廃藩置県直後に大規模農民暴動を生んだ流言(デマ)

昨日は廃藩置県前の各藩の逼迫した財政について紹介したので、今日は廃藩置県の実施を受けて農民の間に広がったデマについて。引き続き勝田 政治「廃藩置県―「明治国家」が生まれた日 (講談社選書メチエ)」より。

廃藩置県実施直後の明治四年八月から十二月にかけて西日本を中心に各地で旧藩主の引き留め、あるいは再任を要求する農民一揆が発生した。その原因は様々な種類の流言(デマ)であった。中でも最も広まった流言がこのようなものだったという。

『中央政府の役所は「異人」が政治を行う場所であり、「異人」は女性の血を絞って飲み、牛肉を食べ「猿」のような着物を着ているようだが、すでに「異人」が血を飲んでいるところをみた者がいる。中央政府は人や牛を外国にわたそうとしている。いまの皇后は毎日生血を飲んでおり、これに供するためにわれわれの生年月日を調べようとしている。』(勝田P172)

つまり廃藩置県以前から続く急激な開国政策にたいする戸惑いが異人への恐怖感と結びついて中央政府である「朝廷」を「鬼」の体制と考えるようになった。そこに廃藩置県によって旧藩主が居なくなるということになると、「鬼」の直接支配する体制となってしまう。その怖れからデマが広がり旧藩主引き留めを企図した一揆が頻発することになった。一揆農民はこのように語っていたという。

『御殿様には我々下々の者を置き捨てにして、お江戸へ御上りなられるぞや、今我々が見放されなば・・・・・・女は異人に奪われ、子供等の生血は毛唐人に啜られるぞ、御殿様を引き止めよ、皆の衆出会え出会え。』(勝田P173)

明治四年八月に広島で起きた藩主引き留め一揆「武一騒動」はデマがデマを呼んで十万人近い規模にまで膨れ上がり、竹やりなどで武装した農民たちが公機関、村役人、豪農商など二〇〇軒を襲撃、焼き打ちなどを実行、それに対して政府軍が出動して武力鎮圧が行われた。
同書によると、当時流れた「流言」(デマ)を整理するとおよそ三つの特徴が指摘されるという。
1) 村役人への不信
2) 年貢増徴するのではないかという疑念
3) 異人への恐怖
村役人を中央政府の官員をみなし、彼ら村役人が政府から農民に分配されるはずの金品を着服しているのではないかという公的立場の者に対する不信から発するデマが流れていた。また、増税についても、しきりに政府は廃藩置県にともなう年貢の変更は無いと否定したものの、噂は色々と流れたという。最後の異人への恐怖は上記のような否応なく押し寄せる国際化に対する恐れが政府への不信と結びついたデマであった。
このデマから暴動への展開はフランス革命時の民衆暴動を想起させる。フランス革命前後に頻発した民衆暴動もまた貴族や地主、代官に対する不信感に基づいたデマがその原因となっていた。

『民衆を行動に駆り立てたのは、飢えという生理的原因よりは社会的、文化的な観念、つまり食糧不足は不作のためでなく悪徳商人や領主の隠匿や買い占めによるものであり、これが食糧の公正な分配という民衆にとっての古来の慣習的権利を侵害することへの怒りだった。そして、民衆は、慣習的権利の保障は当局の義務であるので、自分たちの行動は秩序破壊の「暴動」ではなく、当局への「警告」であり、当局がなすべきことを「代執行」する正当な行為なのだ、と考えていた。』(柴田三千雄著「フランス史10講 (岩波新書)」P120)

このような思想を背景として、フランス革命の勃発によって怒れる貴族たちが農民たちを攻撃してくる、あるいは領主や商人が着服しているという流言が流れて、「大恐怖(グラン・プール)」と呼ばれる大規模な民衆暴動へと繋がった。
フランス革命時の農民と、明治維新直後の農民とで共通する不信感に基づく心象風景が広がっていたのかもしれない、という想像をさせられるが、それがいかなる要因に基づいているのか、また現代にも通じるようにも思えるが果たして普遍的な概念と捉えられるのか、など興味深いなという感想を持っている。
さて、政府は一揆の首謀者に対しては死刑など厳罰をもって臨むとともに、政府に対する不信を払拭するために「仁恵」政府観の浸透に尽力する。いわく『いまは世界万国とお付き合いしなければすまない「世の中」となり、そうした状況に応じた政策なのであり、これも日本の人民を「赤子」のように愛される「御仁恵」からなされたものである』(勝田P176)、つまり『民衆が「異人」から辱めを受けないようにする「仁恵」あふれる政府である』(勝田P178)というアピールを盛んに行った。そしてそれはやがてこのようなアピールへと変化していく。農民一揆を抑えるための姫路県の告諭書にいわく。

『天皇は数千年の昔から日本ができたはじめより「大君」と申しており、これは世界に二つとないあり難いことであり、現人神と申すなり。』(勝田P178)

民衆の新政府に対する不信感の払拭という課題はやがて、「現人神」を生み出す大きな要因の一つとなったのであった。

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