子供の生まれ変わりとしての小鳥~哀しき昔話の類型「小鳥前生譚」

民話・昔話の類型の一つに小鳥前生譚というものがある。小鳥たちは人間、特に幼くして死んだ子供たちの生まれ変わりであるという、いずれも哀しいお話たちだ。柳田國男の遠野物語にも三つほど紹介されている。

遠野物語―付・遠野物語拾遺 (角川ソフィア文庫)
柳田 国男
角川書店
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五一 山にはさまざまの鳥住めど、最も寂しき声の鳥はオット鳥なり。夏の夜中に啼く。浜の大槌より駄賃附の者など峠を越え来れば、はるかに谷底にてその声を聞くといへり。昔ある長者の娘あり。またある長者の男の子と親しみ、山に行きて遊びしに、男見えずなりたり。夕暮れになり夜になるまで探し歩きしが、これを見つけること得ずして、つひにこの鳥になりたりといふ。オツトーン、オツトーンといふは夫のことなり。末の方かすれてあはれなる鳴き声なり。

オット鳥(夫鳥)は諸説あるがフクロウ目フクロウ科のコノハズクのことだという。長者の娘の女の子が同じく長者の男の子と仲良くなり、一緒に山に遊びに行ったが、男の子の姿が見えなくなり、探しても探しても見つからずついにコノハズクになってしまった、というお話。

五二 馬追ひ鳥は時鳥に似て少し大きく、羽の色は赤に茶を帯び、肩には馬の綱のやうなる縞あり。胸のあたりにクツゴコ(口籠)のやうなるかたあり。これもある長者が家の奉公人、山へ馬を放しに行き、家に帰らんとするに一匹不足せり。夜通しこれを求めあるきしがつひにこの鳥となる。アーホー、アーホーと啼くはこの地方にて野にゐる馬を追ふ声なり。年により馬追ひ鳥里に来て啼くことあるは飢饉の前兆なり。深山には常に住みて啼く声を聞くなり。

馬追ひ鳥はハトの一種アオバトだという。ある長者の家の奉公人が山で馬を放ったが、帰るときに馬が一匹見つからず、夜通し探しているうちに鳥になってしまった、というこれまた哀しいお話。奉公人というからにはやはり若い男の子だろうか。里でその鳴き声がすると飢饉の前兆と考えられたという。

五三 郭公と時鳥は昔有りし姉妹なり。郭公は姉なるがある時芋を掘りて焼き、そのまはりの堅き所を自ら食ひ、中の軟らかなる所を妹に与へたりしを、妹は姉の食ふ分はいつさう旨かるべしと想ひて、庖丁にてその姉を殺せしに、たちまちに鳥となり、ガンコ、ガンコと啼きて飛び去りぬ。ガンコは方言にて堅い所といふことなり。妹さてはよき所をのみおのれにくれしなりけりと思ひ、悔恨に堪へず、やがてこれも鳥になりて庖丁かけたと啼きたりといふ。遠野にては時鳥のことを庖丁かけと呼ぶ。盛岡辺にては時鳥はどちやへ飛んでたと啼くといふ。

カッコウとホトトギスは昔姉妹で芋を巡って美味しい所をくれないと勘違いした妹が姉を殺して、殺された姉がカッコウに、実は姉が自分に美味しいところをくれたのだと知った妹は後悔の余りホトトギスになったという、凄惨な由来が語られるお話。

他にも「草原で鋭くやかましいヨシキリは、奉公した家の主人から不当な理由で斬られた 小僧が、鳥となってその恨みを鳴いている話」や「誤った疑惑から弟を殺した兄はホトトギスになった」という話など、哀しい最期を遂げざるを得なかった子供たちが、転生した姿が小鳥だというお話になっているものが多いのだという。

ほんの一世紀ほど前までは子供は大人になれないうちに死んでしまうことが多かった。飢饉や疫病などでまず最初に犠牲になるのは体の弱い子供たちだった。家計が苦しければ奉公に出され、奉公先が必ずしも温かい職場とは限らなかったし、間引きという名の子殺しの習慣は全国で見られた、ありふれたとは言えないまでも、少なからずありうる事態だった。

以前紹介した座敷童のお話(「村社会の宿業「子殺し」が生んだ妖怪「座敷わらし」」)もそうだが、儚い生涯を閉じた子供たち、というのは身近な風景で、それゆえに大人たちの中に失った悲しみとか死なせてしまった罪の意識というものは重くのしかかっていただろうと思う。そのような喪失感や罪の意識、哀しみ、あるいは赦しなど様々な思いが小鳥前生譚という昔話の類型を生んだのだろうと思う。
そういえばギリシア神話でも妙に神様が女好きだったり人間の子供さらったりするのは、幼くして子供を失った悲しみを、神にさらわれたということにすることで、せめて心の慰めを得ようとしたとかなんとかいう話をどこかで見かけた覚えがある。
参考書籍・サイト
・「遠野物語―付・遠野物語拾遺 (角川ソフィア文庫)」P35-36
・「妖怪学の基礎知識 (角川選書)」P98
なぜ『遠野物語』か(三浦佑之)
ワオとマオ(三浦佑之)
記憶の森~動物の前世~

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