「ものづくり」という言葉はいつから浸透したのだろう?

「ものづくり」という言葉が使われるようになった過程がよくわからない。一応脈略なくメモ。wikipediaにはこうある。

ものづくり – Wikipedia
『「ものづくり」は大和言葉であるが、生産や製造を意味する言葉として盛んに使われるようになったのは最近のことである。
1980年代以降、単純な製造作業の拠点は中国などに移り、おりしもITブームや財テクが流行り、日本の製造業には3Kに代表される工場で油にまみれる作業のネガティブな印象が強かった。しかし、1990年代後半から自動車産業を筆頭に、日本の製造業が復活を遂げた。そこで、日本の製造業が集約型単純労働ではなく、より高度で精神性の高い技術活動であるとの認識が生まれ、製造業をポジティブなイメージで捉える言葉として「ものつくり」という表現が使われるようになった。現在の日本の製造業の繁栄は、日本の伝統文化に源を発するという考え方である。』

このwikipediaの説明を素直に受け取るなら、九〇年代後半、日本の製造業の復活の原因を日本の特殊性に求めて古い大和言葉である「ものづくり」という言葉を当てて、それに合わせて日本の製造業、手工業の歴史が現代の製造業まで脈々と連なる「ものづくり」の歴史として再編、創造された、ということのようだ。
経済産業省のヴァーチャルモノづくり展サイトの鈴木一義氏のコラムによると『近代以降の日本企業や工業製品のブランド化が顕在化したのは、プラザ合意の行われた1985年前後の「CI(corporate identity)」ブームが始まり』で、『それまでの日本製品は、日本人自身も含めた国際社会の認識として「安かろう。悪かろう。」のイメージがあった』が、プラザ合意以降の急激な円高によって輸出産業が大ダメージを受けたため、『企業の生き残りをかけ、従来の負のイメージを払拭し、企業及び自社製品の独自性と優秀さを内外に示す』ためだったという。

コラム ブランドとしての「モノづくり」|ヴァーチャルものづくり展
『結果論ではあるが、今日までに続くブランド・イメージを確立できた企業は一部に過ぎず、それは中途半端に終わった感がある。企業も社会も円高の対応に翻弄された後、公定歩合引き下げや為替リスクを避けた資金の国内流入、内需拡大の政策などが相まって、バブル景気が始まったからである。良いモノも、悪いモノもすべてが混在となり、将来を見据えた開発、独自の技術力の蓄積が希薄になってしまい、非常にちぐはぐな状況がそこかしこにあった。日本独自の優れた技術や製品が無かったわけではないが、全体として日本の「モノづくり」は方向性を失い、ブランドを確立できなかったといえよう。』

結局のところ、この時点では『ものづくり』という言葉で示されるような日本の優位性を示す製造業に対するブランドは形成されていなかったらしい。
九〇年代後半になって製造業が復活したときに、「ものづくり」という言葉が当てられたというwikipediaの記述とも確かに矛盾なく繋がってくる。
試しに国会会議録検索システムで「ものづくり」を検索してみると、初出は平成九年(一九九七)二月十四日の衆議院商工委員会での佐藤信二通産大臣の発言。下線は引用者。

『まず、地域産業の空洞化への対処であります。近年の経済環境の急激な変化により、我が国のものづくりを支える基盤的な技術産業の集積や地域経済の自律的発展基盤である産地などの中小企業の集積は大きな打撃を受けております。このような状況に対応し、集積地域における新たな事業活動展開を促進するための施策を総合的かつ体系的に推進するため、特定産業集積の活性化に関する臨時措置法案を今国会に提出いたしました。』

この法案は後に、平成十一年(一九九九)、「ものづくり基盤技術振興基本法」として施行される。国会で初登場した時にはすでに政策の言葉としてであったようだ。ちなみに佐藤大臣は故佐藤栄作の次男で日本鋼管株式会社(現JFEスチール)元社員だという。
九〇年代後半になんらかの経緯で「ものづくり」という言葉が一般的に使われるようになり、法律として成立するほどに影響力を持つようになっていた、と推測できる。あるいは最初から政策の言葉として登場したのかもしれない。製造業と言う硬質な言葉に対して「ものづくり」という言葉は聞こえがいい。
「ものづくり」が江戸時代の工芸品や絵画、あるいは室町・戦国の茶器などと、現代の様々なプロダクトデザインとを一括りにして語られるようになったのはいつだろう。気が付くとそういう論調は雑誌や書籍などでも目にしたような気もする。
確かに現代の製造業で作られた産品と、近代以前の手工業で作られたそれとではその過程も結果も全く違うはずなのに、なぜか「ものづくり」という言葉によってシンクロして考えるようになっていた。よくよく考えると不思議だ。歴史というものが与えられていたからだろうか。
とすると「ものづくり」であるということは歴史に連なるものと言う後ろ盾を与えられることになる。これは流動化し、次々消費される一方の現代社会において、確かに作り手にとって魅力的に映るように思う。偽装された伝統の拡大という点で近年の懐古的・ナショナリズム的な様々な言説ともリンクしている。であるなら、IT・WEB関連の技術者が「ものづくり」という言葉を使いだしたのも、納得がいく。虚業ではない、ものづくりである。という誇りは、自身を江戸の職人とシンクロさせ、あるいは日本の製造業を牽引した名だたる企業と比肩させ、仕事とアイデンティティとを直結させる。
「ものづくり」という言葉の登場の過程はよくわからないので、これらは全て推測でしかないが、もし近年になって歴史を再編する形で名前を与えられて作られたものであるとするなら、その「ものづくりという虚構」を作った人物は現代人が何を切望しているのか実によくわかっていると思う。製造業に従事している人であれ、IT産業に従事している人であれ、働く人は皆、その意味が欲しいのだ。「ものづくり」という言葉こそが最高の「ものづくり」の例なのかもしれない。
このあたりの過程はよくわからないが、興味深そうなので、誰か詳しい人の解明を期待したい。

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