「民度」という言葉の由来と意味の曖昧さについて

ここ数日の中国の反日デモ勃発から、特にtwitterやブログなどウェブ上でしきりに「民度」という言葉を見かけるようになった。反日運動が高じて暴力的な行為に及ぶ中国の人々、あるいはそれに対抗意識を燃やして日本で急進的な意見や行動に出る人々などを批難する文脈で「民度が低い」という表現がされているようだ。

Wikipediaによると「民度」とは『民度(みんど)とは特定に地域に住む人々の知的水準、教育水準、文化水準、行動様式などの成熟度の程度を指すとされる。明確な定義はなく、曖昧につかわれている言葉である。』とある。

「民度」という言葉の由来と成立過程は実は詳しくわかっていないらしい。その「民度」という言葉の登場から変遷について陳贇氏の論文『「民度」――和製漢語としての可能性』が詳しかった。同論文によると、「民度」と言う言葉は明治時代に日本で作られた造語であるらしい。以下『』内は同論文より引用。

「民度」という語は古くは明治五年(一八七二)の政府の議事録に産業政策等諸施策を『中央政府が民度を慮りつつ法律を定めていく』という文脈でいわゆる経済・貧富の度合いという趣旨で使われているのが最初で、その後明治十九年(一八八六)から明治二〇年(一八八七)にかけて、朝日・読売等の新聞で頻繁に使われているのが見られるという。その意味は多岐にわたり、物質的・経済的意味から社会全般、文化・文明的な意味まで文脈ごとに違う意味で使われており、そもそもの意味が曖昧であったことが指摘されている。

当時(1886年)において、「民度」がすでに新聞記者、読者などの知識人の間である程度は知られており、話題性を持つ存在ともなっていたものの、しかし意味は今ひとつ理解されていない状況にあった』と推測されている。

『「民度」はおよそ明治十年前後に現れ、人民の経済、思想の程度を包摂する意味の語として、明治二十年前後から、地方から都市までの知識人の間では広く使われるようになっていたことがわかる。』

明治初期に啓蒙思想家の諸著作で「民度」に近い意味を持つ表現として、「人民開化の度」「人民貧富の度」「人民生活の度」といった表現が見られ、それらの語が、当時の民権、民心、民主、民政など民○という新語が次々作られていたことを背景として「民度」という言葉へと転化したと推測されている。ただし、『西洋に原語を有しない「民度」は意味の曖昧性ゆえの概念としての稀薄性により、明治初期の思想家たちの間で定着』しなかったという。

大正期になると「民度」という言葉は植民地統治関連の表現として新聞等メディアで多く使われるようになっていったという。台湾や韓国など植民地に対し現地の経済情勢や文化風俗、読み書き能力等教育レベルについて「民度」という言葉が使われていた。宗主国の目線から植民地を見る視点として「民度」の高低が述べられていたということだろう。

戦後は昭和三〇年代をピークとして「民度」という言葉の使用は減少していったが、一九八〇年代以降「民度」から経済的意味が薄れて『「文明、文化、教養」面が突出』して使われるようになり、一九九〇年代後半以降再び「民度」という言葉の使用は増加傾向にあるという。

同論文でも指摘されている通り、「民度」という言葉の由来や生成過程は不明確で今後より調査研究が進められる必要があるとのことだが、ここではっきりしている点としては「民度」という言葉はそもそも曖昧な意味で登場していること、大正期に宗主国から植民地を評価する表現として広まったこと、八〇年代以降文明・文化・教養といったソフト面の意味が突出し、再び使用が増加傾向にあること、ということらしい。

グローバル化にともなうネーションの弱体化、ネーションの弱体化に対する反応としての保守的傾向の強化、反知性主義の台頭、歴史・領土認識に関する近隣諸国との国際的対立など「民度」という言葉が増加傾向にある八〇年代以降様々な変化があるが、「民度」という言葉の復活は少なからずそのような世界的な動きを反映したものであるのかもしれない。「民度」というとき、それは相手国が一つの統一された文化・民族であることを想定しているという点で、特に八〇年代後半以降の保守的傾向の台頭と密接な影響があるようにも感じる。単純に相手への不満を伝える表現として使っているとしても、その言葉を選択するようになった背景として、もう少し大きな社会的な変化から、個々人が、知らず知らず影響を受けているのではないかと思う。

以上のようなことを踏まえて、「民度」という言葉はやはりその本質的曖昧さゆえに、恣意的に拡大解釈して相手の民族や国民全員にレッテルを貼ってしまう危険性と隣り合わせであると思う。それは本来批判しようとする対象となる人々を見えなくさせる。「民度」は歴史的経緯を見てもその意味とその言葉が指すものは非常に曖昧なのだ。ゆえに「民度」という言葉は「民度が高い」人々なら極力使うべきではないと思うのだがどうだろうか。

とはいえ、もはや人口に膾炙してしまっているようでもあるし、「民度」という言葉はこれからも他国や多民族、あるいは自国の一部の人々を批判する言葉として広く使われていくのだろう。それはどのような変化をもたらすだろうか。あるいは何も影響は無くただのスラングとして消費されていくだけなのだろうか。

参考サイト
「民度」――和製漢語としての可能性
民度 – Wikipedia

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