「殴り合う貴族たち」繁田 信一 著

様々な王朝文学のイメージから平安時代の貴族というと暴力とは縁のない人々のように思われるが、実は、貴族たちの間では殴る蹴るの暴力がごくごく日常的に行われ、いつどこでだれが殴りあいを始めてもおかしくない殺伐とした時代だった、ということを当時の日記資料から明らかにしたとても面白い一冊。

ほぼ、小野宮右大臣藤原実資の日記「小野宮右大臣日記(小右記)」から採られているが藤原実資は権力に阿らない公明正大な人柄から「賢人右府」と呼ばれ、平安時代屈指の能臣として知られる人物なので、その記述内容は抜群の信頼度があるようだ。

望月の欠けたることも~で知られる最高権力者藤原道長とその一族を始め、天皇、王族、貴族、女房たちや従者たちに至るまで様々な人々による殴打、拉致、監禁、虐待、殺人、強姦、集団でのリンチなど多岐に渡る暴力事件が紹介されている。中でも藤原道長の一族は当時の権勢を背景にして、やりたい放題だった。道長も若い頃下級官吏を集団でリンチしたり、暴力沙汰を繰り返していたらしいが、その子供、孫世代になるとわがまま一杯に育っているので歯止めが効かないらしい。いくつか紹介してみよう。

藤原道長には公式には倫子と明子という二人の妻がおり、倫子の二人の男子である頼通、教通が嫡流として出世コースに乗り、明子の子は傍流として下の地位に置かれていた。と言っても充分に高い地位ではあるのだが。

その明子の子で道長の四男に当たる藤原能信は若いころから凶悪な人物として知られ、衆人環視の中で他の貴族に暴行を加えたり、弟の教通の従者を虐待したりやりたい放題であった。中でも悪名を轟かしたのが、女性を強姦に及ぼうとする貴族たちに積極的に助力していたことだったという。貴族大江至孝が強姦目的で女性宅に押し入り、その家の従者たちに撃退されると、至孝は使いを能信のもとに遣わし助力を依頼、能信は喜んで従者たちを遣わして、その女性を拉致、女性宅を略奪して回った。途中で女性は解放されたらしいが、この不品行な事件に父の道長は流石に大激怒だったらしい。

藤原道長の兄粟田関白道兼の孫藤原兼房も相当に酷い。十八歳の右少将兼房は酒宴で蔵人頭藤原定頼に罵詈雑言を浴びせ、荒立てまいとその場を去ろうとする定頼を追い廻し、彼が逃げ込んだ控室に石を投げつけた。兼房の父兼隆が道長に呼び出されて厳しく叱責を受けることになったが、それでも懲りず、その三年後には少納言源経定と取っ組み合いの喧嘩を始め、次第に一方的に殴りつける一方となりながら止めようとせず、前述の暴れん坊藤原能信に止められている。しかし行状が改まるはずも無く、そのさらに二年後には部下にあたる宮内少輔藤原明知を監禁して従者たちにリンチを加えさせ、藤原頼通に内裏から追い出されている。兼房は結局一連の不品行が祟って公卿就任出来ないまま一生を終えた。

また道長の長兄道隆の孫道雅は「荒三位」「悪三位」という異名で知られ、敦明親王(三条天皇の第一皇子)の従者を半殺しにするなどたびたび暴力事件を起こしていたし、その道雅の父伊周と伯父の隆家は女性関係のもつれから花山法皇を襲撃して従者を殺害したりしている。また、道長の次男で明子の子頼宗も弟の能信に負けず暴れまわっていたらしいし、能信の弟で末弟長家に至っては藤原実資の従者を拉致監禁しようとして、道長によって仲裁されている。一族唯一の良識人が嫡男の頼通で、実資に弟たちの悪行の愚痴をこぼしていたらしい。

もちろん権勢を誇った藤原一族だけではなく、彼ら貴族たちによる暴力事件は日常茶飯事であったようだ。酒宴はイメージされるような雅なものではなく、いつどこで貴公子が暴発してもおかしくない火薬庫のようなものだったらしいし、内裏だろうと、天皇の御前だろうと、路上だろうと、いつでもどこでも貴族たちが従者たちを率いて暴力沙汰に及ぶ。殿上人たちが殴り合い、あるいは上級貴族が下級貴族に集団で暴力を加え、貴族も王族もことあるごとに暴力に及ぶような時代であった。目次からもうかがい知れるだろう。

1  中関白藤原道隆の孫、宮中で蔵人と取っ組み合う
2  粟田関白藤原道兼の子息、従者を殴り殺す
3  御堂関白藤原道長の子息、しばしば強姦に手を貸す
4  右大将藤原道綱、賀茂祭の見物に出て石を投げられる
5  内大臣藤原伊周、花山法皇の従者を殺して生首を持ち去る
6  法興院摂政藤原兼家の嫡流、平安京を破壊する
7  花山法皇、門前の通過を許さず
8  花山法皇の皇女、路上に屍骸を晒す
9  小一条院敦明親王、受領たちを袋叩きにする
10 式部卿宮敦明親王、拉致した受領に暴行を加える
11 三条天皇、宮中にて女房に殴られる
12 内裏女房、上東門院藤原彰子の従者と殴り合う
13 後冷泉天皇の乳母、前夫の後妻の家宅を襲撃する

雅で麗しき王朝国家の一面が垣間見れて、不運(ハードラック)と雅楽(ダンス)っちまった気分になれる一冊です。せっかくなので平安不良貴族マンガをチャンピオンか漫画ゴラクで連載したらいいと思う。

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