ユーゴ紛争の殺戮者ジェリコ・ラジュナトヴィッチと民兵アルカン・タイガー

一九九一年から始まるユーゴスラヴィア紛争において、内戦を泥沼化させたのが民兵の存在であった。各勢力・民族を問わず大小様々な民兵組織が誕生したが、紛争下で起きた大多数の残虐行為のほとんどに彼ら民兵組織が関与していた。中でもボスニア内戦やコソヴォ紛争で略奪、破壊、虐殺を繰り返し、悪名を轟かせたのがセルビア人民兵組織「セルビア義勇親衛隊(セルビア民族防衛隊)」、通称アルカン・タイガーである。

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1)犯罪者ジェリコ・”アルカン”・ラジュナトヴィッチ

創設者アルカンことジェリコ・ラジュナトヴィッチは一九五二年、モンテネグロ系セルビア人でパルチザン出身のユーゴ空軍高級将校の父と第二次大戦中に共産党活動家として活躍した母の間に生まれた。両親ともに生粋のチトー主義者であったため厳格な家庭環境で、ジェリコ少年は幼いころからそれに反発するように不良少年グループと交わるようになり、犯罪行為を繰り返すようになる。

一九七二年、二〇歳で家を飛び出してイタリアに渡ると、当時西欧諸国にはユーゴ出身の出稼ぎ労働者たちが多く訪れていたが、そのユーゴ出身者からなる地下社会で瞬く間に頭角を現し、西欧各国で仲間たちとともに強盗、殺人など犯罪行為を繰り返した。このころに偽造パスポートに使っていた名前の一つがアルカンで、後に好んで自称するようになった。

アルカンは非常に自己顕示欲が強く、白昼堂々銀行を襲撃してわざわざカメラの前で覆面を取って見せたりして、その不敵な態度から犯罪者たちのカリスマとして祭り上げられていった。また犯罪活動を通じて英語、フランス語、イタリア語など数か国語を身に着けていたという。

すぐに国際指名手配され一九七二年と七九年に二度収監されたがいずれも脱獄、他にも数えきれないほど逮捕されるものの、そのつど逃亡したり保釈されたりしている。犯罪旅行をするなど派手に活動しながら逃げ延びることが出来た背景として、父の友人であったユーゴ秘密警察の長スタネ・ドランツの庇護下にあったという点が指摘される。ユーゴ秘密警察のエージントであったという説もあるが真偽のほどは定かでない。

一九八一年に帰国したアルカンはカジノ経営で財を成し、一九八三年に警察が彼の高級マンションに捜査に入った際、警官二人に発砲して怪我をさせ逮捕されるものの、逮捕のわずか二日後に謎の釈放、以降裏社会に確固とした地位を築いた。

2)フーリガンの排外主義的民族主義組織化

一九八九年、アルカンは、日本でもお馴染みのドラガン・ストイコビッチ選手が所属していたことでも知られる強豪サッカーチーム「レッドスター・ベオグラード」のグッズ販売会社「デリエ」の社長に就任する。当時野党「セルビア再生運動」がレッドスター・ベオグラードのライバルであるパルチザン・ベオグラードのファンを組織化して支持母体としていたことへの対抗としてミロシェヴィッチ政権下でレッドスターファン組織化の役割を託されたものだった。

当時のユーゴにおける支配的な価値観は「友愛と統一」であり民族主義や排外主義的言動は厳格に禁止されていた。当時経済的破綻を契機として混迷を極めるユーゴスラヴィア社会で台頭していたのが、民族主義であり、それを背景として徐々に民族主義禁圧政策が弱められていた。

ベオグラードのフーリガンたちは英国の模倣から始まっていたが、それはスタジアムという非日常空間での既存の価値観からの解放への陶酔が特徴であった。民族主義の台頭によってフーリガンたちもまた民族主義と親和性を持ち始めていた。そこでアルカンが目をつけたのが、フーリガンの若者たちがもつ規範と社会的価値観への抵抗感や不満にセルビア正教と排外主義的民族主義を持ち込むことだった。

レッドスターのファンは腕にセルビア国章のタトゥーを彫り、第二次大戦中の軍歌を模した応援歌を歌い、さらには『サッカーの応援という行為そのものが、愛国主義の表現と考えられるまでになった』(佐原P380)。

一九九〇年一〇月十一日、アルカンとレッドスター・ベオグラードのファン組織Delije Severのメンバー二〇人は一九世紀のセルビア人蜂起の英雄カラジョルジェ暗殺の地に近いポカイニツァ修道院に集まり、「セルビア義勇親衛隊」の結成を行った。このとき持ち出されたのがセルビア正教であった。

「セルビア義勇親衛隊」の入団に際しては以下のような宣誓が行われる。

『神聖なる神の子よ、貴方は同胞のために自らの命を捧げよと命じられました。私は祖国と信仰のために戦うことで、この聖なる意志を喜んで遂行いたします。私に敵を打ち負かす力をお授けください。この戦いに我が命を捧げることが貴方の意思に適うものでありますように。私が命を落とすとき、貴方の天の王国で永遠の輝ける生を与えられますように。貴方の庇護のもとに私をお守りください。私は十字を切ってお誓いします、セルビア民族の救済のためにこの命を捧げますと。』(佐原P379)

当然のことながらキリスト教の一派であるセルビア正教にはこのような愛国主義も民族主義も排外主義も教義としては存在しない。非日常的解放感を重視するフーリガン精神と社会的価値観への反抗としての民族主義とを繋ぐ媒介として、現体制以前の伝統的価値観としてのセルビア正教を持ち込むことで、社会的少数派であるはずの彼ら若者たちに正統性と誇りを付与し、烏合の衆であるサッカーファンを排外主義的組織へと作り変えていった。

アルカンはフーリガンなどアウトロー特有の上下関係に厳しい規範意識を利用して、そこに戦うべき敵と、セルビア正教という正統性とを与えることで、自身を絶対者とした組織を作り上げた。このような点でアルカンは犯罪的カリスマ性を発揮していた。アルカンにとってサッカーファンも民族主義もセルビア正教も愛国心も、自分が君臨できる組織作りに利用した道具にすぎない。

3)アルカン・タイガーによる殺戮と破壊

カリスマ的犯罪者に率いられた厳格な規律を持った集団は、内戦が勃発するとアルカンの財力と犯罪ネットワークでもって最新鋭の武器を揃え、数千名を数えるユーゴ有数の凶悪な民兵組織へと変貌する。スタジアムでの解放感とは比べ物にならない、『「戦場においてのみ、平時に課せられていた人間としての基本的な禁忌を自由に逸脱する喜びを完全に味わうことができた」』(佐原P383)。

アルカン・タイガーは一九九一年一〇月、クロアチア戦争で激戦となったヴコヴァル攻防戦で勇名を馳せると、続くボスニア内戦に介入、一九九二年三月にはビエリナ攻略戦でアルカン・タイガーと並び悪名高い民兵組織シェシェリ部隊とともに従軍。ビエリナ陥落後に市街地に入って略奪を繰り広げ、女性や子供を含む市民(ボスニア人、セルビア人含む)四八名を殺害した。四月には要衝ズヴォルニク攻略戦に参加して主力として活躍し、四月八日に市街地に突入してからは虐殺、略奪、暴行、女性への凌辱などを散々行った。同四月のフォチャ攻防戦でも同じくセルビア人民兵組織白鷲団とともに破壊と略奪を繰り返したという。

悪行三昧のアルカンは一方でセルビアでは国民的英雄として迎えられ、一九九三年には政党セルビア統一党を結党して総選挙で二〇議席を獲得、さらに影響力を強めた。一九九六年の停戦後にアルカン・タイガーは解散となるが、九八年からのコソヴォ紛争時に再結成されコソヴォ紛争に介入し、再び虐殺や破壊活動を繰り返す。

一九九九年、旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷はジェリコ・ラジュナトヴィッチを虐殺、民族浄化、人道に対する罪で起訴し、それに対してアルカンは声明を発表して否定、姿をくらませる。

二〇〇〇年一月十五日、アルカンはベオグラードのホテルに滞在中に警官だった青年に襲撃され左目を撃たれ、後に病院で死亡が確認される。現場に居合わせたアルカンの部下と警察関係者も犯人によって殺害、他、居合わせた女性が重傷を負った。犯人の男は裁判で無罪を主張したが、実刑判決が下された。暗殺の背後関係にはミロシェヴィッチ大統領の親族との確執やマフィア同士の抗争から英国特殊部隊まで諸説あり定まっていない。

二〇〇〇年一月二〇日、アルカン・タイガーのメンバーによってセルビア正教会で葬儀が営まれ、二万人が参列したという。その生涯に渡って悪行を繰り返したジェリコ・ラジュナトヴィッチの罪が法廷で裁かれることは無かった。

ジェリコ・ラジュナトヴィッチとアルカン・タイガー
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wikipediaより
参考書籍・サイト
・佐原徹哉著「ボスニア内戦 [国際社会と現代史] (国際社会と現代史)
・柴 宜弘 著「ユーゴスラヴィア現代史 (岩波新書)
ジェリコ・ラジュナトヴィッチ – Wikipedia
ユーゴスラビア紛争 – Wikipedia
セルビア義勇親衛隊 – Wikipedia

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