高度経済成長期の好況は何故日本神話由来の名なのか?

そういえば、高度経済成長期の好況はなぜ日本神話にまつわる名が冠されているのだろう。答えを調べた記事では無く疑問だけ。
1954年(昭和29年)11月~1957年(昭和32年)6月 – 神武景気
1958年(昭和33年)6月~1961年(昭和36年)12月 – 岩戸景気
1965年(昭和40年)10月~1970年(昭和45年)7月 – いざなぎ景気(日本の経済史 – Wikipedia
佐藤卓巳氏は「八月十五日の神話」で当時の社会情勢に講和条約の成立にともなう保守的潮流の復権と、「もはや戦後ではない」という言葉に代表されるような経済的成長による自信回復によるナショナリズム的高揚感がメディアに拡大していた傾向を指摘しており、その「新たな現象に復古的な神話のイメージが与えられていた」例として経済好況の名称について触れている。

『(前略)一九五五年ごろ主要な経済指標は戦前水準を回復し、経済成長は新たな段階を迎えようとしていた。しかし、新たな現象に復古的な神話のイメージが与えられていたことに留意しておきたい。庶民が欲した耐久消費財(テレビ・冷蔵庫・洗濯機)は「三種の神器」と呼ばれた。また、一九五四年に始まる「神武景気」以来、経済好況の名称も「岩戸景気」、「いざなぎ景気」と名づけられた。』(佐藤P115)

またwikipediaには、『また、当時は「神武以来の○○」という言葉が流行した(「神武以来の美少年(美輪明宏)」、「神武以来の天才(加藤一二三)」など)。』ともある。
あわせて、当時の保守的潮流の復権については松岡完編著「冷戦史–その起源・展開・終焉と日本–」から参考として紹介だけ。

こうして日本の国内冷戦である保守・革新の対立の原型は、資本主義対社会主義という対立と重なりながら、じつはそれ以上に占領期の改革に対する是非として生まれてきたのである。すなわち、第一に戦前への回帰をめざすか、戦後民主主義に執着するかをめぐって、第二に安保・再軍備という安全保障をめぐって展開されたのである。また安保・再軍備にとって憲法第九条はおおきな障害であったため、憲法に対する賛否も、安全保障をめぐる保革対立と重なりあっていた。つまり「革新」=戦前体制の否定、戦後民主主義の肯定、安保反対、再軍備反対、護憲、「保守」=戦前体制への回帰、戦後民主主義への反発、安保賛成、再軍備賛成、改憲という構図が形成されたのである。』(松岡P95-96)

実際のところ、どのような経緯で日本神話にまつわる言葉が特にこの時期に流行するようになり、景気の名前をはじめとして様々な名称に使われるようになったのだろうか。調べてみると面白そうではあるのだが、大変そうなので、「何故だろう?」という疑問だけメモしておく、という投げっぱなしエントリ。そのうち自分で調べてみるかもしれないけれど、この記事を読んでくれた誰かが調べてブログ等に書いたりしてくれないかなと淡い期待を抱いてみる。

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