生贄(スケープゴート)の構造

先日紹介した民俗学者赤坂憲雄の著書「境界の発生 (講談社学術文庫)」に「人身御供譚の構造」という生贄・供犠のメカニズムが分析されている章がある。それによると、まず人柱など神話や伝承などで語られる人身御供譚の定型は以下の通りだという。(P230)

(A)毎年、人身御供をもとめる邪神がいる。

(B)処女がイケニエにささげられる。

(C)異人があらわれ邪神を退治する。

(D)人身御供の風習はやみ、異人は処女と結婚する。

(E)邪神・イケニエ・異人は神となる。

ヤマタノオロチ伝説などに見られるように、大蛇など異形の怪物の姿をした邪神への生贄として未婚の美しい娘が捧げられるが、その救済者として神的英雄や旅の僧侶、都よりの貴種など異人が登場して邪神を退治し、異人はその娘と結婚して人身御供の風習は止み、邪神や生贄となった娘・異人は神として祀られることになる、というのが大方の人身御供譚の定型となる。

様々な伝承で語られる人間を生贄として殺害する人身御供の風習については、そもそも伝承であって実際は行われていなかったとする説や、最初は獣を神に供える儀式が人間を生贄とするように変化したとする説、人間を生贄として殺害していたものが次第に獣へ、依り代など代替物へと発展していったとする説など様々な説があるが、人間の生贄は伝説通りではないにしろ、何らかの形で実際に行われていたと考えられている。

生贄を神霊に捧げる宗教的儀式は供犠と呼ばれる。

『供犠の庭にささげられる聖化されたイケニエは、象徴的には、人間/神・内部/外部あるいは俗/聖といった二元的にたてられた対立項をつなぐ媒介者である。人為的に設定された媒介的・中間的対象にたいして、ある極限的な操作としての供犠の暴力がくわえられる。この犠牲の破壊をつうじて、仮構された内部(人間)/外部(神)という二元化された文化図式は再認され、生きられた現実として受容・更新される。供犠とはしたがって、連続性の切断のための暴力、あるいは連続性という名のカオスのなかに非連続性としてのコスモスを導きいれる装置である、といいかえることができる。』(P234)

共同体は境界を更新することによって『連続性(自然)のなかに、非連続性(文化)』(P234)を構築する。生贄は共同体の秩序とその外部にあるカオスとの狭間で両者をつなぐ媒介者としての役割を与えられ、それを破壊することで境界が設定され、秩序が生成されることになる。

この人身御供の伝承・説話はその共同体にとって象徴劇として繰り返し語られることになるが、それは共同体の秩序創出のプロセスを規範的物語として語ることでその都度秩序の再生・更新を図る意図がある。犠牲となった生贄は聖化されて共同体の神となり、それによって共同体に受容=内面化されて語られることになる。

供犠の本質は「置き換え」であるという。生贄となるのは共同体の周縁に位置する弱者であったり、女性であったり、外部からやってきた異人であったりと、共同体の中心にある者たちではない。

『供犠のイケニエは、共同体の成員間にとびかう相互暴力を一身に負わされる第三項である。たった一人の犠牲者に加えられる破壊と殺害は、置き換えられた暴力なのである。元型的には、王こそがそうした第三項の役割をになう存在であるが、多くそれは共同体内部の周縁性をおびた者に肩代わりさせられる。さらに、この役割は共同体の外部に転移される。供犠の暴力はひたすら遠くへ、外部へとさし向けられる。』(P242)

供犠の原型として王殺しがあったとされる。異人としての王は、共同体が混沌(カオス)となり、秩序(コスモス)が揺らいだとき、共同体の中で死を与えられた。やがて、王に代わり、旅人や弱者、罪人など周縁に位置する者の中から偽の王(モック・キング)が選ばれて、王の身代わりとして殺害される。王殺しがすべての共同体で見られたかどうかは不確かであるが、共同体の内部の生贄は輪番制や、指名制などで選ばれることもあったという。そして、生贄は共同体の内部から、旅人や捕虜外部の者たちなど外部へ、そして獣など人から人以外の生物へ、そしてヨリシロなど生物から物へと置き換えられていった。必ずしもこれが直線的に発展したものではないが、少なくとも共同体の中心から周縁へ、内部から外部へ、人から人以外へと<置き換え>が、供犠の本質として存在する。

同書のこの章の補注として、歴史学者藤木久志氏の論考から中世村落での身代わりの例としてとても興味深い話が紹介されている。

『日本の中世村落には、父=家の身代わりには肉親の子供・また庄屋=村の身代わりには乞食という、家と村とにそれぞれ対応する二つの身代わりの方式が存在した。後者の例としては、たとえば中世末の摂津の水争いに際して、「一村に壱人宛はりつけ」の処分が決まった時、村々では公然と「庄屋代に乞食」を犠牲としてさしだした、という。あるいは、十七世紀初頭の丹波の山争いのあとで、「村中の難儀に代り相果」てようと、すすんで相手方の村へ下手人に赴いた男は倅のために「苗字を下され、伊勢講・日待参会にも相加り候様」と願い、それを容れられて死についた、という。いわばこの男は苗字をもたず、講や日待などの正規の村の成員の集まりからも排除された、ごく下層の者だったのである。
村の身代りの要件は、村落共同体に扶養され、しかも村落の正規の成員から排除された存在、ということであった。日本の中世村落は、そうした身代り=犠牲となる乞食を村抱えで養っていたのである。』(P261-262)

※伊勢講は江戸時代中期以降大ブームとなった伊勢神宮参りのために村の成員がお金を出し合って旅費を積み立てる金融の一形態。日待とは民間信仰の一つで、夜を徹して朝日を待つ太陽信仰的なお祭りの一つ。庚申待等とも近い信仰だという。

供犠の<置き換え>には二つのメカニズムがある。一つは<贖罪のいけにえ>、もう一つは<儀礼のいけにえ>である。前者は『共同体の内部にあって、相互暴力(カオス)を一身にひきうけさせられる第三項』(P246)であり、後者はその<贖罪のいけにえ>のさらなる置き換えとして共同体の外部に向けた暴力として存在する。

<贖罪のいけにえ>は王殺しの王や未婚の処女、指名・輪番制によって選ばれた者、上記の中世村落の例だと父=家の身代わりとしての肉親の子供など共同体内部の生贄で、<儀礼のいけにえ>は奴隷や漂泊民、修行僧などの異人や獣類・供物・呪文など人間以外の物、上記の中世村落の例だと村が扶養する乞食にあたる共同体の周縁から外部にかけての生贄となる。

<贖罪のいけにえ>から<儀礼のいけにえ>へと置き換えは外部へ外部へと進展し、最終的に人間以外の物に置き換えられることで人身御供の風習は終焉することになる。

生贄は内部と外部との境界を設定し秩序を生成するために共同体の相互暴力を一身に背負い、置き換えの原則に則って対象となる第三項は外部へ外部へと求められていく。生贄となった第三項はその供犠の過程で聖化され、神となることで周縁から共同体の中心へと移動し、共同体に内面化される。その結果として、生贄の伝承は秩序の更新と維持のため繰り返し反復して語り継がれていくことになる。最終的に人ならざる物が生贄となることで人身御供の風習は終焉を迎えるが、それは共同体が生贄を必要としなくなったということではない。秩序の生成と維持のため、内と外、秩序と混沌とをつなぐ媒介の破壊は常に求められることになる。生贄はいかなる形であれ共同体の存立と表裏一体な宿業として、存在し続けるものなのだろう。

現代社会でも閉じた共同体の秩序生成・維持を目的とした「生贄」が人の形を取ることがある。犠牲となった人を聖化することで、共同体の中の相互暴力(カオス)の存在を覆い隠し、生贄の風習を温存した秩序の維持に与することになる。本来ならば自身がその責を負うはずの未開の王の如き共同体の指導者は高らかに謳いあげる。彼・彼女の犠牲を無駄にしないために崇高な理想の実現に邁進すると、共同体の中に存在する暴力の存在を覆い隠した秩序を維持すると。それによって自身の身代わりとなった犠牲を神聖なるものに祀り上げ、共同体に受容させた神話を作り上げる。

共同体にとって「生贄」の構造が包含されざるを得ないものだとしたら、その「生贄」に人の形を与えない、「生贄」としての立場に自分を追いやらないために、「生贄」を人間以外の象徴的な事象にいかに置き換え、かつ根本的なカオスの存在に向き合って解決させるかが、ありきたりな結論かもしれないが、現代社会の様々な共同体で生きる我々にとって、とても重要なことなのだと思う。

参考サイト
人身御供 – Wikipedia
エクスターズの探求者 第2章 供犠
スケープゴート – Wikipedia
日待・月待・庚申待

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