自己増殖するアメリカの「獄産複合体」

渡辺靖著「アメリカン・デモクラシーの逆説」同「アメリカン・コミュニティ 国家と個人が交差する場所」より。

アメリカにおける刑務所への収監者数はここ四半世紀で倍増し、現在全米で二三〇万人を超える。これは成人一〇〇人あたり一人が服役している計算で、米国の総農業人口を上回るだけでなく、全世界の囚人人口のおよそ四分の一にあたる。収監者の急増はレーガン政権以降の厳罰化の流れが大きく影響しており、同時に人種問題も背景として存在する。米国人口の七割が白人であるのに対し収監者の七割が非白人、人口比十三%の黒人が収監者の半数を超える。黒人の三人に一人が生涯に一度は収監される計算であるという。

ゆえに、公営、民営を問わず刑務所数もまた増加の一途を辿り、周辺産業を巻き込んで一大刑務所産業が成立、自己増殖を続けているという。その様子は「獄産複合体(prison industrial complex)」と呼ばれる。この刑務所設置の受け皿となったのが衰退するかつての農村部であった。

監獄は産業の空洞化に直面した地域にとって魅力的な存在だ。季節や天候に左右されることもなく、環境汚染の心配も少なく、住民の目に触れることもほとんどない。契機に左右されることも少なく、地域に安定した雇用と収入をもたらしてくれる。(注1)

米国で特に刑務所数増加が著しいのがテキサス州である。現在、州内に百六の刑務所がありその数はカリフォルニア州についで全米二位、一九八〇年代に三万人であった収監者数は四半世紀で十六万人を超える。これは日本の総収監者数の約三倍にあたるという。特にメキシコ国境沿いには不法移民の増大に呼応して民営刑務所が数多く設置されており、民営刑務所数は全米一だという。

刑務所の設置によって収監者一〇〇人あたり三〇人の雇用が生み出され、収監者のほとんどは都市部で罪を犯して農村部の刑務所へと送られるから、統計上は収監者の分だけ居住人口が増えることになる。その統計を基にして議員定数が増え、地域の政治的発言力が増大、連邦からの補助金も増額されるという循環がある。

他方、負の影響も大きい。刑務所の街というネガティブイメージは勿論だが、製造業等通常の産業と比較して地域経済への波及効果の低さが指摘される。また収監者が服役中に就く地域関連の労務はむしろ地域の低賃金労働者の職を奪うことになる。あるいは刑務所内での暴力事件は当該地域の裁判所の管轄となるため、その増加による財政的負担の増大は少なくない額になるという。

そして重大なのが都市部への影響である。

国勢調査の際、収監者は刑務所が所在する地域の住民となるため、彼(女)らの多くの出身地であるインナーシティ(都市内部の地区)は、公的補助金の配分や政治参加の面で不利な立場に置かれ、より一層荒廃が進む。特に、収監者の約半数を占めるアフリカ系、録分の一を占めるヒスパニック系への影響は大きい。(注2)

悪影響がある点を指摘する調査結果は多く出てきているものの、地域経済と密接に絡み、かつ政治的発言力の増大にもつながるため、地元政治家にとっては刑務所誘致に賛成こそすれ、反対することはリスクが高すぎてありえない選択肢となっているのが実情であるという。

また、この「獄産複合体」の自己増殖へ根本から養分を与えている厳罰化の傾向はますます強まることになりそうだという。それはアメリカに根深く蔓延するセキュリティ意識の高さが招いた「恐怖の文化(culture of fear)」が強く反映しているという。

地域における精神的つながりや行政に対する信頼の低下、監視社会化、訴訟社会化、正義の商品化、恐怖・不安・危機・陰謀を煽る言説の流布、さまざまな類の暴力、「他者」に対する想像力の希薄化。それらは負の循環を繰り返しながら、セキュリティへの希求をより切実なものにしてゆく。(注3)

アメリカ社会が陥った負のスパイラルを象徴する現象として「獄産複合体」があるのだろう。しかし、それは「獄産複合体」という容貌で現出せずとも、決してアメリカだけのことではない、かもしれない。

(注1)渡辺靖著「アメリカン・デモクラシーの逆説 (岩波新書)」(P118)
(注2)渡辺靖著「アメリカン・コミュニティ―国家と個人が交差する場所」(P212)
(注3)渡辺靖著「アメリカン・デモクラシーの逆説 (岩波新書)」(P120)

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