石原再選後の東京の命運が都議会の覚醒にかかっている理由

2011年の東京都知事選は現職石原氏が圧倒的な強さを見せて再選した。ウェブ上では反石原都知事的政治姿勢の都民が多いようで落胆の声やが多くみられれる。僕自身も前回の記事に書いたような理由で石原都知事以外の候補に投票したので、ある程度予想していたものの、残念であった。だが、これで今後の四年間が終わったと考える必要は無い。むしろ東京都に地方自治を育む好機と考えるべきではないかと思う。そこで重要なのが東京都議会だ。
1)「議院内閣制」と「二元代表制」
確かに都知事は強大な権力を持っている。しかし、制度上は都議会もそれに並ぶ権力を行使できる仕組みになっている。東京都を始めとして、日本の地方自治は中央の「議会で多数派を形成した政党が行政権を握る制度」(飯尾潤著「日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)」はじめにより)である「議院内閣制」ではなく、「知事と議員をともに有権者の直接選挙で選ぶ」(佐々木信夫著「都知事―権力と都政 (中公新書)」P62)制度である「二元代表制」が取られている。
二元代表制」は地方政治における役割を議会=「議事機関」、知事=「執行機関」として双方独立対等の立場におき、事務処理のみならず政策決定機関として地方自治体運営に共同責任を負わせ、その運営の両輪になることを期待した制度である。佐々木前掲書では都議会に求められる役割として以下の四点が挙げられている。(同書P61-62より)
(1)都民の意思と利益を代表し、条例や予算、主要な契約など都政の骨格を決める、あるいは条例、予算などを修正し可決する「決定者」の役割
(2)それを執行する執行機関としての知事、および膨大な官僚機構の活動を監視し統制する「監視者」の役割
(3)都民の様々な要求を政策として組み立て、条例や予算措置をともなう政策として提案する「立案者」の役割
(4)都民に対し都議会での審議・決定過程を説明し、それらに対する都民の意見を集約し議会活動に反映する「集約者」の役割

2)二〇〇〇年の地方自治制度改革
しかし、都議会だけでなくほとんどの地方議会においてこのような積極的な議事機関としての役割を果たせている議会は数少ない。むしろ都知事が行使する様々な活動に対して質問しチェックを行う程度だ。それには過去の国と地方自治体の関係が大きく影響している。
実はこのような制度になったのはつい最近、二〇〇〇年三月の地方分権一括法施行以降のことである。それまでは知事や市町村長は各省大臣の地方機関と位置づけられ、国の事務作業の執行を委任されてきた。これは「機関委任事務」と呼ばれ、都道府県業務の八割がその作業に占められていた。そして大臣から知事という指揮命令系統から議会は排除され、機関委任事務に関する審議権、条例制定権、予算の減額修正権なども認められず、首長に従属する立場に置かれてきた。その結果、議会はせいぜいチェックするだけの役割でしかなかった。この機関委任事務を廃止し、地方議会の立場を上記のように大幅にアップさせたのが二〇〇〇年三月の地方分権一括法だ。
地方の政治制度は劇的に変わったのだが、住民も議員も知事も政党も官僚もその変化についていけず(または気づかず、あるいは知らないふりをして)、まだ「昔のやり方」を続けているのが実情なのである。
3)都議会の「与党」と「野党」の馬鹿馬鹿しさ
このように都議会は、特に都民の意見を集約しそれを反映させた政策を立案する「立法機関」としての役割を期待されているが、国政がそうであるように、都議会でも議案提出権を持つ議員からの提案は著しく少ない。二〇〇三年~二〇〇八年の六年間で「都議会で議決された案件一九四〇件のうち議員提出案は一八三件(全体の九・四%)。条例案件に限ると、知事提出の九六八件に対し議員は四一件(四・二%)にすぎ」(佐々木前掲書P67)ず、「その内容も議会運営などに関するものがほとんどで、政策条例は皆無に近い」(同P67)という。
この都議会の立法機関としての役割の不十分さの要因は、議員一人一人の政策立案能力や意思の問題もあるが、むしろ地方議会が与野党対立の場になっていることが大きい。都知事を代表とする執行機関の出す政策案に対して、与党は事前に根回しを行い、自ら政策立案を行う必要性が薄れていくし、その反対に野党は出された案に対案を出すよりは反対の姿勢を貫くことで野党たろうとする。

佐々木前掲書P69
自らを「与党」と考え、知事提案の議案に無条件に賛成する。知事側もその会派を「与党」とみなし有利に扱う。与党会派に対して政策や予算について他の会派より優先的に要望を受け入れ、事前の根回しもする。次期知事選が近づくと、これに応じ与党議員は知事の実績を褒め、追従的な質問すら行うようになる。こうして議会の与党勢力と知事ら執行機関との馴れ合い関係が深まっていく。
一方、そこから外れた他の会派は、必要以上に「野党」たろうとする。審議引き延ばしや拒否といった硬直的な態度に出る。条例の採決も拒み本予算を否決し、何度も暫定予算に追い込み、首長を窮地に立たせることで溜飲を下げようとする。
議会はこうして本来の独立した政治機関としての役割を見失い、与野党勢力の権力闘争の場と化していく。独任制の主張は特定の価値観しか持ち得ない。それに対し、多数からなる議会は「多元的利益」を反映できる強みを持っているはずだ。その強みを自ら放棄していく与野党行動は首長の牽制機能だけでなく、議会固有の機能も失っていくことになる。

議院内閣制であれば議会の過半数を占める勢力が与党として政権を支えることで内閣に強いリーダーシップを付与することになり、重要であるが(現状の国政で内閣のリーダーシップが形骸化しているのは議院内閣制によるのではなく、省庁代表制と呼ばれる民意集約・政策決定までも官僚制が担う仕組みと、与党と内閣の権力の二重構造によるところが大きい)、二元代表制を取る地方政治において、与党と野党という立場で政党が行動することの必要性は、実は全く無い。
意見集約・政策立案から決定まで都知事とともに都議会もその役割を行うことが可能であり(都知事に拒否権はある)、また、地方自治法第百七十七条四項、および第百七十八条第一項で議会が首長の不信任決議を行った場合、または不信任決議を行ったとみなすことができる場合にその通知を受けた日から十日以内に議会を解散することができる、とあるように、議会の不信任決議があってはじめて都知事は解散させることができるものであり、簡単に解散させることはできない。(他、議会の解散には住民によるリコールと自主解散がある)
さらに、今回の石原都知事の選挙戦ではニュースで「強く出馬を求めた自民、公明が「地上戦」を引き受けた。都議らが支援者に電話をかけ続けるなど、地道に組織票を固めた」(参照)と報じられる通り、石原都知事の集票力は与党を自任する自民党と公明党の都議連が担っていたが、上記のように都知事は議会の生殺与奪の権限は握っていないのであり、「与党」として従順に従い、選挙戦で協力までする必要は無い。議会は議会として東京都全体を見通して都知事と是々非々で運営し、もし対立の果てに不信任決議から解散に至るならば組織票無しでどうぞ、と正面から遣り合えばいいのである。
一方で野党(民主・共産・生活ネット)も、「都知事に対する野党」としての振る舞いではなく、都議会の一勢力として反石原都知事的民意を集約して対抗する政策を策定していくなど建設的な活動を行って行くべきだろう。このような理由から、今回の統一地方選で躍進したいくつかの首長新党は、確かに既成政党からの脱却ではあるが、既成政党以上に各首長と一体化した強力な与党を作り出すことになり、結果としては地方自治の理念からの後退に繋がるものだと思う。
都知事選と同日で行われた補欠選挙では、「民主五一▽自民三九▽公明二三▽共産八▽生活者ネット・みらい三▽無所属三」(参照)となったという。これを与党と野党という枠組みに入れると与党=62(自民39+公明23)、野党=62(民主51+共産8+生活者ネット・みらい3)、無所属3(うち一名は議長)となる。実に、笑いの神もとい政治の神が降りてきているかと見間違うぐらいに奇跡的な与党と野党に分かれる必要性が全くない勢力図だ。いい機会ではないだろうか。国政がそのまま影響して制度趣旨に反する与野党対立軸がもたらされている訳だが、そろそろその軛から地方政治を解き放つころだろう。
4)有権者として何ができるか
このような現状を踏まえて、一有権者として何が出来るか、という段になると途端にどうしたものか思案に暮れる。
佐々木前掲書によると都議会の議員は現在当選一~二回の議員が六割を占め、選挙のたびに三分の一が入れ替わる「通りやすく、落ちやすい」ことが特徴なのだという。おそらく思っている以上に、有権者の一票は都議会議員にとって軽く無いのではないだろうか。であるならば、積極的に思うところを都議会議員に伝えるのは重要であるように思う。
そのためには、まず自分が生活していく上で何が大事であるのかをあきらかにする必要があるだろう。東京都全体で何が重要であるのか、地方自治の制度や法律、経済などを広く学び、今都議会や都知事、行政で何が行われているのかを知る。そして、それらを踏まえて考えたことをどのようにして議員や多くの人に伝えればよいかを考える必要があるだろう。いくつものハードルはあるが、そうやって届ける努力をすることが大事だと思う。ただ、無邪気にそれだけで変わるなどと信じることもできない。ほとんどの試みは無力であろうと思う。おそらく様々なしがらみが変化を厭い、むしろ反動的に働くことが多いのかもしれない。
しかし、今回の都知事選の結果について、絶望したり、怨嗟の声を挙げたり、あるいは支持者を罵倒したりする必要は無い。今回石原氏に投票しなかった一人一人が、都議会の議員や勢力に働きかけるならば、それによって、都議会の覚醒をうながし、都議会が東京都全体を動かす二元代表の一翼を担う体制へ変化することに繋がるかもしれない。その活動はおそらく石原都政が苦手とするボトムアップの部分を担い、足りない部分を補い合うことになるだろう。それが出来て初めて選挙が終わるのだと思う。
非常に使い古された、おそらく中学校ぐらいで習う有名な言葉にトクヴィルの「地方政治は民主主義の学校」というものがあるが、今回の選挙と、地方自治の仕組みなどを漠然とながら把握してようやく腑に落ちた気がする。市民一人ひとりが良く生き、良く学び、良く知り、良く考え、良く伝えることを通して、民主主義を学ぶ、それが地方自治の本来の姿で、その機会が訪れようとしている。まだ、僕は民主主義というものがわからない。それを学びたいと思うし、都議会が地方自治制度が想定するあり方に変わったとき、はじめて地方自治が民主主義の学校に変わっていくのではないか。
以前90年前の永田秀次郎東京市長の言葉を紹介(参照)したが、改めて引いておこう。「東京市を救うものは東京市民である。東京市政の利害得失を真ともに受けるものもまた二百三十万市民である。」今に即して言い換えればこうだろう。
“東京都を救う者は東京都民である。東京都政の利害得失を真ともに受けるものもまた千三百万都民である。”
東京都を東京都民が救う体制、つまり地方自治制度の構築は、永田がこう訴えたときよりもさらに前、近代化と民主化という表裏一体でありながら相対立する挑戦以来100年以上の間悲願であり続けた。石原的なるものの終わりの日を民主主義の学校の開校記念日としたい。そのために何ができるだろうか。
参考書籍・サイト
都知事―権力と都政 (中公新書)
日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)
日本の地方議会 – Wikipedia
都道府県知事 – Wikipedia
機関委任事務 – Wikipedia
地方自治法
・’11統一選:知事選(その1) 石原氏、4選果たす /東京 – 毎日jp(毎日新聞)
・東京新聞:都議補選杉並区 小宮さん当選 自民が2議席回復:東京(TOKYO Web)
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