「フランスにおける脱宗教性(ライシテ)の歴史」ジャン・ボベロ著

フランスを代表するライシテ研究の第一人者による、フランス革命から二〇世紀初頭までのライシテが確立していく歴史を概説した一冊。現在のライシテが直面する変化についても若干の言及が加えられている。

『国教を立てることを禁じ、いっさいの既成宗教から独立した国家により、複数の宗教間の平等ならびに宗教の自由(個人の良心と集団の礼拝の自由)を保障する、宗教共存の原理、またその制度。国家と公立学校などの公的領域を脱宗教化することで、私的領域における宗教の自由を保障するライシテの公私二元論は、宗教的民族的出自から切り離された普遍的市民権のベースにもなっている。』(P9)

本書では脱宗教化と世俗化とは明確に区別される。脱宗教化とは『法律によってライシテに基づく公教育や政教分離が制度化される過程を示し』(P10)、世俗化とは『市民社会と文化・習俗において宗教の影響が減退する過程を示す』(P10)。この本では前者の脱宗教化の過程を三つの段階に分けてその変化を概観し、それに付随する形で後者の世俗化の過程についても若干触れられるという内容になっている。

フランス革命から反教権主義とカトリック教会との対立を経て一八八〇年代に公教育における脱宗教化の実施までを第一期、第一期からさらなるカトリックと共和主義的ライシテ推進派との対立を経て両者の妥協の産物である「ライシテ協約」とその反映である一九〇五年の政教分離法の施行、それ以後のライシテが確立していくまでを第二期、戦後のライシテが主要トピックで無くなった時期を挟んで一九七〇年代以降のグローバル化と文化多元主義の出現、ムスリムの問題の顕在化などの時期を第三期としている。

もちろんライシテはフランスで始まったためフランスに特徴的だが近代以降欧州や世界各地で模倣され、発展してきた。一般的なライシテの特徴として以下の五つの特徴が挙げられる。(P170)
1.市民権と宗教的帰属の分離
2.国家の中立性
3.政教分離
4.宗教が社会化の機関としては選択的なものだということ
5.ナショナル・アイデンティティにおける宗教的側面の喪失

これにあわせてフランスのライシテに強く見られる特徴として『良心の自由(およびその帰結、すなわち信じても信じなくてもよい権利、宗教的多元主義)と思想の自由(およびそれが含意するもの、つまりあらゆる教条的・全体主義的な体系を批判すること)を連関させようとする点』(P170)が指摘されている。

宗教を私的空間、特に個人の選択レベルにまで狭めることで、公的空間を中立化し共和主義と思想と良心の自由を担保しようとするものだが、近年の世俗化が反転して再宗教化の傾向が強まっている点や、戦後フランスが積極的に推進した労働力確保のためのムスリム移民の受け入れなどライシテの原理を導入していない諸地域からの人口移動と定着によって、フランス社会が多文化主義的傾向を強めている状況とのコンフリクトが、ライシテが直面する問題になっている。

基本的に脱宗教化していく制度や政治、学校教育の歴史を中心に描かれるため、若干、というか最低限以上のフランス近代史の知識が必要なので別途テキストを用意しておくことをお勧めする。例えば柴田三千雄「フランス史10講 (岩波新書)」「フランス革命 (岩波現代文庫)」などコンパクトで要点は押さえてあるのでいいかもしれない。ライシテは現在のフランスのスカーフ問題や全欧州に広がる排外主義とイスラムフォビアなどホットなトピックの根幹にあるテーマであるので、その歴史をさかのぼって把握していくことは有用だと思う。

またライシテは日本でも重要な問題となっていくだろう。特に現代の公教育や歴史問題を巡る思想対立は遡れば戦後の脱宗教化の諸政策と政教分離の不完全さ、曖昧さに大きく影響されている面があり、日本におけるライシテのあり方を考えていくことが今後重要になっていくと思う。そして日本のライシテを考えることは、天皇制の位置づけというタブー的なテーマにも触れざるを得なくなる。このあたりの戦後の政教分離の歴史的経緯は最近の新書だと島薗進「国家神道と日本人 (岩波新書)」などに詳しい。

なかなか難題だがまずはライシテを整理するというところから始めていくということで、この本の簡単なまとめとしておく。近代史を中心に欧州や米国の政教分離、多文化主義やナショナリズム、宗教対立、アラブ世界の諸問題を理解することがやがて日本を考えるというところに帰結していくだろうという視点で、そのあたりの本を渉猟しているというのがここ数年の僕の読書傾向だ。

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