「日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ」飯尾 潤 著

書籍版

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)
飯尾 潤
中央公論新社
売り上げランキング: 19587

kidle版

日本の統治構造 官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)
中央公論新社 (2014-07-11)
売り上げランキング: 37,789

日本の統治構造とはいかなるものなのか、その姿を鮮やかに分析した一冊。出版されたのは二〇〇七年なので、民主党政権成立前の自民党政権時代までの分析だが、とても面白くて、勉強になった。

『本書は、日本における議院内閣制の分析を通し、国会、内閣、首相、政治家、官僚制、政党、選挙制度、政策過程などについて、歴史と言う縦軸、国際比較と言う横軸から照射し、日本と言う国の統治構造の過去・未来を、構造的に解き明かす試みである。』(はじめにiiより)

そもそも議院内閣制は『議会のみが民主的に選出され、その議会の正統性を基盤として内閣が成立』(P18)するという民意を一元的に代表する、権力集中的な制度である。これに対して大統領制は大統領と議会が別々に選出されることで、民意を二元的に代表する権力分散的な制度となる。つまり、原則的には大統領制よりも議院内閣制の方がはるかに政府の権力は強くなるものだ。

ところが日本においては「日本は議院内閣制のせいで政府の権力が弱い。それを強化するために大統領制・首相公選制を導入しよう」という誤解が広く浸透してしまっている。この誤解の影に日本政治の議院内閣制の基本原理から逸脱してきた過程が存在している。この日本独特の議院内閣制を生み出しているのが『政党政治家を内閣の主体と考えず、省庁の代表者が集まって内閣を構成するという認識』(はじめにiii)を前提とした「官僚内閣制」と呼ばれる体制であるという。

日本国憲法制定時には強い首相を中心とする議院内閣制として構想された政府機能だが、内閣法第三条において「各大臣は、別に法律の定めるところにより、主任の大臣として、行政事務を分担管理する。」として『総理大臣と国務大臣を区別せずに、「各大臣」による「分担管理原則」が規定』(P28)されたことで、内閣総理大臣の機能が大きく制約され、同時に明治憲法体制時からの強い中央集権的官僚制を引き継ぐ形でこの分担管理原則が強く作用し、『内閣は各省大臣が、それぞれ独立した基盤を持って集まる場所』(P29)と捉えられる。

また内閣は連帯責任を負い、それによって閣議は全会一致の原則に貫かれるが、大臣は各省の代表者という立場であるため、閣議の前段階となる根回しは各省官僚間で執り行われることとなり、結果、閣議は形式上全会一致を確認するだけのものとなり閣議の空洞化がおこる。この「官僚内閣制」によって議院内閣制の基本原則が大きく揺るがされることになった。

第二の特徴として「官僚内閣制」を構成する各省が独自に民意や社会情勢を反映する仕組みを発展させ、『縦割りの省庁が社会集団の利害をそれぞれ代表』(はじめにiii)する「省庁代表制」という体制が指摘される。

日本の官僚制は資格試験の合格など一定の資格を要求する資格任用制を取っているが、資格任用制は政治家が官職を配分する猟官制よりも政治家の人事権に制約がある。もちろん猟官制は適切な任用が出来ない、金権政治化するなどの反省から先進諸国でも基本、資格任用制が中心になっているのだが、日本の場合、官僚に対する政治家の人事権は著しく弱く、官僚側が政治家の影響を極力排除し自律的に官僚の人事を行っている点に特徴がある。

キャリア、ノンキャリア、技術系、省庁統廃合による旧○○省系vs旧××省系など様々な人事ユニットの中で年功序列で地位を争い、その人事ユニットの集合体として省庁がある。このため各省庁は予算と権限の確保に関心が集中し、政策も積み上げ式に省庁内と省庁間の調整で形成され、政治家の関与が薄くなっていくことで、セクショナリズムが生まれやすく、かつ官僚が自律的に人事権を行使することで、省庁の割拠性が高まることになる。

こうして制度的に自律割拠した各省庁は社会から乖離するのではなく、むしろ議会に代わって民意を代表しようと社会に深く根を下ろす体制を整える。割拠した中央政府の官僚機構は一九九九年に廃止された機関委任事務制度を通じて地方政府の官僚機構と融合して行政機構の肥大化を招いていた。また、地方政府だけではなく各省庁は特殊法人など多数の関連団体をそれぞれ持ち、特殊法人だけでなく民間会社・業界団体にも強い影響力を行使する。

各省庁は各社会集団と密接に繋がり、その結果、各社会集団は『選挙によって選ばれた政治家やそのための組織である政党を必ずしも経由せずに、行政に直接働きかけるルート』(P74)を持つことになる。また各省庁が主催する委員会や審議会などを通じても民間の専門家の意見を吸い上げ、『各省庁を結節点として、国民代表たる議会に対抗して、民意を代弁あるいは利益を媒介する仕組み』(P75)として「省庁代表制」と呼ばれる体制が整えられた。

第三の特徴として「政府・与党二元体制」と呼ばれる長く政権の地位にあった自由民主党が政府に代わって行政機能を分担していた仕組みが日本独特の仕組みとして指摘される。「官僚内閣制」のため政府による官僚の統制が不十分であり、それを補う仕組みとして立法権を持つ衆議院で多数を占める自由民主党が『「与党」という自らの政府を内閣の代替物として持ち、それを通じて官僚制を統制しようと』(P82)した。

「与党」という言葉は海外の議院内閣制をとる国で首相を輩出している政党を指す「政権党」とは違う独特の意味を持つ。『日本の特色は、政権を担うはずの政党が、自ら「与党」と名乗って、政府とは違う立場に立つことを堂々と表明するところにある。』(P81)

与党機能の最たるものは実質的な立法活動である政策審議機能である。自民党政権時代、総会である政調審議会と省庁別に構成された部会、課題ごとに設置される調査会から構成された政務調査会、党大会・両院議員総会に代わって日常的な最高意思決定機関である総務会の二つの機関が政策審議機能の中心として機能していた。

各省庁内で積み上げ式で官僚が作成する法案の原案は内閣に上がる前に全て政調の各部会で審議される。この際、関係省庁の官僚は自ら部会に赴き、法案の説明や説得を行い、参加議員の了承を得て政調審議会で全会一致で承認され、続いて総務会でも同様に審議された上で全会一致を原則として可決される。こうして総務会決定を経た法案については所属議員に対して党議拘束がかけられ、法案の成立が保障される。この過程を通らないと閣議に上げられない仕組みであったから、内閣の閣議に上がるときには全て法文の一語一句まで決定されており、内閣で議論の余地は無くほぼ形式的な承認がなされるにとどまる。

諸外国、例えば英国では官僚は直接の上司である大臣以外の政治家と接触することは禁止されており、このような議員に直接官僚が説明に行くという慣例は日本独特のものだという。実質、内閣に代わって官僚を統制する機能として「与党」機能が発展してきたわけだが、この過程で議員は官僚に対して発言力を持つようになる。特定の省庁や利益団体の意見を反映させる族議員の登場である。法案を通しやすくするために、官僚は省庁の利益を代弁してくれる議員を作ろうとするし、その反対に官僚に対して関連団体の意見を押し通し影響力を行使しようとする議員が登場する。うるさ型の議員に対しては、事前に官僚が「御説明」に行き、採決前までに政策の了承を事前に取りつける。

戦後の五五年体制下で自民党の一党優位体制が続く中で徐々に派閥と族議員を中心とする「与党・政府二元体制」が形成されてきたが、これが党内で制度化されたのは実は一九八〇年代と意外と新しい。一九八〇年、派閥抗争の果てに大平正芳首相が急死し、苛烈な派閥抗争が総理を死に至らしめた反省から、主流派・反主流派という区別をせず挙党一致で派閥が規模に応じて閣僚を出す「総主流派体制」が成立した。同時に派閥毎に閣僚数が割り当てられるということで、入閣へ至る人事経路が確立、当選一回では全員が国会対策委員会に属して見習い期間となり、二回で政務次官、三回で政調の部会長、四回で族議員の中核メンバー、五回~七回で入閣という流れになる。

この「与党・政府二元体制」は一方で官僚機構の統制に力を発揮したが、その一方で内閣のより一層の弱体化を招いた。閣僚はすべて年功序列の順送りで首相の意思とは関係ないところで決定し、しかもポストを広い範囲に配分するために毎年のように内閣改造が行われる。また、必ずしも適材適所の人事が行われることは出来ず、「○○大臣に任命されて驚きました、これから勉強します」という政治家が続出することになった。また、なんら法的根拠のない任意的な体制である「与党」が政策審議・官僚統制と言う政府機能を担うことになり、首相に強いリーダーシップを付託することを目的とする議院内閣制は著しく空洞化することになった。

これら三つの「官僚内閣制」「省庁代表制」「与党・政府二元体制」について簡単に概要をまとめたが、同書では一~三章でかなり詳しく説明されており、日本の統治構造の実態が浮き彫りになってくる。続く四~七章では制度の国際比較、日本の政治の問題点、このような状況を踏まえて日本において議院内閣制を確立する方法の提案など多岐に渡って解説され、この続きの部分こそこの本の要点であるだろう。日本の政治について考えるための必読書と思うので、興味のある方はぜひ。

さて、この本は前述の通り民主党政権成立前の発行なのでこの本で分析された構造を踏まえて現状を考えてみると、民主党政権の失敗は本当にここ数十年の政治史で最大のターニングポイントだったのだなと思う。

橋本行革や小泉政権を経て民営化が進んだ結果、官僚内閣制・省庁代表制は全盛期よりは弱体化し、また自民党をぶっこわす、のキャッチコピー通り「与党」機能は崩壊していった。代わりにここ十年で内閣機能、特に首相の権限が著しく強化されてきている。個人的に小泉政権は失政の方が多いとおもうのだが、その政策の是非はおいておくとして、小泉元首相のように選挙を通じて民意を背景とすれば、かなり強い指導力・統制力を発揮することが可能となり、内閣による官僚の統制も不可能ではなくなってきた。

民主党鳩山政権も選挙を通じて圧倒的な支持を獲得して、政治主導を謳ったが、迷走に次ぐ迷走の果てにわずか一年で退陣した。ここでもう一度選挙を通じて民意を背景とした内閣を作るべきだった。解散の是非については色々議論もあったが、振り返ってみれば、実はそれ以外の選択肢はあり得なかった。なぜなら、日本の統治構造は上述の通り、制度的矛盾から官僚機構が割拠して内閣を籠絡する方向へ進んでしまう傾向がある。かつての体制では首相のリーダーシップでそれをコントロールすることは困難であったが、現在は諸改革によって少なくとも選挙と言う民意を背景としていれば、それを統制することは不可能ではない。また、民主党は与党ではあっても統制手段としての「与党」機能を持っていない。

ところが、そうはしなかった。結果、東日本大震災などもあって急速に民意を失った民主党の歴代政権は指導力を喪失、同時にかつての自民党のような「与党」機能を持つわけでもなく、結果として比較的強い官僚機構だけが残ることとなり、官僚内閣制が復活、かつてないほど統治機構の空洞化が進んでしまった、というところなのだと思う。一方で野党となった自民党にしろ、維新など新勢力にしろ、選挙が行われたとしても強力な信託を受け、かつ強い統制力を発揮する政権を作ることは現時点では不可能だろう。結果、政治の空洞化は止められない。二〇〇九~一〇年の鳩山内閣の失敗は、おそらく十年は議院内閣制の確立に至る政治の歩みを遅らせたのではないか。

この本の冷徹な分析と非常に前向きな将来の議院内閣制の確立に向けた様々な提言は、現状を見るととても憂鬱なものとして見えたりもする。そういう意味でも、今こそ読む価値のある一冊だと思う。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク