フランス革命下における「軍部」の台頭という典型例について

以下、柴田三千雄著「フランス革命(岩波現代文庫)」より簡単にまとめ。

独裁体制を築いたロベスピエールの失脚後に成立した総裁政府は弱体で、革命を牽引した力のある政治家たちは権力闘争の果てに悉く退場して、腐敗政治家たちが権力を握り、革命の成果である経済自由化によって著しく台頭した新興ブルジョワと癒着、一方で継続し続ける対外戦争の中で軍部が形成されて力をつけ、民衆の支持を失っていた政府は軍部の力に依存せざるを得なくなり、やがて幾度かのクーデターを経て、ナポレオン・ボナパルトの登場によって革命は終わりを告げる。

「軍部」はその「総裁政府」の時期に形成された。軍部の誕生は革命期に軍のあり方が大きく変化したことによる。

革命前は貴族たちによる士官の下で彼らが自身の領土から集める農民が中心の傭兵的な集団であった。革命が始まると義勇兵が多く集まることで正規軍と義勇兵とが別組織として成立し、その組織を一本化するため、まずは旅団レベルから始まり、中隊まで統一した軍制が敷かれる「アマルガム」という試みがなされるようになる。これが総裁政府の時期になると才能主義が浸透して士官の任命制が取られ軍隊の職業化が進み、軍部の誕生へと繋がっていく。

『その特徴は、兵士たちは自分の属する部隊の名誉あるいは待遇改善のために士官と一体感をもつ。士官は自分の昇進と利益を主として考えるため常に戦争の続行を希望する。将軍の周辺には士官との主従関係が生まれ、私的な人間関係の集団ができてくる。将軍はどうかというと、御用商人と密接な関連をつくる。そのため、御用商人が作戦にまで介入してくる。そして将軍は次第に政府から自立的傾向をもつ。政府が軍部に対して強硬な態度がとれないのは、財政的に軍部を当てにするためです。』(P229)

軍部が自立勢力として力を持った背景は、軍部が徴税権を握っており、戦費は現地調達されるとともに、その戦利品が国家の財政を支えていたことによる。人事も組織継続のための資金も自己完結し、商人と繋がることで戦争を通じて財を成すことが出来た。一方で政府は慢性的な財政難であるとともに、民衆運動が沈静化してしまっていたことで政治家は民衆の支持を権力の裏付けにすることが出来ず、政敵との権力闘争に関して軍部の支援を期待せざるをえなくなっていた。

また「軍部」とともに総裁政府の時期に影響力を拡大したのが「官僚制」で、革命前は売官制によって官職を購入し官職保有者となったブルジョワ層が官僚を形成していたが、革命後は売官制が廃止され、中央集権化が進んだことで中央官庁の職員が増加。弱体な政府の下で、実務を担当する彼らはニュートラルな立場を保つようになり、権限を強化していく。『中央官庁の役人は、高級官僚を中心に、縁故関係で人脈をつくり、議会とか市議会とかいう選出された機関から次第に独立する傾向をもちはじめ』(P233)、軍部とともに政府の統制下からはずれた自立した組織へと発展していく。

「軍部」、「官僚制」、そしてロベスピエール独裁の反動としての経済自由主義の浸透によって急成長した新興成金層を中心とした、政治に深く介入する「御用商人」の登場は、民衆の支持という基盤を失った政府を侵食していった。

民衆の正当な付託に依らない体制が、それにより抱える脆弱さゆえに体制内に自立勢力を産みだし、体制の支持基盤として民衆に代わりその自立勢力に依存し、やがて自らを喰らうように瓦解する、という脆弱性の例としてフランス革命期の軍部の台頭からクーデターによるナポレオン体制の誕生までの時期は典型的であると思う。以後、あらゆる時代の、世界中のあらゆる国々で、形を変えてこの失敗は繰り返されていくことになる。

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