関東大震災の朝鮮人虐殺を生んだ流言の拡散経路

大正十二年(一九二三)九月一日の関東大震災時には朝鮮人が井戸に毒を入れた、放火をして回っている、暴徒化している等の朝鮮籍の人々を対象とする根も葉もない流言が非常に速い速度で広がり、関東一円で調査結果に幅があるが二三一名から最大六〇〇〇名とも言われる多数の被害者を出した虐殺事件が発生した。この関東大震災時の「朝鮮人流言」の拡散過程について、かなり詳しく判明しているようで広井 脩 著「流言とデマの社会学 (文春新書)」に紹介されている。以下同書P97-101より。

九月一日午後七時頃
横浜市内山手本町警察署管内、本牧町の火災現場周辺で「朝鮮人が放火している」との流言が発生。
同日午後八時~九時頃
隣接する加賀町、伊勢佐木町の警察署管内に波及
翌九月二日未明
横浜市内に朝鮮人が放火・強盗・強姦・殺人・投毒など様々なことを行っているという内容に拡大
同日午前
横浜市に隣接する神奈川町・鶴見町・川崎町方面に拡大。
同日午後
流言が以下の三つの方向に分岐して東京府内に侵入する。
1)川崎町から東海道沿線を進み六郷川を通過、荏原郡蒲田町・大森町・大井町を経て東京市内の品川に流入
2)鶴見町から分岐して神奈川県橘樹郡御幸村・中原町を通り、丸子の渡し場を通過して、荏原郡調布村から大崎方面へ流入
3)神奈川村から分岐して町田街道を進み、二子の渡し場を通って荏原郡玉川村・世田谷村・渋谷町方面に流入
同日午後
東京市内全域に流言が拡大。市内に拡大した朝鮮人流言の経路として
1)江東方面に属するもの
2)小石川、牛込方面に属するもの
3)東京市内西部に属するもの
4)東京市内一般に属するもの
の四つがあり、1)は二日午後七、八時頃に「一部の朝鮮人が震災当夜混乱にまぎれて婦女子を強姦し、その所持品を強奪した」という流言が伝わり、その前に「津波がやってくる」という流言が流れたため、その津波流言は朝鮮人が故意に流したものとする流言が新たに発生したという。
以後二日中に千葉・茨城・群馬・栃木、翌三日には福島県まで到達した。

震災時、混乱に乗じて略奪行為を行うものが少なからず登場し、特に、横浜市の右翼団体立憲労働党総裁山口正憲一派が一日午後四時から四日までの間にかけて団員を武装させて十七回に渡り民家を略奪して回る事件が発生しており、この山口正憲一派等の行動が誤解されて朝鮮人の仕業として流言に転化したのではないかと推定されている。また、上記の小石川・牛込方面の流言は同じく立憲労働党本部が牛込区にあることから、山口正憲の使いがその流布に関与した可能性も指摘されている。ちなみに山口正憲は後に強盗容疑で逮捕されている。

同書によると流言には「噴出流言」と「浸透流言」という二種類のタイプがあり、前者は大規模災害等『いままであった社会組織や、われわれがふだん使っている社会規範が、一時的に消滅してしまうことで噴出する流言』(P80)で、『流言集団の非常に強い感情的興奮によって支えられて』(P80)高速で拡大するが、興奮が収まると流言も急速に消滅するとされる。後者の「浸透流言」は『災害の被害が比較的軽微であり、社会組織や規範が残っている状況で発生する』(P81)もので、拡大するスピードは遅く、比較的長期間持続するものだという。

流言で多いのは圧倒的に後者で、前者はごく少数であるとされ、「浸透流言」は興奮度が低いため暴動等の非合理的行動をもたらすことはほとんどない。一方で「噴出流言」は少数ながら恐怖など強い感情的興奮に支えられているため人々の非合理的行動に及ぶ可能性が高くなる。

『「コントロール不可能な避難行動(パニック)」や「群集の暴力行為(モッブ)」など、社会的混乱の引き金になるような流言は、一般に考えられるよりずっと少ないのである。わたしたちが流言の問題を考えるときは、まずこの事実を念頭に置くことが必要である。』(P81)

当時、政府・警察当局はこの朝鮮人流言は根も葉もないものとして取り締まりや朝鮮人を狙った暴動を阻止しようと一〇万枚のビラを配布したり、朝鮮籍の人々を保護するなど様々な努力したが(一方で警察が暴力の当事者となる例も多かったが)、このときの経験が流言飛語は全て暴動の引き金になるなど社会を混乱させる蔓延してはならないものという誤解を政府に抱かせ、後に治安維持法をはじめとする言論統制関連法の成立を大きく後押しすることになった。

流言とデマの社会学 (文春新書)
広井 脩
文藝春秋
売り上げランキング: 343915

関東大震災 (文春文庫)
関東大震災 (文春文庫)
posted with amazlet at 12.09.22
吉村 昭
文藝春秋
売り上げランキング: 9374

流言の社会学―形式社会学からの接近 (青弓社ライブラリー)
早川 洋行
青弓社
売り上げランキング: 371972
スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク