憎しみの連鎖としてのユダヤ・パレスティナ対立前史

第二次世界大戦後の中東地域の植民地独立に際して最大の火種となったのがイスラエル国家の成立である。長らくオスマン帝国を始めイスラーム勢力の支配下にあったパレスチナ地域は、かつては経典の民共通の聖地としてユダヤ教徒ともキリスト教徒とも共存関係にあった。現在のアラブ諸国とイスラエルとの対立の原因の根源はヨーロッパにある。

古くからキリスト教徒にとってユダヤ教徒はイエス・キリストを十字架にかけた民であり、ヨーロッパ社会において様々な差別を受けていた。職業も賎業にしか就けず、利子を取って儲ける金融業もキリスト教社会においては古くはそのような汚れ仕事のひとつであった。だが、商業が発展してくると、その金融業で儲けるユダヤ教徒が登場してくる。その結果、汚れ仕事で暴利を貪る金に汚いユダヤ教徒という偏見と蔑視はエスカレートしていき、ペストなど社会不安が増大したときは、たびたび迫害や虐殺の憂き目にあい、その差別に堪えかねて多くが改宗し文化・生活様式を同化させていった。初期近代に入り、キリスト教的偏見が弱まり、資本主義経済が発展してくると、ごく少数派になっていたユダヤ教徒に対する蔑視は弱まって行ったが、その代わりに登場したのが民族・国民という概念である。

国民」はその登場には交通・通信の発展や出版資本主義の進展、言語の統一化など様々な要因があるが、その誕生の契機となったのは第一身分・第二身分という敵、あるいは侵略者ナポレオンという敵の存在・創出であった。国民と言う一体性は国民国家という概念を覆い尽くそうとするが、覆い隠せないほどの差異があるものを敵として排除する。敵と対置されるわれわれという同一性を持つ仲間、それが国民である。国民国家が形成されていく過程で求められるのは内部にいる異質なものたちを敵にすることだった。そこで「国民」とは違う信仰・生活様式のユダヤ教徒は異質な文化を持つ「ユダヤ人」という新たな社会の敵として作り出されていった。

『ある時期以降、西ヨーロッパ諸国のユダヤ人のあいだでは、言語的・文化的・宗教的に周囲の多数派に同化する傾向が広まり、「民族」としての実体的特徴の多くは薄れつつあったが、にもかかわらず周囲の多数派から「あいつはユダヤ人だ」と名指しされることが「ユダヤ性」の主要要素となった。』(塩川P61)

その一方でロシア帝国領内のユダヤ人は、西欧地域同様に同化が進みつつあったが、その同化過程で「ポグロム(虐殺)」に見舞われ、他民族に対する警戒心が高まった結果、むしろ同化ではなく自治や他の地域での「ユダヤ人国家」の建設を求めるようになる。ここにユダヤ教の教義のナショナリズム化が起きたとされる。普遍的観念であったトーラーを中心としたユダヤ・アイデンティティは民族的アイデンティティへと変容し、ヘブライ語という国家語の創出が模索され、パレスティナ地域でのユダヤ民族による国民国家建設運動へと発展した。「シオニズム」運動である。

一九世紀末のロシア・東欧を中心とするユダヤ人虐殺(ポグロム)、フランスでのユダヤ人将校冤罪事件(ドレフュス事件)などを筆頭に最も苛烈なユダヤ教徒差別が一九世紀末から過熱し、多くのユダヤ教徒がヨーロッパから脱出を図っていった。新大陸アメリカでも多く押し寄せたユダヤ人移民に対する偏見と差別が生まれ、現在まで続くユダヤ陰謀論がささやかれ始める。ナチス・ドイツによる「ホロコースト」はその極限である。ナチスにとってアーリア人という選民を創出するために敵が必要で、それはユダヤ人である必要性は無かった。ただ、当時ヨーロッパで社会の敵として最も差別されていたのがユダヤ人であったから、民族の敵にしやすかっただけに過ぎない。その幻想のために数多の人々の命が失われていく。

このような迫害と差別の中で、シオニズム運動はより強化され、強いメッセージをもって訴えられることになり、また第二次世界大戦の反省もあって西欧諸国の合意の上で、その結実として一九四八年、「イスラエル国」が建設された。だが、アラブにしてみればこれは不当である。聖地はムスリム、ユダヤ教徒、キリスト教徒ら共通の聖地であり、ユダヤ教徒が独占していいはずが無い。また領有権もアラブの側にあるはずで、紀元前にイスラエル王国があったということをもってユダヤ教徒による国家が建設されるのは条理にそぐわない、ということになる。そして、これを後押ししているのが欧米ということで、長く続く西欧世界による侵略の一環と捉えられた。

その一方でユダヤ人にとっては言葉にできないほどの差別と迫害を耐え、数多の犠牲を払い、苦難の歴史の果てにやっと手に入れた約束の地である。本来であればヨーロッパ世界においてそれぞれの国家で同じ国民として共存するべきところを、彼らがユダヤ人を差別し迫害したことで生じた問題をそのままアラブ世界に押し付けたものであり、アラブにとってイスラエル国家の存在は侵略と植民地支配の象徴として、憎悪と対立を生み出し続けることになる。

一九一七年、第一次世界大戦時のユダヤ人植民を約束した「バルフォア宣言」時、約束の地パレスティナは無人の地とされていた。「土地なき民に、民なき土地を」というスローガンの下でシオニズム運動は行われていたが、実は数多くの住民が生活していた。第一次世界大戦前で六三万人、ユダヤ人の植民が進んだ一九四三年の調査ではパレスティナの総人口は一六七・六万人、うちユダヤ人は五三・九万人で一〇〇万人以上が「パレスティナ人」であった。

先住民が存在しないことが前提で進められた国家建設において、存在するはずの無い人々が存在したときに何を行うか?一九四八年、第一次中東戦争で、国連分割決議案で約束されたアラブ国家の大半を軍事占領しイスラエル建国を宣言すると、彼らはダーレット計画と名付けられた案を実行に移した。イスラエルはパレスティナ住民の追放に乗り出したのである。ここに悲劇が繰り返されることになる。

イスラエル軍が銃で脅し、住民たちを数十キロも歩かせ、エルサレムやユダヤ人支配地域から追放する。その抵抗を排除するため効果的だったのが、虐殺であった。一九四八年五月、エルサレムのデイル・ヤーシーン村では無抵抗の住民約一〇〇人が銃殺され、アイン・アッゼイトネ村では三七人の少年がイスラエル軍に連れられたまま行方不明となり、ドワイマ村では女性や子供も含む八〇~一〇〇人が棍棒で撲殺された。この一連の虐殺が殊更喧伝されるとパレスティナ人は自主的に脱出を図るようになる。また、武力による追放はエスカレートしてその後も幾度となく虐殺が繰り返された。ちなみにデイル・ヤーシーン村での虐殺を直接指揮したのが後にイスラエル首相に就任しノーベル平和賞を受賞するメナハム・ベギンである。

第二次大戦当時、敵(英国・シオニズム運動)の敵(ナチス・ドイツ)は味方の論理でパレスティナ人組織が枢軸国側についていたことも裏目に出て、第二次大戦直後におきたこの一連の事態を国際社会は黙認、現代まで続くパレスティナ難民が誕生した。

イスラエルを突き動かしているのは恐怖だ。『イスラエルでは、アウシュビッツ・コンプレックスとも呼ばれる民族絶滅の危機感が今でも生き続けている。(中略)やがて再び起こるに違いない迫害と大虐殺の時に備えて、この国が必要なのだ、というのがイスラエルの建国思想である』(広河P15)。この恐怖が、自民族中心主義を生み、そしてパレスティナ人というさらなる被害者を生み出す。

このイスラエルとパレスティナの対立の構図は六〇年代になると冷戦下の国際情勢が絡み、より複雑なものになる。欧米をはじめとする西側諸国が支援する、虐殺と軍事侵攻を繰り返す植民地主義の「民主国家」イスラエルと、ソ連や東側諸国の影響下にある社会主義的な独裁体制のアラブ諸国が支援する、民族解放を目的とした「テロ組織」パレスティナ解放機構という構図だ。主にパレスティナ側の努力によって、パレスティナ人は徐々に国際的地位を向上させ、やがて国家建設が承認されるまでになっていったが、それでも決定的な進展には程遠かった。

一九七四年一月の国連でのアラファト議長の演説はテロリズムという概念の持つ恣意性を正面から問う演説として名高い。

『「革命家とテロリストの違いは、何のために戦っているかという点にあります。正しい目的をもって、自分自身の土地を、侵入者、入植者、植民地主義から解放し、自由にしようとしている者を、決してテロリストと呼ぶことはできません。でなければ、イギリス植民梨主義者からの解放のために戦ったアメリカ人は、テロリストになります。ヨーロッパでのナチスに対するレジスタンスはテロリズムになります。・・・・・・そしてこの総会場におられる数多くの人々もテロリストということになるでしょう。」』(広河P65)

この対立の構図がさらに進み、ソ連の著しい弱体化から東側諸国の解体の過程でアラブ諸国においてさらにアクロバティックな化学反応が起こる。ソ連に代わって独裁的な体制を支援する欧米諸国、外交路線を変えてイスラエルに宥和的な政策を取るその独裁体制、そして同胞パレスティナ人の殺戮と侵略を繰り返すイスラエル、これらへの民衆の怒りが一つにまとまるとき、欧米とイスラエルを敵として武力闘争を辞さない戦闘的イスラーム主義がアラブの人々の心に宿り始める。

ウサマ・ビン・ラーディンは一九八七年、アフガニスタン戦争に義勇兵として参加している最中、イスラエルによるガザ侵攻でのパレスティナ人虐殺の報を目の当たりにして、米国とイスラエルに対する怒りから、反米・反イスラエル闘争へとその身を投じる決意をしたという。やがて、憎しみの泥沼の中で、彼もまた罪なき人々に対する殺戮へとその手を汚していくというのは周知のことだろう。

「祈りから始まり、呪いで終わる」、一〇〇年以上に及ぶ憎しみの連鎖は、未だ続いている。

参考書籍
・塩川 伸明 著「民族とネイション―ナショナリズムという難問 (岩波新書)
・広河 隆一 著「パレスチナ新版 (岩波新書)
・ヤコヴ・M.ラブキン 著「イスラエルとは何か (平凡社新書)
・保坂 修司 著「新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦 (朝日選書)
・山内 昌之 著「帝国とナショナリズム (岩波現代文庫)

スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク