「武士から王へ―お上の物語」本郷 和人 著

武士から王へ―お上の物語 (ちくま新書)
本郷 和人
筑摩書房
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武士が台頭する一二世紀から江戸幕府が成立する一六世紀までの中世約五〇〇年の歴史を武士が王権を確立していく過程を通じて描く力作。とても面白い。

著者によると戦後の日本中世史研究は戦前の『天皇に忠貞であったか否かを絶対の尺度とする信仰にも似た歴史観』(P16)の見直しから始まる。そこで説得力を持ったのが黒田俊雄氏が提唱する「権門体制論」であった。王家(天皇家)の下に公家、武家、僧侶ら権門が結束して『「支配層」を形成し、「相互補完」、お互いの弱点を補い合い、助け合いながら民衆を支配し、日本の国を主導していた』(P18)とする『「日本中世の国家体制をさす歴史上の概念」』(P17)である。しかし、これはそもそも中世に国家と呼べるほどの「体制」があったのか?という批判があり、権門体制論に対し佐藤進一氏は『律令制国家の伝統を有し貴族によって運営される朝廷と、新しい権力体であり武士が結集する幕府とを対峙させた』(P21)「東国国家論」を提唱した。

これら両説はそれぞれに限界が指摘され、「東国国家論」を継承する形で五味文彦氏は「国家」という概念に代わり「王権」という概念を用いて『東国国家を東国の王権と定義し、朝廷を西国の王権と比定』(P27)した「二つの王権論」を提唱する。本書はその「二つの王権論」を踏まえて発展・展開されるものだ。

著者はまず「王権」をこう定義する。

『王権とは、周囲に従属を要求し、かつ他者の助力を必要としない自立した権力体である。換言すれば、王権とは「王たる意志」である』(P29)

さらに考察を深めて上記の「自立」を第一の特徴とし、「自律」しているという第二の特徴を明らかにしていく。

『王権とは統治者として自らを律する存在である。「王であろう」とすることは、よりよく統治しようとする意欲に他ならない』(P41)

そして第三の特徴として源頼朝が発した朝廷の権威に基づかない自身の権力だけに裏打ちされた文書「袖判下文」の存在を王権の特徴として挙げる。御家人たちに与えた主従関係を作り出す王権の権力を実際に行使する文書様式である。

「実情と当為」という二つの視点からこれらの王権の成立を二項対立的な切り口をいくつも組み合わせて行きながら徹底的に実証的に洗い出して論証し、武士から王へと至る大きな物語が描かれていく。

『王権はまず「自立」である。王様は君臨する者なのだ。次に「自律」。王様は「公平性」を大事にして統治をする。公平を貫くためには、自分の利益を否定する必要に迫られる。だから「自律」である・それから武家政権を歴史資料で端的に表現しようとすれば、それは「袖判下文」。主従関係の生成こそが王権の中核に位置する。

「不動産」重視の東国に新しい王権が生まれ、成長していくうちに、西国から「銭」と「もの」が流入してくる。これを契機に王権の姿は領域性を伴って変化していく。「東」と「西」のそれぞれの特徴も際立つようになる。さらにそこに「やさしい」神仏、とくに「一神教」と共通点を多く有する教えが関与していく。

袖判下文に具現される「タテ」と、村落共同体に見られる「ヨコ」。「タテ」を標榜する戦国大名勢力は、一神教との連関を想定し得る「ヨコ」に対抗するために、領域を越えて拡大していく。戦いの末に「タテ」は「ヨコ」を打ち破り、日本に新しい王権を出現させる。「当為と実情」はそこでほぼ重なりあい、王の命令は全国津々浦々に行き渡る。中世が終わり、江戸の大樹の時代が始まる。』(P225-226)

平氏政権の台頭と瓦解、鎌倉幕府成立の時期を巡る諸説、市場経済の浸透と鎌倉幕府の行き詰まり、西国の政権、承久の乱、行き詰る鎌倉政権の対応を巡る統治派と守旧派の対立、建武の新政、足利政権はなぜ鎌倉ではなく京都に移ったのか、足利義満による王権の統一、鎌倉仏教諸派と王権、一神教化した一向宗がもたらす平等思想、戦国大名の自律指向、東西の王権を象徴する関ヶ原、何故家康は江戸に幕府を開いたのか、など様々なトピックが次々と解き明かされていくのは快感ですらある。

とはいえ、著者の手法は著者の長年の地道な研究に基づく知識と経験と卓越したセンスに基づく手法とも言えるのであって、素人が軽はずみに真似すると思い込みに思い込みを重ねて明後日の方向に飛んでいく危険がありそうだ。あくまで実証的な調査研究に裏打ちされた、中世史を読むための有力な観点であり、またそれによって紡がれた大きな物語と言えるのだろう。日本中世史についてより深めた「当為と実情」の絶妙なバランスの上にある論考をこれからも期待したい。

また、著者の「天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書)」はもう一つの王権である西国の朝廷にスポットを当てた考察なので、この本と重複する面は多々あるが補完的に読むとより理解が深まると思う。二冊で『「王権」という視点から見る日本中世史概論』という趣きがあるかな。もちろん専門家の間では批判も多いらしいので、同氏の本だけでなくこれをきっかけに中世史の世界にどっぷりと嵌ってみるのが良いんじゃないかと思う。例に出されている佐藤進一氏の「神国日本 (ちくま新書)」なども面白いのでおすすめ。

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