妖精の語源まとめ、何故16・17世紀英国で妖精が大流行したのか?

妖精fairyの語源は、定説となっているのはラテン語のfatum(運命)でこれが中世フランス語のfayに転じ、魔術に長けた女性を意味するようになった。このfayが十四世紀に英国に入り、「fayのかける魔法」を意味するfayerieが派生、その後fayerie がfairyになったとされている。Fairyという語の初出は1590年のエドマンド・スペンサー著「妖精の女王」で、フェアリー国の住民をFay、Fee、Fary、Fairy、Elf、Elfinと呼んだ。(井村「妖精学大全」P80)

アイルランド、スコットランドではゲール語で「土塚、丘」を原意として「丘に住む人」という意味を持つ「シー」:Sidh、sith、sid、si(shee)が妖精をあらわす語として使われる。ケルト神話の神々ダーナ神族が人間との戦いに敗れ縮小して誕生したとされている。(井村前掲書P81,168)

エルフElfは古代ノルウェー語のAlfer、Alfより派生したもので、その語源はラテン語のAlbus(白)またはAlpes(山)、あるいは北欧語のelf(水)など諸説ある。デンマーク語、スウェーデン語、ドイツ語いずれも「悪夢、夢魔」の意味を持つ。古英語Aelfは古代高地ドイツ語Aelpより派生。北欧神話では明るいライト・エルフと暗く醜いダーク・エルフに分けられるが、後に精霊を意味するようになり、妖精・小人・魔法使いなどを包括して指すようになった。時代が下ると小妖精の意味に限定される。北欧神話「ニーベルングの歌」の小人王Alberichアルベリッヒがフランスに伝わって語形変化しオーベロンOberonとなり妖精王としてシェイクスピアの「夏の夜の夢」などに登場することになる。(井村前掲書P30)

フェアリー、シー、エルフが妖精の語源の三大系統でフェアリーとエルフとシーはほぼ同義語として用いられることも多い。

妖精は元素や草木昆虫などの自然の精霊、嵐や雷など自然現象の擬人化、卑小化された古代の神々、スコットランドのピクト人がピクシーになったように滅亡した古い種族が妖精として捉えられるもの、キリスト教信仰から堕天使とされたもの、ハロウィンの祭りのジャック・オ・ランタンなどのような死者の魂など多様な派生があり、体系化するのは難しいが、群れを成すか成さないかは大きな区別として挙げる研究者が多い。

妖精が特に文学作品で多く登場するようになった画期は十六世紀から十七世紀、エリザベス女王時代の後期からジェイムズ一世にかけての時代で、それまでも民間伝承の形で語り継がれてはいたが、この頃から一気にウィリアム・シェイクスピアの登場もあって頻出するようになった。

妖精研究の第一人者として知られた故キャサリン・ブリッグスは著書「妖精の時代」で、十六世紀から十七世紀にかけての英国社会の変化が妖精の登場と密接に関係があることを論じている。

彼女によると、中世の宇宙観は天動説に基づいて神の摂理が行き渡る厳格な階級制で、生き物の長としての人間の下に動物の長であるライオン、鳥の長であるワシなどが配置され、階級が最下層まで及ぶとされるものだった。このようなキリスト教的世界観では妖精などは異教として排斥される。事実、妖精を語ることは長くタブーであったという。

一方で、人々は知的な人々も含めて生活の中で異教やそれに基づいた俗信を信じてもいた。中世の世界観を当然のものとしつつも、それからはずれる異教の信仰もまた信じており、この二つの流れは人々の日々の生活の中で融合して成長していた。

『素朴な人たちはキリスト教を信じつつ、異教の信仰をも抱いていた。教養ある人たちにしても、俗信も迷信も抱いていた。彼らの俗信や迷信は、神の摂理と、きっちり組みたてられた宇宙観への信仰に根差している。一六世紀の思想家たちは神学をもとに人間の理屈で宇宙のイメージを作り上げており、個々の事実を調べてそのイメージが正しいかどうかを確かめようとはせず、それを当然のことと考えていた、すでに一六世紀には、事実という新しい知識が、この理路整然とした宇宙論に軌道修正を迫っていた。そして一七世紀には、その表面があらゆる角度から疑われるようになり、疑いは深部にまで及んだが、プトレマイオスの宇宙観は根強く生き続けた。』(ブリッグス「妖精の時代」P7)

一六世紀半ばからピューリタン革命にかけての時期に教育が広く普及すると、階級間の知識差が小さくなり、富裕なものから貧しいものまで知的好奇心が芽生え、一五世紀頃から台頭しつつあった新興の独立自営農民であるヨーマン階級が社会の主流となっていく中で、旧い世界観は次第に否定されていくことになる。そして彼らヨーマン階級の子弟たちが執筆活動を開始する。彼らは幼いころから妖精の話を耳にし、あるいは妖精の存在と触れ合っていたから、文学や詩など自身の作品に次々と妖精を描き始める。

古い価値観が急速に後退し、妖精を語ることがタブーでなくなる風潮が生まれたとき、それまで身近に親しんでいた妖精が文学作品で大流行しはじめる。ウィリアム・シェイクスピアの登場は大きい。シェイクスピアが「夏の夜の夢」から「テンペスト」に至るまで様々な戯曲で妖精を描き、彼のフォロワーたちがそれを模倣して妖精の作品を次々と生み出していく。小さな妖精の流行は一七世紀、シェイクスピア作品に魅せられた詩人たちのグループからであったという。

一八世紀に始まる啓蒙の世紀の前段階、旧い価値観が急速に崩壊し、かといってまだ新たな世界観を生み出すに至らない好奇心の時代の象徴的な出来事として妖精の流行があった、ということなのだろう。中世の終わりが妖精を表舞台に引き出し、禁忌を超克していく原動力の一つとなったという点で非常に近代の始まりを象徴しているとも思える。以後形を変えて生き残り、現代社会のあらゆる物語で目にしない日が無い妖精だが、実はそのイメージと逆に、最も現代的な存在と言えるのではないかと思った。

追記(12/5 10:50)

Cunliffe 宗教
「古英語Aelfは古代高地ドイツ語Aelpより派生」んんん?/北欧神話にもエルフは出てくるので、おそらくゲルマン祖語の段階に(神話とともに)存在していて、そこから英語に継承されたんだと思います。 2012/12/05

北欧神話の成立は一三世紀で、それまでの口承伝承を古ノルド語(十一世紀以後の 古デンマーク語、古スウェーデン語、古ノルウェー語)やラテン語などで文献にまとめられたものです。古代高地ドイツ語はそれ以前の八世紀半~十一世紀初頭の言語で、アングロ・サクソン人のブリテン島上陸とともに、口承伝承であった北欧神話が流入した際、一緒に古代高地ドイツ語AelpまたはAlpが入り、古英語Aelf→英語elfになったとされています。古ノルド語の一つ古ノルウェー語ではAlfrで、これも古代高地ドイツ語とともに古英語への変化のルーツの一つとされています。

上記の井村君江著及びwikipediaで調べた範囲ですので、他の書籍やソースに当たってみると違う発見があるかもしれません。

参考書籍
・井村 君江 著「妖精学大全
・キャサリン・ブリッグズ 著「妖精の時代
・村岡 健次、川北 稔 編著「イギリス近代史―宗教改革から現代まで

関連記事
妖精信仰と代替医療、アニミズムとスピリチュアル運動
暗黒過ぎてハートフル「人類は衰退しました」感想
ギリシア・ローマ神話屈指のエピソード「パエトーン」の伝説
「アーサー王伝説」アンヌ・ベルトゥロ 著
ガリレオを擁護した囚われの魔術師トンマーゾ・カンパネッラ
フィボナッチの登場、レヴァント貿易の隆盛、複式簿記の誕生、そして十六世紀欧州の数学革命

夏の夜の夢・あらし (新潮文庫)
シェイクスピア
新潮社
売り上げランキング: 16160
スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク