックに陥る例が多くみられることから、そのような行動を「エリートパニック」という語を用いて表現した。エリートパニックとは「社会的混乱に対する恐怖、貧乏人やマイノリティや移民に対する恐怖、火事場泥棒や窃盗に対する強迫観念、すぐに致死的手段に訴える性向、噂をもとに起こすアクション」(P172)で、この「エリートパニック」は例えば1906年のサンフランシスコ大地震時に市長や軍の一部指導者による市民の銃撃指示、関東大震災時に行われた大杉栄殺害事件や朝鮮人襲撃、ニカラグアのマナグア地震時の独裁政権による略奪・暴行、ハリケーンカトリーナの際のニューオリンズで見られた黒人差別や貧困層が避難した避難場所の隔離政策、などなど過去の様々な災害時に数多く見られた。

ラトガース大学教授リー・クラークはエリートパニックのユニークさをこう語っている。

P175
エリートパニックがユニークなのは、それが一般の人々がパニックになると思って引き起こされている点です。ただ、彼らがパニックになることは、わたしたちがパニックになるより、ただ単にもっと重大です。なぜなら、彼らには権力があり、より大きな影響を与えられる地位にあるからです。彼らは立場を使って情報資源を操れるので、その手の内を明かさないでいることもできる。それは統治に対する非常に家父長的な姿勢です。
(中略)
わたしたちの定義するエリートパニックでは、一般的なパニックと同じく、社会的絆の分断が起きます。エリートパニックの場合、わたしたちより高い地位にある人々の間でこれが起きるのです……社会的絆がいくぶん破綻した結果、エリートの座にいる人々が大きな危険を生み出す何かをするのです。

つまり、”エリートは人々がパニックになるのではないかと恐れるがあまりパニックになる”という笑うに笑えない状況が災害時に多く見られ、上記の例の様に市民に銃を向けたり、あるいは情報を隠蔽して人々を危険にさらすことがあるという。スリーマイル島原子力発電所事故の際には市民は大した混乱もなく十五万人が自主的な避難を行ったが、知事が避難命令を行ったのは「原子炉底部の半分がメルトダウンし、閉じ込め機能が破られる」三十分前で、住民がパニックになることを怖れる余り、情報公開を遅れさせ、人々が危険な状態におかれたという。

このような人々が秩序から放たれた時にパニックになるという理解はホッブスの自然状態における万人に対する闘争という政治哲学に由来している。19世紀には社会心理学者ギュスターヴ・ル・ボンが著書「群集心理」で、個人は群衆の中で本能のままに行動する野蛮人に似る傾向があると分析したことで、知識人の間で秩序が無くなれば人々はパニックになるという理解が広がった。

このような「パニック神話」を元に第二次世界大戦では民衆に対する無差別爆撃が各国で計画・実行に移されたがロンドンでもドイツでも日本でも大空襲の最中で人々はパニックを起こさず恐怖の中でも冷静に行動し、さらにお互いに助け合う様子が見られたという。そしてそのパニックにならずに耐え忍ぶ姿はロンドンではイギリス人の美徳として、ドイツではドイツ民族の不屈の精神として、日本でも同様に日本人の美徳として称揚され、それぞれ国威高揚に用いられたが、実のところ民族性など関係なく普遍的に見られる現象であったことが明らかになっている。

エリートたちが所属する官僚機構や大規模な組織、既存の権力構造はペーパーワークと分業体制に依存しており、それは通常時であれば現代社会を円滑に運営するための必須の体制だが、非常時にはそれが最大のネックになることが多い。

P169
「役所仕事は決まりきった手順やスケジュール、ペーパーワークに依存している。実際、現代社会は、正しく行われればだが、役所仕事なしでは立ちゆかない。唯一の問題は、革新的な考えやいつもとは違うやり方が必要な非常時には、お役所的な組織が最大のネックになりうるということだ。事実、通常時にうまく機能していればいるほど、災害時には、臨機応変に対応できなかったり、まとまらなかったりと、うまくいかなくなる可能性が高い。対照的に、あらゆる社会について言えることだが、人間は普段見せない能力を発揮する。言っておくが、すべての人がそうだと言っているわけではない。ちょうど、すべての組織がまずい対応をするわけではないように。しかし、人間についていえば、彼らは危急に対してうまく対応するのに、組織はある意味、壊れてしまう」

ここで言われるエリートと呼ばれる人々は、基本的に現行の社会秩序を維持し、その上に権力を行使する立場の人々であり、それゆえに「エリートは社会的秩序の崩壊と、自分たちの正当性に対する挑戦をを恐れる」(P206)傾向がある。そして災害はまさにその両者が同時に襲い掛かってくる現象であり、非日常的な状況に追いやられることで、上記のような「パニック神話」を心理的背景に、エリートこそパニックに陥りやすい、ということのようだ。

h2>■なぜ災害は社会変革へと結びつくのか
大きな災害に見舞われたあと、多くの国々や地域で独裁体制が妥当されたり、政権が交代したり、あるいは逆にナショナリズムが高揚していくなど社会の大きな変動が見られる。

災害によって旧来の秩序が一時的に崩れ、相互扶助のコミュニティなど市民による自発的な活動が活発化すると、それまで政府や既存の組織に集まっていた権力が、市民の自助運動に分散されていかざるを得ない。

P206
「災害は、社会の要求を何倍にもし、新しいグループの力を増大させ、一方で経済を解体し、政府の組織や管理や道徳的な欠陥を暴き出すと同時に政府を分裂させることにより、政治システムに大きな負荷を与える」

このような災害という権力の危機の中で、前述のエリートパニックはいわば旧来の秩序を取り戻そうという試みの一つと考えることもできる。秩序を脅かす可能性がある市民の自発的行動を鎮め、再び旧来の政権が権力を担う構造を取り戻すべく、大衆がパニックに陥り暴走することを防ごうと、銃を向け、あるいは隠蔽しようとする訳だが、事実災害は市民の自助を呼び起こすし、またそれによって初めて秩序が再構築される。エリートパニックに囚われてまずい対応をしてしまうと、その負荷は政治システムの回復に致命的な傷になりかねない。

1)ニカラグアのサンディニスタ革命

地震後の社会変革で劇的だったのはニカラグアだ。1972年、首都マナグアを襲ったM6.3の直下型地震は数万人の死傷者をだし、首都の大部分が瓦礫の山と化してほぼ壊滅状態になった。当時ニカラグアを統治していたのは独裁者アナスタシオ・ソモサ・ガルシアの二男アナスタシオ・ソモサ・デバイレで、1930年から続く軍事独裁政権だった。”ソモサ王朝”は中南米にあって親米路線を堅持することで冷戦下にアメリカの支援を受けて独裁政権を維持し、地震が起きると海外からの義捐金をすべて着服し、さらに彼直属の国家警備隊は被災した市民に対する暴行・略奪行為に及んだ。

後にソモサ政権を倒すことになるサンディニスタ民族解放戦線の初期メンバーだったジオコンダ・ベリのインタビューが紹介されている。

P213
地震直後の数日間、わたしたちには、自分たちで何かを決定して実行できるという感覚がありました。二日後にはあの暴君に戒厳令やら夜間外出禁止令やらを発令させてしまった。大惨事の上に、そういった抑圧はとても耐えられるものではありません。それに、自分の人生が、たった一夜、地球が揺れただけで大きく変わってしまうことを悟ったならば、『だからどうだっていうの?わたしはいい人生を送りたいし、そのためなら命を危険にさらしてもかまわない。所詮、一夜のうちに失いかねない命ならば』と思ってしまうのです。いい人生を送らなければ、生きている価値はないと。それは大惨事の間に誰もが体験した、深いところで起きた変化でした。

マナグア地震以前の反乱はことごとくソモサ政権によって鎮圧されていたが、地震後に起きた反対運動はもはや止めることは出来なかった。1976年、反政府勢力の合同が成るとニカラグア内戦が勃発、これまでの悪行の数々に米カーター政権も見放し1978年には反政府軍がソモサ宮殿に入場、1979年ソモサは国外脱出し、サンディニスタ革命と呼ばれる社会主義革命が成立した。その後、ソモサは翌80年亡命先のパラグアイでアルゼンチンゲリラ組織によって暗殺されている。

しかしアメリカがレーガン政権に変わると再び反共機運が高まり、CIAなどを通じて秘密裏に旧ソモサ派などからなる反サンディニスタ政権ゲリラ(コントラ)への資金提供などが行われ(有名なイラン・コントラ事件などもあった)、コントラ戦争が勃発。米ソ冷戦の終結まで内戦が続き、その間サンディニスタ政権も腐敗し、内戦終結後の1990年、非サンディニスタの国民野党連合出身の大統領が誕生する。しかし、サンディニスタ革命と長い内戦以後、経済的に困窮し、国民は貧困にあえいでいるものの、二度と独裁政権は誕生することなく、複数政党制による議会があり民主主義が根付きつつある、という。

ニカラグアは極端な例ではあるが、同様に1985年のメキシコシティ地震では市民運動・労働運動が盛り上がり後に一党独裁が崩れていくことになり、ハリケーンカトリーナでのまずい対応と、被災者の惨状はそれまで圧倒的な支持率を誇っていたブッシュ政権を瞬く間に死に体にし、あるいはチェルノブイリ原発事故はソ連の官僚制の行き詰まりを浮き彫りにしてグラスノスチ(情報公開)を推し進めるきっかけとなって、のちにゴルバチョフをして「チェルノブイリ原発事故こそが、おそらく五年後のソ連崩壊の真の原因でした」(P216)と言わしめた。

2)「腐食性共同体」

このように災害下で活発化する自発的な相互扶助コミュニティと利他主義の盛り上がりは、市民社会の活性化を促し、時に政権を倒すほどのエネルギーを持つ反面、「災害が共同体内の不公平や孤立を助長し、恨みをもたらすケース――災害学者たちは「腐食性共同体」と呼ぶ――もある」(P235)という。時に不信に駆られた人種差別主義者たちが黒人や貧困層、あるいは日本だと在日朝鮮・韓国人を攻撃するように、それぞれが考える秩序に向けての自発的な活動が、時に対立へと繋がる。また、9.11後のアメリカや関東大震災後の日本のように、盛り上がった共同体性がそのまま国家・民族といった大きな物語へと抱合され、ナショナリズムの高揚と市民社会の縮小を呼ぶ危険性もある。アメリカではメディアが災害後の社会管理の必要性を訴え、それが軍の権限増大を促す政治論へと繋がり、9.11で被災時に盛り上がっていた利他主義の運動が、対テロ戦争へとすり替わっていったという。

3)「戦争の道徳的等価物」としての市民社会

同書ではプラグマティズムの有名な政治哲学者ウィリアム・ジェイムズによる「戦争の道徳的等価物」の議論を引いている。十九世紀、ジェイムズは反帝国主義の立場から戦争を終わらせるためにどうすればよいかを考察した。戦争を「終わらせるには、戦争が育む人間の理念や欲求と折り合いをつけなくてはならない」(P84)と考え、「戦争の道徳的等価物」を探究した。その過程で1906年のサンフランシスコ大地震に見舞われ、災害時の相互扶助の関係こそが戦争の道徳的等価物であるという結論に至る。

ジェイムズによると「ある人の所属する集団がその人の奉仕を必要としていると知ったとき、その人のすべての資質が尊厳を得」、「その人がその集団を誇っているなら、その人自身のプライドも比例して膨れ上がる。軍隊ほど、そういったプライドを助長する集団はない」という。そして、彼がサンフランシスコ大地震で見た被災者がお互いに助け合い、他者に対して率先して奉仕をし、またそのことで尊厳を得ている様子に、戦争時と同様の異常な状況下で見せる人間の利他主義、英雄的行為、自己犠牲などと共通の現象を見出し、「過去の歴史が軍人的な気質を煽ったように、市民的気質を煽る」(P90)状況が「戦争の道徳的等価物」であると考えた。

つまり、災害時に見られるこれまで書いたような相互扶助の関係はそのまま戦時に軍隊で見られるものと同質の現象であったわけだ。反面、市民的な気質を煽らずに、軍人的な気質を煽ると、容易にこの災害ユートピアは反転する。9.11後のアメリカはまさに、市民社会がある一つの方向へと一斉に転落していった例であるのだろう。アメリカ社会が本来持つ多様性ゆえに決定的な破たんに至らずに済んだのだろうと思うが。それゆえに、「市民社会」というものを今こそ考えることの重要性はこの本を読むと明白だ。市民社会とは、相互扶助の関係であり、お互いを尊重しあうことでお互いが尊厳を得る社会である。そしてその市民社会の本質ゆえに、この社会には大きな大きな落とし穴が常に空いているのだ。

■まとめ

以上で概ね、この本の論点は一通りまとめたので、詳しくはこの本を読んでいただくか、あるいは類書をいろいろ調べていただけると良いと思う。

ただし、いくつか気になった点もある。一つは災害ユートピアを文字通りユートピアとして神聖視している点だ。これは著者もまた1989年のカリフォルニアでおきたロマ・プリータ地震の被災者としての体験があるのではないかと思う。彼女は被災地で同様の体験をし、それが災害ユートピアについて調べるきっかけになったという趣旨のことを書いているが、若干強すぎる神聖視は、もしかして自身の体験に意味を持たせようとする補償行為のようなものなのではないか、と思った。

もう一つは、ユートピア社会主義やアナーキズムへの共感とともに「国家」に対する強い不信と、共同体に対する無条件の称揚が見られるのも気になることろだ。政治的にリベラルなポピュリズムとでもいうような雰囲気なので、そういう著者の政治思想を踏まえて読むと良いように思う。

とはいえ、それらはこの本の価値を損ねるものではない。むしろ災害時の様々な現象から、市民社会についてまでを広く射程に収めた良書で、未曾有の大災害に見舞われた今こそ読むに値するし、さらに深く考察すべき内容だろう。

・被災者が略奪も暴動も起こさず、秩序を持って行動するのは日本人の特徴ではなく普遍的にみられる現象であること
・ゆえに民族、居住地域、貧困等を理由にして警戒したり差別を行うのは見当違いであり、むしろパニックの一例といえること
・被災地から離れるほど想像上の恐怖感に翻弄され、パニックになりやすいこと
・公共機関や政府、大組織など権力を行使する立場、あるいは旧来の秩序を維持する立場の人の方がパニックになりやすいこと
・メディアが一体感や社会管理の必要性を訴えるのはむしろ人々の自発性を奪い市民社会の縮小につながる可能性があること

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