十八年ぶりに実の母と再会したという話

七月も終わりに近づいたある日、ブログに公開しているメールアドレスにメールが届いた。
「もう六七才です。そろそろ会っておきたいです。」
実の母からだった。
私は二歳のころに両親が離婚して以来、福岡の父方の祖父母の元で育てられ、毎年夏休みに父と母とそれぞれ逢いに行くという子供時代を送っていた。ほどなくして父も母もそれぞれ再婚して家族が出来てからは疎遠となり、私も長じて祖父母が亡くなった後は一人暮らしをして、結局、親と暮らすことは無かった。母と義理の父との間には弟二人と妹一人が居る。
実の母と最後に逢ったのは十八年前、大学四年生の夏だった。都心から離れた海沿いの街に住み、当時、母が海の家をやっていたこともあって、アルバイトをさせてもらった。しかし、それ以降様々な偶然が重なってお互い連絡先が分からなくなり、別れ別れになってしまっていた。
数年前から私は色々思うところもあって実名を明かしてブログを書いており、偶然、母が私の名前で検索してこのブログを見つけ、メールを送ってくれたのだった。
母は以前と同じ街に家族とともに住んでいた。ある晴れた日、私は十八年ぶりに母と、母の家族たちと逢うために、その街へと向かう。駅まで迎えに来てくれた母は、さすがに少し老けてはいたが、私も四〇歳であるのでそれはお互いさまで、依然と変わらず元気そうだった。
「連絡先もわからなくなってしまっていてね。逢えて安心したわ。」
「僕もだ。色々探してはいたのだけど住所も連絡先もわからなくなってしまってね。もう逢えないのだろうと思っていた。」
二人とも安堵と喜びが一緒に来た顔をしていたと思う。
再会した義父はすっかり頭が白くなっていたが、変わらず音楽関係の仕事をしていて、音楽への情熱を昔と変わらず熱く語り、懐かしいなぁ、とお互いに笑った。
十二歳だった上の弟は三〇歳になっていて、十八年前のことをよく覚えていた。昼食後に二人で散歩をし、私はほとんど覚えていなかったが辺りを色々指さし言った。
「このあたりも随分変わったんだ。マンションがたくさん出来てね。」
海岸線を抜け、二人で海沿いにある神社の裏手の祠へと続く階段を登る。
「子供のころはここでよく遊んだんだ。ほら、海沿いなのに、山みたいだろう。」
弟は木の間から海上に浮かぶ大きな岩を指して笑った。山から波の音が聞こえた。
一〇歳だった妹は二八歳で、結婚して母になり五歳と三歳の娘を連れていた。一〇歳の頃の面影がそのまま残っていて「変わらないなぁ。」と言うと、にっこり笑ってこう切り返してくる。
「こうしょうはちょっと太ったんじゃない。もっと大学生っぽいスッとしたイメージだったけど。」
十八年前の快活で物怖じしない彼女のままだ。
「そりゃそうだよ。あのころは二十二歳の大学生で、今は四〇歳の中年男性だ。」
「確かにそうね。ははは。」
妹とは仕事のことや子供のことなど本当に色々と話をした。特に五歳の姪は元気いっぱいで人見知りせず、当時の妹とそっくりだと思った。
当時九歳、今二七歳の下の弟はさすがに私のことはほとんど覚えていないようだった。十八年前に一ヶ月ほど、その前に逢ったのはさらに七年前になるのだから当然と言えば当然だ。音楽家肌であるらしく、思わず息をのむようなピアノ演奏の動画を見せてもらい、心の底から感心した。
「高校生のころからやっているから・・・」と照れ臭そうに笑っていた。
すっかり思い出話から近況まで話し込み、夜も更けて夕飯もごちそうになって、そろそろ帰ろうと準備をしていたとき、五歳と三歳の姪が近づいてきて、私を見上げてこう言った。
「泊まって行かないの。」
確かに私は帰るつもりだった。だが、心動かされた。まるで十八年前の妹たちに言われたかのような、不思議な感覚が芽生えていた。十八年前が私を引き止めたのだと思う。
結局、時計の針が回ったころまで話続け、翌朝、母に送られて家路についた。
「十八年ご無沙汰してしまって申し訳なかったね。」と私は母に頭を下げ、母は「いいえ。お互い様よ。それに、これからはいつでも逢えるから。」と笑った。
また、”帰ろう”と思う。海沿いのあの街へ。

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