「理科系の作文技術」木下 是雄 著

理科系の作文技術 (中公新書 (624))
木下 是雄
中央公論新社
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若い研究者・技術者・学生を対象に仕事の文書を書く上での作文技術を一から十までかなり具体的に解説した一冊。初版は一九八一年と出版から三〇年以上を経た超ロングセラーで、こういう文章技術の本としては基本のキに挙げられている本だけに、読んでいる人はかなり多いだろう。確認してみると二〇一二年八月一九日現在、amazonの中公新書カテゴリで並み居る新作・話題作を押しのけて一位だった。

この本で書き方が説明される「仕事の文書」とは文学作品や自分用のメモ・日記などではない。心情的要素を排した「情報と意見だけの伝達を使命とする」ものだ。作者は以下の通り分類している。

理科系の人が仕事のために書くもの

A類――自分だけが読むもの
 A-1.  メモ、手帳の類
 A-2.  実験ノート、野帳(野外観察用の記録帳)、仕事日記の類
 A-3.  講義や講演を聞いてつくるノート、文献のぬき書き
 A-4.  カード類
 A-5.  講義や講演をするためのノート
B類――他人に読んでもらうもの(仕事の文書)
 B-1.  要件や手紙のメモの類
 B-2.  (所属期間内の)調査報告、出張報告、技術報告の類
 B-3.  仕様書の類
 B-4.  答案、レポート
 B-5.  研究計画などの申請書
 B-6.  (学会誌などへの)原著論文、著書の類
 B-7.  その他の論説、解説、著書の類
 B-8.  構造説明書、使用の手引

このうちB類に属するものを仕事の文書として、この本の対象としている。それゆえに徹底して冷徹な文書の作成技術が解説されることになる。著者もこう書いている。

『その著しい特徴は,<いい文章>というときの多くの人がまっさきに期待するのではないかと思われるもの,すなわち「人の心を打つ」,「琴線にふれる」,「心を高揚させる」,「うっとりさせる」というような性格がいっさい無視されていることである.これは,情報と意見の伝達だけを使命として心情的要素をふくまないことと対応する.これらの文書のなかには,原則として<感想>を混入させてはいけないのである.
この種の文章表現のもう一つの特徴として,「やわらかさ」が無視されていることを挙げておくべきだろう.理科系の仕事の文書では,「やわらかさ」を顧慮するために「あいまいさ」が導入されることをきらう.やわらかさの欠如は政治的考慮の欠如に通じる.』(P9)

この徹底さはいっそ清々しい。以降、準備作業、序論と本論などの文章の組み立て、パラグラフの構成や展開などが論理的に解説され、アバウトに捉えていた様々な文章の書き方が明確にされていき、とても興味深かった。また、読ませる相手の存在を顧慮し重視することを繰り返し書いているので、決して論理的なだけの自己満足な文章を薦めているのではない。

もちろん、この本自体が「仕事の文書」的な作文技術で記述されているので、なんというか読んでいて面白いものでは決してないが、逆にその極北に位置しているだけに、近づきがたい厳かな存在感はある。面白くないけど非常に興味深いという類の魅力だろうか。

個人的に興味深かったのが「重点先行主義」の話だ。従来の論文の記述方法は起承転結に則った序論で問題を示し、自説の背景や実験の方法と結果などを説き、問題点を検討して、結論をまとめるという構成が主流だったが、『世の中が忙しくなるにつれて論文の重心が前のほうに移った』(P31)、ことでまず結論を提示してそれらを検討したうえで再度結論をまとめるという構成に変化してきているという。

文章は確かに生ものであるので、社会的な変化も大きく反映していくものなのだろう。この本が書かれた三〇年前と比較すれば、流動化・国際化など社会の「忙しさ」は格段の違いを見せているのは間違いない。現在までの文章の作文技術の変化に対して、様々な社会的変化はどの程度影響があり、どのように影響を与えてきたのだろうか。

ここに書かれた基本を押さえつつも、実際の現場では、やはり冷徹に心情的要素の排除を行って論理的な文章だけを追求していくことは現実的ではない、というのもまた事実だと思うので、そのさじ加減をいかに身につけるかが重要になってくるのだろう。まぁ一部の文章センスに恵まれた人々を除いて、基本のキを押さえておかないとそのスタートラインにも立てない訳で、理科系に限らず、とりあえず読んでおく、というだけでも充分益がある本だと思う。

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