ユーゴ内戦要因としての東欧諸国崩壊による武器大量流入

ユーゴスラヴィア紛争は、第一に経済破綻による市民生活の極端な不安定化、第二に分権化と縁故主義の蔓延による中央政府の統治能力の著しい低下、第三に民族主義・排外主義の台頭による社会秩序の解体、第四に分権化された各共和国の分離独立傾向の強化などがあるが、それらとともに大きな要因となったのが、旧共産圏諸国の体制崩壊による武器・兵器の大規模な流入であった。

経済破綻するユーゴ内各共和国の中にあって比較的経済的に安定し、かつ民族主義の台頭により分離独立傾向を著しく強めつつあったクロアチア、スロヴェニア両共和国は九〇年ごろから連邦軍に代わる独自の国軍創設の計画を立てていた。

ユーゴ政府もこれを察知して九〇年五月にはスロヴェニア地域防衛隊の武器の七割を回収、一〇月にはクロアチアと再びスロヴェニア地域防衛隊からの武器回収を命じている。これにより、両国の地域防衛隊とも武器をほとんど所有していなかったが、両国とも、国を挙げての武器密輸に乗り出す。

クロアチアでは当初は与党「クロアチア民主同盟」の支持者たちによって密輸が行われ、のちに共和国政府・警察からセルビア人を追放すると入管・警察一体となって大規模な密輸が行われた。一九九〇年一〇月八日~十一日の三日間だけでハンガリーから二万丁の機関銃が輸入されたという。

ボスニアでも両国の武装を受けて与党民主行動党が傘下の非合法秘密組織「愛国同盟」を通じて、自治体の予算を横流しして裏社会の犯罪者ネットワークを通じて武器を密輸し、「愛国同盟」の軍事組織化が進められた。一九九二年には愛国同盟は武装組織としてマフィア・ギャングなど犯罪者たちも取り込んで十万人規模に膨れ上がり、のちのボスニア軍の母体となる。

国を挙げての武器の密輸とともに、たびたび起こる住民同士の衝突を受けて、増大する生命と財産の不安から、住民たちも九〇年秋ごろから自発的に武装を始めていった。当初は一部の人々が密輸の銃を隠し持つ程度だったが、隣人が銃を持っているという噂がそれに拍車をかけ、村の自警団が創設されて武装、民兵組織化した。クロアチアやボスニアでは国が輸入した武器を支持者たちに配布して積極的に民兵組織を作っていた。
ボスニアではイスラーム系民族主義政党「民主行動党」、セルビア人民族主義政党「セルビア民主党」、クロアチア人民族主義政党「クロアチア民主同盟」が初の複数政党制による選挙で躍進、それぞれ地域利権と結び付いて対立していたが、各勢力とも競って自民族住民の武装化を進め、『内戦前夜にはボスニア全土で四〇万人以上の市民が武装するようになっていた』(佐原P173)

これらの多くは、当時東欧の武器市場に溢れていた機能停止したワルシャワ条約機構軍からの横流し品であったという。『一九九七年に国連の軽火器調査委員会はこうした過剰な武器が引き起こした事態の最悪の例がユーゴ内戦であったと報告した』(佐原P135)

秩序の崩壊によって管理されなくなった武器が周辺諸国に流入し、当該国の社会不安と結び付いて暴力紛争へと繋がっていく、というメカニズムは、例えば米国南北戦争の使用済みの銃火器が幕末の日本に大量に流れ込み使われたように、古今東西見られるものだ。管理されない大量の武器の存在は、当事国以上に周辺諸国の秩序を脅かす引き金になる、とまぁ自明のことではあるが、一応ユーゴ内戦を例として紹介したエントリ。

参考書籍
・佐原 徹哉 著「ボスニア内戦 [国際社会と現代史] (国際社会と現代史)

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