最近殆どググらなくなった

最近、ほとんどググらなくなった。googleとかyahooで見てるのってニュースぐらい。
知りたいことがあったら
wikipediaを該当の語句で検索

本文は適当に流し読みして参考文献をチェック

amazonに飛んで書籍の概要や著者の他の書籍を確認

図書館の在庫を確認して予約するか、直接行って内容を確認の上で借りる。
あるいは参考文献が掲載されていなければ、
amazonで該当の単語を検索

検索結果から色々怪しいものをフィルタリング

候補の書籍を図書館で確認
それと、図書館で確認するときには、まず巻末の参考書籍一覧を見て、著者名である程度信頼できそうな人の参考書籍をいくつか選んで確認したり、あるいはそもそもその参考書籍に並んでいる本が怪しいのが含まれていたら、その本はスルーしたりして、最終的にWEB上で見つけた本じゃなく他の本を借りていることも多い。
あと同様のプロセスをCiNiiでもする。CiNiiで本文検索して、該当論文に目を通したり、その論文の参考文献をチェックして良さそうな本を直接確認したりする。図書館サイトの検索は内容/概要が確認出来ないので、あまり使わない。
図書館のカードは地元の図書館一枚、隣市の図書館二枚(どちらも隣接した町に居住している人のカードも作れる)、県立図書館一枚の計四枚あるので、それで大体調べたいことは検索エンジンにさほど頼らずとも網羅できる、と思うのだけど、一応調べたあとは、検索してその結果を他のWEB上のページと内容を照らし合わせたりはする。
検索のリテラシーがおそらく僕には無いので、多くの人は検索エンジンを使って正しい情報にリーチできているのかもしれないが、僕にとっては、まだ書籍を調べる方が、より正しい情報にリーチできる可能性が高いので、こういう調べ方になっている。
それでも自分で調べた内容は必ずしも正しくない、というか間違っていことも多いので、調べれば調べるほどに、ブログを書けば書くほどに「正しい」から遠ざかっているような気はする。それでも調べてしまうのは、正しくないかもしれないことをブログに書き続けてしまうのは、そうせずにはいられない自己確認のようなものだよなぁ。
自身が、自分の書いたものに対する自信の無さみたいなものを抱いているから、検索してネット上の情報を調べようと思わなくなっているという循環になっているわけで、より正しい、あるいはより適切な内容の記事を書けるようになれば、その不信は払拭できるようになり、検索を使いこなせるようになるのかもしれない。でも、その過程って自身に対する無謬感や過信と隣り合わせでもあるので、その境地に至って、検索エンジンを使いこなせるようになるのは、まだまだ遠い道のりのような気はする。
ググることが出来るようにがんば・・・らない。
追記
書いてから思ったけど、検索で充分正しいことが書いてある種類の情報はたぶん沢山あると思う。ハウツーや技術情報とか。そういう情報は僕はほとんど検索しないので、自ずとこのような手法になっており、それは僕の知りたい情報の偏りの問題だ。

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