妖精信仰と代替医療、アニミズムとスピリチュアル運動

妖精信仰は古くからブリテン島・アイルランド島や北欧などを中心に欧州を中心に見られる、元素や樹木などの植物、嵐や雷などの自然現象、昆虫などの生物を擬人化した信仰で、万物に霊魂が宿ると想定して信仰の対象とするアニミズムの一つであった。特に北欧神話の「世界樹(ユグラドシル)」思想やケルト神話などのように、樹木に対する信仰が、妖精信仰の中核として存在している。

人間よりもはるかに長く生きることになる樹木の生長には目に見えない精霊・妖精の介在があるとされ、人々はその、人智を超えた植物を生長させる力を、妖精を介して得たいと願い、また、その力は人間をはじめとする自然界に少なからず影響を与えていると考えられた。
キリスト教の広がりとともに妖精信仰をはじめとする土着のアニミズムは偶像崇拝の異教として排斥されたが、消滅することなく脈々と語り継がれ、あるいはキリスト教の世界観と融合しつつ生き残っていった。中世でも妖精は民衆の間で俗信として信じられていたが、初期近代から近代にかけて、キリスト教的価値観が後退するとともに妖精信仰は再び表に出てくるようになる。

妖精信仰の中核である植物の成長力に対する信仰は、その植物の力を人間が摂取することで医薬効果や精神の安定などに繋がるなど治癒力を発揮するとする観念に結び付く。植物の医薬効果の研究は西洋医学の発展に少なからず影響を与え、同時に、代替医療の発展とも密接に繋がっていった。植物が「治癒力」を持つとする観念を前提として一八世紀から二〇世紀初頭にかけてバッチ・フラワー・レメディ療法やホメオパシー療法、アロマセラピーなどが登場する。

中世的キリスト教世界観の終わりとともに訪れる妖精信仰に代表されるアニミズムの再興はロマン主義的な復古主義やオカルティズムの台頭を経て、二〇世紀半ばに新たな展開を見せた。ニューエイジ運動に代表的な「自己宗教」「宗教的個人主義」の登場とナルシシズム化した個人主義の融合はスピリチュアル運動として拡大する。その特徴は自己の神聖化であった。

神は自分の中にいるという観念が進み、自己の中に神が埋没して自己そのものが神聖化されるという展開を辿った結果、自己の内面の探究が重視されるようになる。「本当の自己」という神を内在させた個人は、同時に自己を超えた存在を通じて全体と繋がっているというホリスティックな観念もまた併せ持つが、あくまでそれは自己を超越することで得られるのではなく自己内の探究の結果として得られるものだ。

ゆえに、個人が、自己のアイデンティティこそが神として絶対視され、神聖視される。キリスト教的道徳観に見られるような外部世界からの神の目は忌避され、自己が自己を監視して自己実現を目指す。そのとき、代わりに再発見されたのがアニミズムであった。万物に霊性が宿り、それは個人に力を及ぼし、そして超越的な存在として全体性を指し示してくれるという観念は、神聖なる自己の絶対性を補強する便利なものとしてうつる。

他方で、現代社会の高度に専門化した科学は自己の絶対性を保証することもなければ、自己の理解しうる宇宙観や全体性を与えてくれることもない。社会の大きな流れが生み出した「自己」を絶対視する傾向の台頭と、専門化する一方の科学との齟齬がやがて、科学への敵視へと変わる。科学者はあたかも中世の教会のように、一人一人が神という全体性に触れることを阻害する権威者として映り、結果としてアニミズム的観念に基づく代替医療こそが科学的な医療よりも「正しい」ものとする観念を生む。スピリチュアル運動は科学と信仰との融合を目指す運動という側面を持つが、それは神聖化された自己に科学を従属させようとする傾向がある。すべては自己の絶対性であり、自己こそが直接全体と繋がる神聖なるものであるがゆえだ。しかし、この「自己の神聖性」こそが現代社会の様々な市民の運動を突き動かしている面も大きい。

古代のアニミズムは個もまた全体の中に埋没するものであったはずが、現代のアニミズムはいつのまにか自己の無謬性を確証付ける道具として使われるように変質している、といえるだろう。現代人の目を通してしかアニミズムを認知することはできないがゆえに、アニミズムがアニミズム的であるためには、我々はアニミズムという信仰を忘れるか、個人という観念を捨てなければならないことになる。しかし、それはいずれも不可能だ。人間の自然な感情としてアニミズム的感覚を抱くがゆえにアニミズムという信仰は生き残り続けたのであり、人間が長い歴史の中で生み出した「個人」という観念ゆえに現代社会は成り立っているからだ。

それでも、現代に生きる我々は大自然の中で神を思い、あるいは人ならざる存在を感じて心動かされ、何かと繋がっている感覚を覚える。その人が人であるがゆえに思わずにはいられない自然な感覚は、しかし、キメラ的に変質した得体の知れない何かへと繋がっている。「心地よい」と「正しい」とが、「不快である」と「間違っている」とが直接繋がる仕組みが整えられているところに現代人の宿業がある。

参考書籍
・井村君江著「妖精学大全
・キャサリン・ブリッグス著「妖精の時代
・藤本龍児著「アメリカの公共宗教―多元社会における精神性
・磯村健太郎著「< スピリチュアル>はなぜ流行るのか (PHP新書)
・サイモン・シン著「代替医療のトリック
・島薗進著「スピリチュアリティの興隆―新霊性文化とその周辺

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