現代日本社会を下支えする基盤としての最低賃金制度

二〇一二年十二月の衆議院選挙に際し「日本維新の会」が政策で廃止(のち改革に表現を変更)を訴えたことで、にわかに注目を浴びている最低賃金制度だが、ざっと見る限り議論されているのは経済政策との関係、福祉制度との関係が主であるようだ。最低賃金制度は確かにその存在が経済活動、特に失業率に少なくない影響を与え、福祉制度におけるセーフティ・ネットの役割の一翼を担っているが、もう一つ忘れてはならないのが現代日本という契約社会における労働契約の基盤となっているという点である。

契約の自由を原則とする市民社会においては、種々の契約は契約を結ぶ当事者がともに対等な関係に立ち、両者の自由な意志に基づく合意の上で取り交わされる。労働契約も同様に市民法に基づく自由な契約の原理を前提としているが、これまでの歴史的経緯から労働者と使用者の契約関係は何ら規制が無い状態では交渉力や経済力の差から自ずと不平等なものとならざるを得ない。近代社会において、自由な意志に基づく契約の結果としての劣悪な労働条件や低賃金に喘ぐ労働者が社会問題となったことで、労働者側を保護し使用者側に規制を加えることで両者の関係を対等なものとするために、労働関連法制が発展した。

労働法は、契約の自由の原則としての「雇用」契約のみでは不平等な状態となってしまう労使間の契約を、規制を加えることで当事者の関係を対等なものとし、健全な契約社会を実現させるためにある。民法上の「雇用」契約に代わる、労働法上の「労働契約」は『実質的に不平等な組織的な労働関係の契約』(菅野P66)である。

ゆえに労働条件の設定は、日本の市民社会において最も主要の、根幹として存在する契約形態である労働契約における最大の課題となり、日本国憲法第二十七条第二項では『賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。』と定めることで、国に対し立法の義務を課し、これに対応するかたちで労働基準法、労働契約法、最低賃金法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法など諸法が立法された。

労働条件の設定の最たるものである賃金については、労使間の立場の不平等を是正するために、第一に、労働基準法によって労働の対償によるものと定義され、その支払い方法は『通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。』『毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。』(労働基準法第二十四条第一項、第二項)とされる。第二に憲法二十八条に基づく団体交渉権の行使として、労働者と使用者間の交渉力の不均衡を是正する目的で労働組合を組織して使用者と団体交渉を行う権利が保障される。第三が最低賃金の設定である。使用者が労働者に支払うべき賃金の最低額を強制することで労働市場のセーフティ・ネットとしての役割を与えるとともに、『憲法27条2項が国に対して要請する「勤労条件の基準の設定」の中核をなす』(菅野P234)制度として最低賃金制度は位置づけられている。

このように、最低賃金制度は、福祉制度としてはセーフティ・ネットの一翼を担い、経済政策という側面から見ると、企業の雇用に一定の制限を加える市場経済を阻害するものとして映る一方で、契約社会と言う面からみると、本質的に不平等な関係性として存在する労働契約の機能不全を防ぐ、契約社会を健全なものとする目的で設けられた、いわば現代社会を下支えする制度であるという側面を持つ。

当然、最低賃金法にもさまざまな問題はあり、改善の余地は大きくあるものの、最低賃金制度は工学的に一パーツとして取り払えば良いというものではなく、社会全体を有機的に支え合う基盤という面を強くもっているため、総合的に判断して議論しなければ、安易な決定はただでさえ危機に瀕している社会構造全体を毀損しかねない。一面からは不要なものと見えても、実は全体に影響しており、取り払ってしまったことで一気に全てが崩れ去るということは大いにあるのだ。政治家の皆様には慎重な議論を求めたい。

参考書籍
・菅野和夫「労働法 第八版」
・水町勇一郎「労働法 第2刷」

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