N・エリアスによるフーリガンの「定着者と部外者」分析

スポーツと文明化〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)
ノルベルト・エリアス エリック・ダイニング
法政大学出版局
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ノルベルト・エリアスは「スポーツと文明化」の序論で英国のフットボールの観客の中で暴力的行為を起こす層の分析として、その暴発が『社会一般におけるある欠陥の兆候と見なさられる』として、「定着者と部外者」という分析を行っている。序論が掲載されている同書の発表は1986年、元となった論文の初出は1965年。

『昔から定着している家族集団とかなり最近になってその近くの団地に住み始めた住人との関係の研究は、昔から定着している家族の間に、その近くの団地の住人たちに対する蔑視の態度、かれらに地位を譲り渡したくないという強い傾向、定着している集団とのあらゆる社会的接触からかれらを排除したいという強い傾向があることを明らかにした。』(P78)

両家族集団とも同じ人種、労働者階級で、『かれらの清潔さと道徳基準には注目すべき違いはなかった』(P78)。

『この集団に属する子供や若者をもっとよく見てみると、かれらが難しい問題を抱えているのが分かった。かれらは近所の他のすべての人たちから軽蔑されていることをよく知っていた。もし子供たち自身が毎日、自分たちの親が他のだれからもあまり尊敬されていないことを知っているとしたら、彼らが堅固な自尊心やなんらかのプライドを発展させることはおそらくたやすいことではなかろう。子供たち自身冷たい視線を向けられ、顔を見せるたびに、追い払われたのである。』(P78)

この子供たちに見られた行動は、かれらが歓迎されないような古い家族が住んでいる通りにある遊び場にわざわざ現われて騒ぎ、近所の人が追い払いに現れたときに、『自分たちに向けられる注意を楽しんだ』(P79)。また、そこに設置されているユースクラブに行き、人の邪魔をしたり備品や玩具を壊すなどしていたという。

攻撃性をもった集団による様々な破壊的行動は、例えば失業など個別の原因に言及するだけでは満足とは言えず、『それに関っている人々の人間的状況やその経験を含む必要がある。実際には、定着者‐部外者の関係とそれが部外者の人格構造にもたらす影響に言及することなくして、これらの人々の攻撃的で破壊的な行動を完全に理解することなどできない。』(P79)

感情が爆発して暴力になる過程の分析については、失業は確かに大きく関係しているが、その『社会環境に特徴的な人間の経験』に目を向ける必要があるとされている。

このような日々の疎外や屈辱を受けながら、その一方で自分たちは「社会」に所属していることを知っている。安定した社会集団の存在と接するだけで、彼らはその疎外を感じさせられざるを得ない。「部外者」である彼らはスポーツの観客となることで初めて所属感と興奮を味わい、『自分に注目してくれそうもない、感心を示してくれそうもない社会に恨みをはらすことができるのである』(P81)。

そのような復讐心が強い動機となり、競技場にいる何千人もの仲間の存在が、彼らを勇気づけ、弱い者も強く見えるし、普段の生活で虐げられている者が上位に立つことができる。競技場にいる外国人の存在が、普段は部外者として疎外されているイングランド人である自分、スコットランド人である自分を確認させ、『幻想的な一時の間に、部外者が主人になる』(P81)。そして興奮の中で暴発の引き金を引くことになる。

『要するに、フットボールの暴力はまた、その説明が他にどんなものであろうと、部外者症候群として、若い部外者たちが集まって、巨大な群集を形成できるときに表れるかれら特有の行動と感情の形態として、理解されるべきである。』(P81)

古い論考ではあるが、社会の中に疎外された層が登場して、部外者意識を高めていく過程と、特定の社会集団の暴力的行動の顕在化とが起きたときに、参照に値する説ではないだろうか。たぶん、社会集団の暴力に関する研究はもっと進んでいるはずなので、先行研究の一例という以上ではないだろうとは思うが、一応読書中のメモとして。

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