災害救援活動のしなやかな即興の協働(Knotworking)と市民社会の創出

以前、何度かKnotworkingという概念について紹介したが、東日本大震災という未曾有の大災害に見舞われた今、今後の社会を展望する上でこの概念に注目することは意味があるのではないかと思うので簡単に整理しておこう。

ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ
山住勝広 ユーリア・エンゲストローム 新曜社 売り上げランキング: 318189

Knotworking(ノットワーキング=結び目づくり)とはフィンランドの教育学者ユーリア・エンゲストロームらが提唱する従来の「仕事・組織・文化・制度の間にある境界を横断して」、「活動の中で人と人とのコンビネーションや課題の内容が時々に変化していくような協働」を理解するための概念で、「人やリソースをつねに変化させながら結び合わせ、人と人との新たなつながりを創発していくような活動の水平的なリズム、協働的な生成」の構造を指している。あるとき必要に応じて「結び目」が自発的に創り出され、活動の後にその「結び目」は自然とほどかれていく。
エンゲストロームが教育学者であり、元々1920年代のロシアの教育学者レフ・ヴィコツキーの活動理論から発展してきた概念ということもあって、学習、教育、研究における創発的活動を研究対象として始まった。この本では学習、研究、教育のほか医療、地域コミュニティ活動、災害ボランティア、文学創作などでの即興的な協働活動が事例として紹介されている。
■災害救援活動に見られる即興の5つの特徴
同書の事例の中で災害ボランティア論を専門とする渥美公秀氏による阪神淡路大震災でのボランティア活動を「即興」という観点から分析した事例は非常に有用だ。
即興とは「安定した規範が一時的にせよ遠のいた時に、その場その場の状況に応じて、人々が、一時的な規範を生成・更新する過程」(P211)、つまり「人々がルールを作っては壊しながら、現場の複数の声に臨機応変に応答していく集合的な振る舞い」(P218)と定義される。
渥美氏は実際の救援活動の経験を踏まえて、災害救援活動に際して、必ずしも綿密な計画を元にしたルールの確立が重要なわけではないという。

P212
実際に震災の救援活動の渦中に身を置いていた私には、ルールに従うことよりも、ルールを臨機応変に変更しながら展開する活動を目の当たりにしてきていたからである。救援の現場では、何が適切な活動で、何が不適切な活動であるかといったことが時々刻々と変化していた。そのような場で、人々は、まさに、ジャズのような「即興」を演じていたのである。もちろん、ここでいう「即興」は、即興という言葉から連想されがちな「場当たり」とか「思いつき」による活動ではない。

災害救援活動で見られる即興の特徴は以下の五点であるという。
(1)固定したシナリオの不在
・救急救命期 :人命救助を中心とする期間
・緊急期   :水・食料等最低限の物資が必要となる期間
・救援期   :避難所に入った被災者に対する救援物資や様々なケアが必要となる期間
・復旧期   :ライフラインが復旧していく期間
・復興期   :地域の復興に向けた始動とともに被災者への長期的サービスが要求される期間
災害発生からの大まかな流れとしては上記のような展開を辿るが、その時々で、場所毎に参加者によって臨機応変に対応すべきことが多く予めすべてを計画するのは不可能であり、「その場で臨機応変にルールを定めるしかなかった。そして、一度ルールを決めても、日々変化する避難所の様子に応じて、またルールを変更しなければならなかった。」(P213)
(2)既存の知識・技術の活用

P214
即興は何もないところから生じる動きではない。多様な参加者が、それぞれに習得してきた技術・知識を前提として、現場の多様な声に臨機応変に応答しながら、それらをいかに結びあわせていくかということ――ノットワーキング――が問われる。

行政機関、企業、ボランティア団体、ボランティア参加者など災害救援の関係者がそれぞれ持っている情報、知識、技術をいかにして結び合わせ、活用するか、また、例えば安全に関する基礎知識などの知識や技術の習得をいかにして身に着けておくかが即興時の備えて重要になるのだろう。
(3)個と全体の”間”

P214-215
災害救援では、参加する諸組織・個人が、全体の”間”を考慮しながら、活動していく必要がある。要求されるのは、自他の活動を理解しながら、即興が行われている場全体をも同時に理解することである。個々の参加者に関する情報と、場全体に関する情報が揃った時にはじめて、活動の重複を避け、活動のかけている部分を補い合うことができ、効率的、効果的な救援活動が可能になる。
(中略)
しかし、参加者はルールをすべて知り尽くすことはできないし、常にすべてのルールに目を配りながら活動しているわけではない。むしろ、即興の渦中にあって、参加者はただただ活動しているだけなのである。個々の参加者に関する情報と全体の挙動とが偶然にも連動した時には、即興が上手く進むであろう。逆に、個々の参加者に関する情報も、場全体に関する情報も、そのどちらかの情報が完全に欠落していれば、文字通り「間の抜けた」救援活動になってしまう。

このように、個々の即興的な活動同士を有機的につなぐ必要性とその困難さを指摘している。救援活動の全体像をいかにして把握するか、またいかにして綿密な情報共有を行い、個々の即興的な活動をマネージするかなどは、今後の非常に重要な課題であろう。
(4)被災者との協働
災害救援は被災者のニーズと救援者のシーズのマッチングという課題があり、被災者のニーズと乖離した活動には意味がないが、むしろニーズやシーズが明らかでない場合が多く、ニーズとシーズをマッチングするという固定観念に囚われるのではなく、「被災者とボランティアとが一緒になって、協働でニーズを構築していく」ことを考えるべきであるという。また、「被災地住民による自力復興の兆しが見え始めた場合には、それまでの救援活動を被災地住民に引き継ぐこと」を考える必要がある。このように、一方向の視点ではなく被災者と救援者の協働の活動として災害救援を捉える必要性を訴えている。
(5)流動するコーディネーター
(3)とも関連すると思うが「個々のボランティアや様々な組織・機関の動きを調整するコーディネーター」が必要で、その役割も「ルールが時々刻々と変化する即興の現場では、ルールを体現する者としてのコーディネーターも次々代わっていく」という。
■即興としての災害救援を実現していくために
渥美氏はこれらの事例を踏まえて、即興としての災害救援を実現していくために「即興としての災害救援活動を生成、維持させていくには、何をしておけばいいのか」を以下の二点から簡単に整理している。
(1)即興の始動に向けて――計画の熟知――
災害救援活動におけるそれぞれの参加者が有する技術や知識が臨機応変に結び合わされていくことの必要性から、どこまでが事前に計画されていて、どこまでが計画されていないのかを知っておく、つまり計画やルールを熟知する必要がある。また即興が始動するのは安定した規範が消失したときであるので、それぞれが計画を熟知しておくことは「今から即興の救援活動に入る」という文脈を創出し、その判断を下しやすくなる。
ここでは事例として「マニュアル叩き」という方法が紹介されている。ワークショップ形式で防災計画等のマニュアルをそれぞれが読み、気づいたことや実際には実行できなさそうなことなどを赤ペンでチェックして一定時間後にそれを共有していくというもので、マニュアルを知識が詰め込まれた参考書としてではなく、災害救援時に解くべき課題を発している問題集として読むという手法である。
(2)即興の維持に向けて――多様性の維持――
即興の場面では次々と新しいルール、規範が作られ、多種多様な場面に応答してい必要がある。あらかじめ想定できないほどの多様な場面に対応するために、様々な技術、知識を持った参加者の多様な組み合わせが必要となるため、参加者の多様性が重要である。さらに「即興としての災害救援を維持していくためには、救援システムの多様性をいかに保持しておくべきか」が最大の課題となる。
救援システムの多様性保持の事例として災害NPO団体による全国災害救援ネットワークの例が紹介されている。災害に直接関係するNPOだけでなく障害者による作業所を運営するNPOやまちづくり活動を行うNPOが参加しており、災害発生時には多様な知恵で救援活動に参加する。また、災害発生時には中央の事務局が加盟団体へ救援活動を呼びかけるのではなく、個々の団体がそれぞれ独自に決定することで「多様な視点をもったNPOが救援活動に参加していく可能性」を保持しようとしているという。
■減災社会としての市民社会の創出とknotworking
渥美氏はまとめとして、何が危険かわからない危険が伴う、制度の未成熟を露呈し、既存の制度も想定していないような事態に次々と直面することになる大災害時には「既存のシステムに内在する論理に拘束されず、柔軟に想像力を働かせて臨機応変に対応していく」(P229)ボランティアの力が必要であるという。

P230
こうしたボランティアを含む災害救援は、多様な参加者との関係の糸を結びあわせてはほどいて、また次々と結び目を作っていくという即興としてのノットワーキングが求められるだろう。そのためには、計画を熟知した多様な人々のいる社会を築いていかなければなるまい。

津波災害――減災社会を築く」の著者河田惠昭教授も津波災害に日常見舞われる日本の今後のあるべき姿として、全く同じように自助、共助、公助の組合せによる、特に公助には限界があり、一人一人の自助と、災害時の共助を重視した「減災社会」を展望している。もはや数百年、千年に一度という規模の災害は避けられないのであるから、ハード面での対策を中心とした「防災」では限界があり、災害文化を社会に内包する「減災」が今後のあるべき姿だという議論が特に阪神淡路大震災の反省から登場してきた。
それは、固定的な共同体文化の色合いが今もまだ強い現在の日本社会に、自律的で多様な市民社会をいかにして創出していくかという議論と接続する。
先日紹介した「災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか」でも、災害時には被災者の間で相互扶助のコミュニティが立ち上がり、利他主義が盛り上がることが指摘されているが、その自然発生的な相互扶助のコミュニティや一人一人の献身的な人々を有機的につなぎ、効果的な災害救援を実践するために、その災害時に見られる特徴と同質の市民的気質を持った多様な市民社会があることの重要性が増しているだろう。
流動的で即興的な協働の概念であるKnotworkingをいかにして、個人、家族、地域、コミュニティ活動、労働の現場、企業活動、さらには公共機関など社会の多様な場面で取り入れていくことができるか、そしてその実践のための基礎となる市民社会の創出が、今後の日本の最重要な課題の一つであろうとおもう。
関連エントリー
「ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ」山住勝広 ユーリア・エンゲストローム 著
会社組織の枠を越えた「ノットワーキング(結び目作り)」をどうするか?
「災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか」レベッカ・ソルニット著
東京市長永田秀次郎、関東大震災後の名演説「市民諸君に告ぐ」
「津波災害――減災社会を築く」河田惠昭 著
「自由な社会」を構想するための4つの社会モデルと2つの方法
アメリカ多文化社会を理解するための4つの理論
「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来」広井 良典 著
「安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方」山岸俊男 著
いかにして「信頼」をベースにしたネットワークを形成するか

拡張による学習―活動理論からのアプローチ
ユーリア エンゲストローム Yrj¨o Engestr¨om 山住 勝広 百合草 禎二 松下 佳代 保坂 裕子 手取 義宏 高橋 登 新曜社 売り上げランキング: 260918
災害ボランティア論入門 (シリーズ災害と社会5)
弘文堂 売り上げランキング: 32373
公共哲学とは何か (ちくま新書)
山脇 直司 筑摩書房 売り上げランキング: 59508
多文化主義とは何か (文庫クセジュ)
アンドレア センプリーニ 白水社 売り上げランキング: 341375
スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク