「ポピュリズムを考える―民主主義への再入門」吉田 徹 著

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ポピュリズムを考える 民主主義への再入門 NHKブックス
NHK出版 (2014-04-11)
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そのタイトル通り、現代に生起するポピュリズム現象をその原因、構造、特徴など様々な側面から分析した有用な一冊。先日紹介した『「日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ」飯尾 潤 著』と合わせて読むと現代政治の問題点を理解する助けになるだろう。著者はこの本の論点として以下の三つを挙げている。

『一つは、無意味で安直なポピュリズム批判に再考を促すこと。もう一つは、現代におけるポピュリズム現象が不可避的なものであることを論証すること。そしてもう一つ、もし現代の「民主主義」が不可避的に「ポピュリズム」を内在させているのだとしたら、私たちはどう行動すればいいのか――この本では、「ポピュリズム」や「ポピュリスト」が何であり、どうして生じるのかを解明するとともに、ポピュリズムが私たちの時代に投げかけている問題についても考えてみたいと思っている。それが、民主主義の現在について考えることにつながるからである。』(P13)

一九七〇年代以降、低成長時代の到来、人口動態の変化にともなう既存の利益集団に所属しない中間層の登場、戦後体制の行き詰まり、グローバリゼーションの進展など先進諸国の間で起こったさまざまな構造変化は、「狭くて深い」利益集団内での合意を前提とする政治から、「広くて浅い」不特定多数の人々へのアピールを重視する政治へと政治のあり方を大きく転換させる。

このような時代背景を前提として、英国のマーガレット・サッチャーや米国のロナルド・レーガンに見られるような「ネオ・リベラル型ポピュリズム」が登場する。日本においては中曽根康弘がその担い手となった。先進諸国で「ネオ・リベラル型ポピュリズム」が共通して登場することになるその源流には『戦後の安定的な政治が行き詰まり、そして高度成長のなかで豊かになった階層や社会の領域が既得権益化していく状況に対して、これを打破しなければならないと考える新たな政治的リーダーシップ』(P31)が渇望されるという時代背景が存在する。

規制緩和、公共部門のスリム化・民営化による小さな政府の実現、マネタリズム政策、労働市場の柔軟化を前提とする個人主義化などで知られるネオ・リベラリズム政策はそのリーダーシップの源泉を敵を作ることに求めた。たとえば『サッチャーは決して独裁的な政治手法によって権威を確立したのではなく、むしろイギリスが「病」に陥った理由を労働組合といった一部の既得権益者のせいにすることで、広く賛同を集めたことに特徴があ』(P30)り、その既得権益者という敵を作ることで都市中間層の支持を動員するという特徴は、中曽根政権が「政官財の鉄の三角形」の解体をうたったように他の先進諸国でも同様であった。この「敵」という存在は限られた資源の再分配先を広く薄く広がる新中間層に変更するための痛みを伴う改革として登場したのだった。

この八〇年代から九〇年代にかけて登場する「ネオ・リベラル型ポピュリズム」の手法の延長線上に「現代ポピュリズム」の特徴があることを著者はイタリアのベルルスコーニやフランスのサルコジを例にとりながら指摘する。その現代ポピュリズムの特徴は以下の三つだという。

(1)企業的発想に基づく政治
(2)物語の政治
(3)敵作りの政治

第一の企業的発想に基づく政治としてサルコジもベルルスコーニもともに『国家を企業体に類似するものとして捉え』(P43)、国家運営に効率性や迅速性を求め、成果主義的手法の導入を図ろうとする。また政策立案に際し政治理念よりもマーケティング的手法を駆使して自身の公約や政策を作り上げていったという。その結果、個人主義の徹底は国家と言う企業体の持つ共同体性の崩壊に繋がりかねないことから、個人主義よりも家族の価値など道徳的色彩が強くなるとともに、自由市場や競争が重視され、一見相反するかに見える市場主義と権威主義が共存することになる。

第二に物語の政治という点が指摘される。メディア戦略を重視し政策やイデオロギーではなく「ストーリー・テリング」という『国民に対して特定の物語を提示することで、政治の「価値」を高めるような手法』(P46)を駆使する。自身のこれまでの生い立ちや経験と国民が共有する歴史的出来事とを重ねあわせることで、国民に対し自身を主人公とする物語を訴えかけ、その物語を共有することで支持を得ようとする。この物語は「アウトサイダー」的生い立ちの主人公=ポピュリストが国家の歴史の中で道を切り拓いて現在の地位を掴むという神話的構造の物語で、「夢」「成功」を強調し「自助努力」が称揚されるものだ。この企業的発想・手法とストーリー・テリングを組み合わせた政治戦略はコミュニケーションとマネージメントとの造語で「コム=マネージメント」と呼ばれる。

第三に敵を作る政治である。様々な「敵」を見つけ、これを攻撃することで求心力を高め、人気を保とうとする。『古いものと新しいもの、持てる者と持たざる者、怠惰な者と努力する者、失敗する者と成功する者といった二項対立の図式が、巧みな言説戦略によって、既得権益の政治と自由をもたらす政治との対立へとすりかえられていくことになる』(P54)。そのような敵の存在によって、ポピュリスト自身を「救済者」「改革者」と位置づける演出がなされることになる。

ここで興味深いのは欧州だけでなく日本も含めた先進諸国で戦後のイデオロギーが左派的思想が主流であったという点だ。大きな政府による福祉重視の再分配政策、平等化という左派ヘゲモニーに対し、『左派勢力をいわば「疑似的な支配者」として見立て、これを攻撃することで自分を変革者としてアピールする手段が「敵の発見」という手法を生む』(P54)。左派支持者にエリート層が多かったこともあって、反左翼とは反エリートであり、反権力となるという政治観の転倒が起きる。

これは極端に論理展開すれば、左派ヘゲモニー下で手厚い保護を受ける社会的弱者こそが、既得権益者として一般大衆である国民から利益を簒奪する強者・支配階級であり、われわれの敵であるというアクロバティックな言説に繋がっていくだろう。「保守」でありながら「革新」であるという現代ポピュリズムの最大の特徴を成すのがこのような「敵」の存在である。

ネオ・リベラリズムとポピュリズムの融合としての現代ポピュリズムが歴史的に生起してきた過程が簡潔にまとめられている。

『先進国を問わず、戦後を覆ってきたのは、職業にせよ、地域にせよ、様々な利益団体や社会勢力の間で調整や取引、競争がなされる、政労使協調(コーポラティズム)や利益団体主義(プルーラリズム)だった。こうした構造が支配的な時代には、議会や政党を迂回して国民との直接的な結びつきを重視するポピュリズムと、市場や効率性を強調するネオ・ポピュリズムは、ともに主流になることはできなかった。
しかし、冷戦の終焉、ヒト・モノ・カネのグローバル化、社会の個人主義化といった諸要因から、コーポラティズムとプルーラリズムは行き詰まりを見せるようになった。労働組合の組織率は下がり、経営者団体もセクターによって経営戦略を異にするようになった。これとともに、こうした諸利益の代表としての政治も、より流動的で、移ろいやすいものへと変容していく。とりわけグローバル化は、それまで国民国家の枠内で処理されてきた課題に対して、政治そのものを脆弱なものにした。例えば経済対策によって景気を浮上させようとしても、もはや国内政策だけでは限界がある。だから雇用情勢や賃金水準も簡単には回復せず、人々から政治はますます無力で非力なものに見えるようになっていく。
こうした状況になって、それまでの政治を規定していた諸集団を排斥して、現状打破を企てるポピュリズムとネオ・リベラリズムが共闘することになった、というのが現代ポピュリズム誕生の背景である。そして、様々な集団から解放されて無党派化し、政治から見放されていると感じる人々は、改革にともなう「痛み」が大きければ大きいほど、それだけ多くの現状打破が実現されたかのような錯覚をすることになる。大規模な改革を行うためには、強力なリーダーが必要であり、強力なリーダーは大規模な改革によって求心力を高めようとする。こうして、ポピュリズムとネオ・リベラリズムの共犯関係が成立していったのである。』(P60-61)

このように第一章で現代ポピュリズムの特徴が鮮やかに分析され、続いてポピュリズムの歴史的起源から現代において明らかになってきた議会制民主主義の行き詰まり、ポピュリズムを生起させる、現代のわれわれが希求してやまない政治的リーダーシップとは何であるのかの考察から、ポピュリズムとデモクラシーとを再び繋ぎ合わせるにはどうするかという考察が行われており、一冊でポピュリズムを考える良い入門書になっていると思う。当ブログでも様々な記事を書くときに参考にさせてもらった。

ポピュリズムは批判すればするほど、そのポピュリストの「敵」として批判者自身が振る舞うことになり、ひいては相手に求心力を与えることになる。その批判者もまた「ポピュリストという敵」を作る「ポピュリスト」として振る舞いかねない落とし穴が待っている。その一方で批判しなければ、ポピュリストはどこかに新たな敵を見つけ、自身をメシアとする国民の物語を語りかけて支持を拡大する。「敵」を作らない、ただ個人を尊重し理解しあうことで成立する社会というのは遥かな理想となってしまったのか、民主主義のあり方が真摯に問い直されているということを強く実感させられる。

流動化する現代社会において大きな物語を希求し、「われわれ」を投影させる化身となる人物を欲するその心性がポピュリズムを生み、それは反面でデモクラシーの原動力ともなる。このアンビバレントさが現代のわれわれを呪縛して止まない物であるとするなら、「ポピュリズム」という言葉を誰かを批判し攻撃するレッテルとして使うのではなく、その実像に迫って考えることもまた重要だろう。ただ、実はそれは形のない現象であり、ポピュリズムの本当の姿というものは求めても決してたどり着かないのだが。その考察の第一歩として有益な本だと思う。

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