反「大きな政府」連合としてのティーパーティ運動

ティーパーティ運動の研究―アメリカ保守主義の変容
久保 文明 東京財団・現代アメリカ研究会
エヌティティ出版
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前回(「グレイトフル・デッドにティーパーティ運動を学ぶ」)はティーパーティ運動の拡大にソーシャルメディアが果たした役割などについて紹介したので、今回はティーパーティ運動に関する総論についての論文を同じく「ティーパーティ運動の研究―アメリカ保守主義の変容」より紹介。

石川葉菜氏論文「ティーパーティ運動を理解するためのフレームワーク」では現状のティーパーティ運動研究が全国的な世論調査にその多くが依っているため、「ローカル・レベルの運動の総体」であるティーパーティ運動の全体像について、包括的な説明をすることができず、諸説――リバタリアンの運動であるとか、共和党保守の運動であるとか、ポピュリズム運動であるとか、反エスタブリッシュ運動であるとか――が入り乱れる結果になっているとして、ティーパーティ運動を反「大きな政府」の運動として捉えることを提案している。

ティーパーティ運動は「ローカル・レベルの運動の集合」であり、従来の米国の社会運動と一線を画す特徴といえる。それは以下の三つの要素によって示すことができるという。(注2)

1)多数の小規模なティーパーティ系団体の存在
2)リーダーの不在
3)多数のローカルな団体をまとめあげる中心的な組織の不在

このような特徴ゆえに、既存の全国的な世論調査を基にティーパーティ運動全体を見ようとするとローカルな特性が打ち消されてしまい、適切に分析することが困難である。一方でローカルな個々の運動だけを見るだけではそれらの集合として全米を巻き込む政治的運動としてのティーパーティの特徴を掴むこともまた困難で、「世論調査がもつ均一化する性質と、ティーパーティ運動のローカルな総体という性質が相容れない」(注3)ことが、ティーパーティに関する議論を分散させる原因になっていると指摘されている。

また全国的な組織や中心となるリーダーの不在にも関わらず、全米レベルではひとつの大きな運動を形成しているように見える理由について、まず第一にフォックス・ニュースなどの保守系メディアの存在、第二にtwitterやfacebookなどのソーシャルメディアの活用、そして、第三に反「大きな政府」という共通のテーマによる結びつきがある。

近年のアメリカ社会では、共和党政権下における財政赤字の増大と経済危機、その後の民主党政権下での経済不況の継続と政府の規模の拡大により、両政党、そしてエスタブリッシュメントに対する失望と怒りが幅広く様々な階級の人々の間に生じていた。こうした失望と怒りは、もともと経済保守であった多くの共和党支持者はもちろん、「大きな政府」化によっても好転しない現状に反発する人たちとの間にも、強く生じていた。(注4)

この結果、無党派層の多くが「小さな政府」を志向する経済保守化していったという。そのような近年経済保守化したが伝統保守ではなく、また共和党員と名乗る訳ではない層を中心に取り込んでいるのがティーパーティ運動の大きな特徴だ。経済争点のみを重視する二つの集団――財政保守だが社会文化争点は穏健あるいはリベラルなリバタリアンと、小さな政府が望ましいと考え伝統的な価値を重視する伝統保守――の混交であるという面がティーパーティ運動にある。ある調査ではティーパーティ運動参加者のうちリバタリアン48%、伝統保守51%、イデオロギーが保守だと回答した人のうち共和党員63%、無党派30%であり、リバタリアンのうち共和党員と回答したのは39%、無党派は44%であったという。(注5)

このような特徴から『ティーパーティ運動を反「大きな政府」という、短期的には強力であるが、長期的には脆い熱によって突き動かされた運動』(注6)であると捉え、急ごしらえゆえにひとつのまとまった運動にならなかったと指摘している。

反「大きな政府」運動として捉える点でなるほどと思いつつ、ポピュリズムについて少し思うところとして、同論文ではティーパーティ運動が一般に比べて教育水準、収入ともに高い参加者が多く社会的に弱い層からの支持が強い運動ではないため、単なるポピュリズム運動とは言えないとしている。

アメリカのポピュリズム運動は同氏が指摘するとおり十九世紀末、工業化を背景とした貧富の格差の拡大、ブルジョア中心の既存の民主主義に対する、有名な政治家ウィリアム・ジェニングス・ブライアンらに率いられた人民党とその支持層である農民を中心とした抗議運動に端を発し、その後、民主党のニューディール政策下で政府による再分配や権利拡大の不徹底さに対して抗議する持たざる者、排除された者たちの異議申し立てとして展開された。一九三〇年代のヒューイ・ロングの反ニューディール運動、一九五〇年代~六〇年代のジョージ・ウォレスの反公民権運動、キング牧師の公民権運動やウーマンリブ運動、などが代表だ。本書に第三章で論文を寄せている渡辺将人氏は著書「見えないアメリカ (講談社現代新書)」で前者の人民党の運動を狭義のポピュリズム、後者を広義のポピュリズムとしている(注7)。

これに対し、一九七〇年代になると福祉国家・大きな政府の行き詰まりが明確になり、巨額の財政赤字を解消して、秩序・伝統・コミュニティを取り戻し、強いアメリカを復活させる方向に価値観が転換されて「小さな政府」「規制緩和」「保守イデオロギー」などを軸にした保守主義運動が生起する。この「保守革命」の帰結としてレーガン政権が誕生するが、同時期に成立した英国サッチャー政権、日本の中曽根政権などとあわせて吉田徹著「ポピュリズムを考える―民主主義への再入門 (NHKブックス No.1176)」ではネオリベラル型ポピュリズムと呼ばれている。ネオ・リベラル型ポピュリズムの特徴は戦後民主主義の特定の利益階層に基づく政治ではなく無党派層など豊かな中間層の支持を広く薄く集めるために、「既得権益」などと呼ばれるように特定の明白な敵を設定し、規制緩和と行政改革など小さな政府化を志向する。

このようなネオ・リベラル型ポピュリズムを前提として冷戦後に行き詰まりを見せた民主主義のさまざまな機能不全を補い、あるいは異議申し立てを行う運動として現代ポピュリズムが台頭する。現代ポピュリズムは(1)企業的発想に基づく政治(2)物語の政治(3)敵作りの政治という三つの特徴(注7)を持ち、政治的共同体が「人々」から成り立つべきという規範を共有する。ポピュリストは人々、つまりアマチュアを代表してプロフェッショナルやエスタブリッシュメントなど既得権益層に対する批判と敵意を煽ることで、彼らから政治を取り戻すことの表現者たる戦略を取り、それゆえに平等主義と権威主義の融合的スタイルになる。

現代ポピュリズムについては別の機会に詳述するとして、ティーパーティ運動に話を戻すと、確かに指摘の通り、六〇年代以前的なさらなる再分配を主張するポピュリズム運動的な面は薄いのかもしれないが、一方で現代ポピュリズム的特長の多くを備えているようにも思うのだがどうだろうか。反「大きな政府」というのまさに企業的発想に基づく政治であり、反エスタブリッシュメントは敵作りの政治であり、またアマチュアリズムもまたポピュリズムの最大の要素である。ただ、違うのは現代ポピュリズムが特にリーダーを必要とする運動である点だ。「人々」に物語を提供し、その民意を代表して、素人の化身的なカリスマを発揮する人物によって組織化されて始めて現代ポピュリズムが機能する。ゆえに現代ポピュリズムの運動は上からの運動という面を持つ。このリーダーあるいは中心となる組織の不在と、下からの運動を果たして現代ポピュリズムと呼んでいいのかはなかなか難しいところだ。

このあたりはおそらく今後専門家の手によってよく調査研究されなければならない点だと思うのだが、ティーパーティ運動は現代ポピュリズム的特徴を強く持ちつつも、反「大きな政府」という共通の敵を持つことで緩やかな紐帯で結合したローカルレベルの様々な運動の総体、というぐらいの理解で現状良いようには思うが、さらなる研究を待ちたい。

(注1)同論文についてはWEB上に公開されている。WEB上の文書と書籍に収録の文書とでは細かいところで若干の違いがあるようだが概ね同内容のようだ。「ティー・パーティ運動を理解するためのフレームワーク―世論調査の横断的な評価― 石川 葉菜
(注2)久保・石川他「ティーパーティ運動の研究―アメリカ保守主義の変容」P20
(注3)石川P21
(注4)石川P22-23
(注5)石川P15
(注6)石川P25
(注7)渡辺P114-115
(注8)吉田P55

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