「都知事―権力と都政 」佐々木 信夫 著

都知事―権力と都政 (中公新書)
佐々木 信夫
中央公論新社
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kindle版

都知事 権力と都政 (中公新書)
中央公論新社 (2014-07-11)
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東京都の石原知事が退任を表明した。四選目で高齢ということもあって織り込み済みの退任劇であったとはいえ、また都知事選が行われることになる訳で、以前も何度かこの本については記事に書いたが、良い機会でもあるし、簡単に紹介したい。

『本書は、都政における都知事の権力と構造を分析しながら、地域主権時代の自治体のあり方を考える。』(はじめにv)

この本を読む前に、先日紹介(参考『「日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ」飯尾 潤 著』)した飯尾潤著「日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)」を読んでおくと良いのだが、飯尾書を踏まえて説明すると、まず、日本では、中央政府が「議院内閣制」を取っているのに対して、東京都をはじめ日本の地方自治制度は「二元代表制」を取っている。「議院内閣制」は有権者が投票する議会を基礎として行政府たる内閣を編成することで、民意の「一元代表制」を実現し強いリーダーシップを発揮するための制度だ。しかし、日本においては制度的矛盾から官僚機構と政権党による与党機能が強化されたことで、内閣機能の著しい弱体化を招き、その結果、議院内閣制が空洞化し政治の混迷が続いている。

これに対して「二元代表制」は有権者が行政府の長である知事と立法府である議会とを直接選ぶことで、両者に政治機関としての役割を負わせ、それによって権力を分散する仕組みである。米国の大統領制が代表的だが、日本においても地方自治でこの制度を取っている。
日本国憲法で定められた地方自治の二元代表制は,しかし、長く『各省大臣の地方機関としての知事、市町村長を位置づけ、国が上級官庁という法的関係』(P38)いわゆる「機関委任事務」制度によって空洞化させられてきた。これを改革し地方分権が確立されたのが二〇〇〇年の地方分権一括法で、機関委任事務が全廃されて中央官庁との上下関係を規定した法的関係は解消、議会に対する知事優位の体制から、知事と議会が相互に牽制する体制に改められた。いわば”日本の地方自治制度は始まって十年余りである”ということを大前提として押さえておく必要がある。

「二元代表制」においては首長と議会はともに直接公選によって選ばれ、首長=執行機関、議会=議事機関として『相互に抑制均衡関係を保つよう』(P5)な「機関対立主義」を前提とした制度設計がなされる。

一般的な二元代表制の国である米国と違う点として首長は議会の解散権を持つほか、条例、予算提出権、職員の任免権、条例の拒否権などを持つが、特に米国の大統領が持っていない議会解散権は、米国において大統領と議会が対立したとき両者を調整する制度的方法が無いため、『日本の自治体では両者の全面対決で両機関が機能不全に陥ることがないよう、議会に首長の不信任議決権を認め、それに対抗する権限として首長に議会の解散権を認めたのである』(P6)。これはおそらく九〇年代半ばのクリントン政権と共和党の対立による機能不全の事態が念頭にあるのだと思う(詳しくは以前書いた→「1994年、アメリカ合衆国議会中間選挙。民主党、歴史的大敗。」)。

結果、「二元代表制」としては制度上米国大統領より強い権限を首長は持ことになるが、一方で議会も不信任議決権の他自治体業務すべてに対する審議権、条例制定権、予算修正権を持ち、『議会が予算、条例、主要な契約を決定しないとなると、知事は何一つそれを執行できない』(P59)ため、若干知事優位ながらも、ほぼ対等の相互牽制システムとして設計しなおされている。

ところで本書で『国政より地方政治のほうが権力的に安定し、ポピュリズムに走りにくい』(はじめにv)と最初の方にさらっと書いてあり、現状を踏まえればえー、と言いたくなる人がほとんどだと思うのだが、実は「二元代表制」という制度上で考えれば原則的には地方自治はポピュリズムに走りにくい(国政の不安定さの要因については前述の日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)」を読んでもらえばわかると思う。)。上記のように機関対立主義を前提とした「二元代表制」が機能していれば首長は議会を牽制し、議会が首長を牽制することで、どちらかの暴走を防ぐことになるからだ。

ところが現状は地方政治においてポピュリズム的政治手法が顕在化している。これは特に議会の問題が大きい。戦後の地方自治は建前上首長と議会は同等としていたが、実質中央政府の力を背景とした首長の下で何ら自治体に対する影響力を行使できない「チェック機関」としての地位に置かれていた。地方議会も国会の各政党の地方組織的位置づけであり、ゆえに地方議会議員は国会議員や知事・市町村長など首長になる前の腰かけ的位置でしかなかった。

この地方議会の地位が二〇〇〇年の地方自治改革で一気に引き上げられ、首長に従属する「チェック機関」から首長と対等の「立法機関」になった訳だがその変化に実態がついてこれていない。古い「チェック機関」としての位置づけであれば強い執行権を持つ首長や中央政党の方針に従属的に振る舞うのも、望ましいとは決して言えないまでもある程度合理的行動ではあった。

『自らを「与党」と考え、知事提案の議案に無条件に賛成する。知事側もその会派を「与党」とみなし有利に扱う。与党会派に対して政策や予算について他の会派より優先的に要望を受け入れ、事前の根回しもする。次期知事選が近づくと、これに応じ与党議員は知事の実績を褒め、追従的な質問すら行うようになる。こうして議会の与党勢力と知事ら執行機関との馴れ合い関係が深まっていく。
一方、そこから外れた他の会派は、必要以上に「野党」たろうとする。審議引き延ばしや拒否といった硬直的な態度に出る。条例の採決も拒み本予算を否決し、何度も暫定予算に追い込み、首長を窮地に立たせることで溜飲を下げようとする。
議会はこうして本来の独立した政治機関としての役割を見失い、与野党勢力の権力闘争の場と化していく。独任制の首長は特定の価値観しか持ち得ない。それに対し、多数からなる議会は「多元的利益」を反映できる強みを持っているはずだ。その強みを自ら放棄していく与野党行動は首長の牽制機能だけでなく、議会固有の機能も失っていくことになる。』(P69)

また首長にしてみれば、議会が首長に対して牽制する行動を取らなければ、絶大な権限を行使することになるわけで、自身に無条件に従う議員や政党の登場が望ましいということになる。つまり、いかにして議会を籠絡し骨抜きにするか、が首長としての最適行動となり例えば自身の政党を結成して地方議会に過半数の議席を確保しようとするなど「与党」を作ろうとする。

この古い制度から新しい制度の過渡期で首長に対する牽制機能が制度としては整えられながら実態としては未発達なまま、一方で首長の権限はより大きくなっているというアンバランスさが地方政治におけるポピュリズムの温床になっていると思う。これは制度的な落とし穴と考えるべきか、制度が未成熟なことによる一過性の現象と見るべきか難しい所だと思うが、何にしろ首長と同等に議会も権限を持っており、それを実体としてバランスさせないことには、むしろ「二元代表制」はポピュリズムをより増幅させて歯止めの利かない一元的体制が生み出される危険性がある、ということを昨今の政治状況は示していると思う。ゆえに地方議会を議事機関として発展させることが大切なのだ。
このような新しい地方自治制度を踏まえたうえで、現在の東京都の体制、都知事という存在はいかなるものなのか?ということがこの本の本題になる。

制度上他の地方自治体と同じ権限であっても東京都知事の権力の巨大さは首相すら凌駕しかねない。それは第一に、一〇〇〇万人の有権者(平成二十三年都知事選の時点で10,505,848人)の直接投票で選ばれ、東京都の予算規模約十二兆円に対する予算執行の権限、職員数十七万人に対する任免権を持つことなど組織の規模の面での巨大さがあること。

第二にGDP単体でみた場合東京都は都市別で世界一位、国と比較してもカナダを抜いて世界第九位にあたることや国内で比較してもGDPの約二割、国税収入の四割、株式売上高の約九割が集中していることなど東京都そのものの国際的、国内的影響力の巨大さがあることなどが指摘される。

そのような巨大な権力を持つ東京都知事についての現状分析、歴代知事と石原都知事の業績、都議会、都庁官僚、政策決定のプロセス、都の財政状況などが概観され、今後の東京という都市の方向性や日本の中の東京の位置づけ、地方自治制度の在り方について新書サイズでコンパクトにまとめられた一冊になっている。

地方自治は民主主義の学校と言う使い古された言葉があるが、前述の通り、日本の「地方自治」の歴史は実は十数年しかない。日本に住む人はみな民主主義の初学者であるわけで、初学者として地方自治を理解し民主主義の学校に入学したいという人に、都知事という存在を通じて地方自治のあり方を学ぶことが出来るこの本は入門書としてオススメだと思う。

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