僕は40歳で如何にして深夜アニメを愛するようになったか

45歳からのアニメ入門<1> 「謎の彼女X」「まどか☆マギカ」「とある科学の超電磁砲」「とらドラ!」 – 安田理央の恥ずかしいblog

こちらのような記事が話題です。僕もテレビアニメを見ていたのはボトムズ、マクロス、ダンバインなど中学生ぐらいまでで、三十代も後半になるまでアニメからは全く離れていたのですが、2011年を境に急速に深夜アニメを見るようになりました。そのあたりの、いかにして深夜アニメを僕は観るようになったかを簡単にはまった作品を挙げつつ、語って見たいと思います。

切っ掛けは「魔法少女まどか☆マギカ」(まどマギ:2011年1~4月)で、何故見始めたのか自分でもよくわからないのですが、誰もがこの作品を話題にしているのと、常々日本アニメは世界的にも凄い、みたいなお題目だけ耳にしていながら観たことが無かったこともあり、試にネット配信されていたものを観てみたら、本当に面白い。人身御供譚を彷彿とさせる神話的な物語構造、憎しみの連鎖、自己犠牲、希望と絶望、様々な要素が絡み合って大団円を迎えていく鮮やかなストーリーテリングにすっかり虜になりました。まぁまどマギについては改めて感想を書きたいと思いながら、早二年、ですが。一応まどマギにインスパイアされてウサマ・ビン・ラーディンの生涯について書いた記事があったりはします。
「魔法少女まどか☆マギカ」インスパイア記事
「はぁいそれじゃ自己紹介いってみよう」 「ウ、ウサマ…ビン・ラーディンです…」
「誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない、アラブ世界って、そういう仕組みだったんだね・・・」
「アラブの人々の祈りを、絶望で終わらせたりしない」

この記事を書いている途中で脚本の虚淵さんがまどマギとアラブとをリンクさせる発言をしておられるのを見かけて、興味深いなぁと思ったりはしました。

まどマギが中断している間、とりあえず新しく始まったアニメをいくつか見てみよう、ということで、見始めたのが「花咲くいろは」(2011年4~9月)です。家庭の都合で祖母が経営する石川県の温泉旅館に預けられた女子高生の主人公と彼女を取り巻く人間模様を丁寧に、コミカルに描いた作品で、この作品と出会えたのは幸運でした。アラフォーな僕にとっては主人公たちってどうしても自分の子ども世代なので同じ目線で見ることが出来ないというハンデがありますが、この作品は祖母、母、子の三世代と大人たちが登場人物として出てくるので、すっと入り込みやすい。祖母の女将、母の皐月、仲居頭の巴さんの三人の目線で見始めつつ、徐々に子供世代の目でも見ることが出来るようになって、良いトレーニングになったと思います。強引なところや稚拙な点もあるとは思いましたが、前向きな気持ちになれる良い作品でした。

と同時期に、知人から面白いと聞いて見始めたのが「TIGER&BUNNY」(タイバニ:2011年4月~9月)と「シュタインズ・ゲート」(シュタゲ:2011年4月~9月)です。どちらもオンタイムではなくネット配信で後追いで見ていました。

タイバニは近未来か異世界か、バットマンのゴッサムシティみたいな都市を舞台にXメン風の特殊能力を持ったヒーローの活躍を描いているんですが、すっかり落ち目の子持ちロートルヒーローが人気才能若手と組まされる王道バディ物の要素に、ヒーローがすっかりメディアに飼いならされてプロデュースされAKB的人気投票システム(というと、最近はすっかり悪い意味になってしまいますが)で競い合う中での人間模様がとても面白い作品で、毎回気持ちよく終わっていくので力を抜いて見ることが出来ました。主人公の虎徹とハリウッド映画に定番のバイセクシャルな脇役であるネイサンは特に僕等世代には共感させられるところ大です。

素晴らしかったのが「シュタゲ」で、最初第一話では途中で断念してしまっていたのですが、観て行くとじわじわと伏線が張られていって徐々に染み出すホラー展開から、怒涛のジェットコースター展開を経て二重三重の絶望の中から感動の大団円へと繋がっていくという、練りに練られたSFサスペンスの傑作だと思います。声優の演技力の凄さをまどマギに続いて思い知らされた作品でもあります。まぁ何言ってもネタバレになるので何も語りませんが。あ、鈴羽派です。鈴羽派です。大事な事なので二度言いました。

“厨二病”の奥にある切なる願い「STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)」

この二クール作品三本と合わせて「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(あの花:2011年4月~7月)も観ていました。第一話では綺麗にまとまって最後にsecret baseのカバーが流れてきた瞬間思わず涙していましたが、その後回を追ううちに、途中でちょっと合わないかな(ゆきあつが不憫すぎて)と思って観なくなりました。関係ないですがガストかドトールあたりで松前皐月さんと鹿目詢子さんが本間イレーヌさんを慰める会合とかあったら居合わせたいです。

そして同年7月から見始めたのが「輪るピングドラム」(ピンドラ:2011年7月~12月)です。非常に個性的な作品で、親の無い高校生の双子と病弱で入退院を繰り返す妹が或る日、水族館を訪れた際に死んでしまうが、謎のペンギン帽が妹の命を延命させる代わりに「ピングドラム」を探せと命じてくる。そこから斬新な映像と超展開の中での愛と赦しの壮大なストーリーが展開されるというもので、暴力、テロリズム、復讐、憎悪、エコロジー、革命、宗教、メディア・・・現代社会のメタファーとでも言うべき様々な小道具、設定を背景としつつ、本筋でしっかりと家族、愛、赦しを描く、という挑戦的かつ王道の作品でした。これも感想を書きたいと思いつつ、書きあぐねている一本なんですが、この感想を書く下準備として一見関係ないような記事を色々と積み重ねているという段階です。いつの日か感想書けるといいなぁと思わされるぐらいに心に残った一本で、この作品もまたアニメにはまる契機になった一本ですね。いやだわ、早くすり潰さないと。

一見関係ないような記事
「テロリスト」の4つの特徴と「テロリズム」を生むもの
「アーミッシュの赦し―なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか」

ある程度話題になっている作品を観る、という受け身の姿勢から、この頃から徐々に自分で調べて話題ではなく自分の直感と趣向で選ぶ、能動的なアニメ選びが出来るようになり始めていました。そこで、2011年12期アニメで見始めたのが、「Fate/Zero」(2011年10~12月、2012年4~7月)「ベン・トー」(2011年10~12月)「たまゆら-hitotose-」(2011年10~12月)「ちはやふる」(2011年10~2012年3月)です。その他数本、1~2話だけ観て”切って”いますが割愛します。

「Fate/Zero」はゲーム「Fate/Stay night」のスピンオフで、まどマギの脚本家虚淵玄氏小説を原作にしたアニメなのですが古今東西の歴史・神話上の英雄たちが現代に蘇って魔法使いのサーバントとして戦うというもので、美しい映像、熾烈な戦闘、そしてすべてがゼロへと至る哀しい物語で堂々とした風格のある大作でした。何気に、某王が「忠道、大儀である」と背中越しに語るシーンが一番痺れました。愉悦コンビが好きで、そういう視点からセイバーさん好きです。理想と正義、希望と絶望、生と死、様々な思惑のぶつかり合いの中で、次々と最期を迎える英雄たちの姿を愛でる作品でございました。

「ベン・トー」は半額弁当争奪戦を力技で押してくるアクションエンターテイメントで、ぜひチャウ・シンチー監督で実写映画化してほしい所です。氷結の魔女vs湖の麗人戦の割箸を攻守に切替える戦術を足技で圧倒していくバトルは素晴らしかった。あと、買い物カゴを駆使した殺人コンビネーションプレイのオルトロス戦も空中戦の応酬で見応えがあったですねぇ。

おバカな半額弁当争奪バトルが楽しい「ベン・トー」

「たまゆら-hitotose-」は「安芸の小京都」と呼ばれる広島県竹原市を舞台に、父の死後、横須賀から引っ越してきた主人公とそれを取り巻く友人や地域コミュニティの人びとの様子を丁寧に描いた作品で、絶妙なさじ加減での温かい展開が毎回のように繰り返され、特に僕のようなアラフォー世代のノスタルジーを見事に刺激して、泣かされっぱなしでした。詳しくは以前書いた感想を。さよみおねえちゃんと散歩したい。

ユートピアとしての地域コミュニティという物語「たまゆら」「たまゆら~hitotose~」

「ちはやふる」はもうここ最近観たアニメの中でも屈指の名作だと思っていまして、競技かるたに打ち込む高校生たちの姿を、どどんと真正面から描いた快作で、きらきらと真っ直ぐ突き進む姿が眩しすぎて美しすぎて愛おしくてたまりません。現在第二期をやっていますが、放送の25分がなんて至福のひとときなんでしょう、と思いながら毎週観ています。

と、自分の選択眼に自身を持ち始めつつ2012年にはすっかりどっぷりとアニメを追いかけるようになり、2012年に観たアニメで好きだった作品(完結作品のみ)をあげるだけでも以下あいうえお順で「アクセル・ワールド」「織田信奈の野望」「ココロコネクト」「坂道のアポロン」「じょしらく」「人類は衰退しました」「ZETMAN」「戦姫絶唱シンフォギア」「ソードアート・オンライン」「黄昏乙女×アムネジア」「TARI TARI」「男子高校生の日常」「中二病でも恋がしたい!」「猫物語」「這いよれ! ニャル子さん」「氷菓」「モーレツ宇宙海賊」「ヨルムンガンド(第一期、第二期)」という感じです。見逃して後悔しているものとしては「謎の彼女X」「戦国コレクション」「ガールズ&パンツァー」の三本です。

2012年作品の感想の一部
もし織田家臣団が美少女軍団だったら?「織田信奈の野望」
傷つけあう関係性の和解と再生を描く良回「ココロコネクト キズランダム編」
“青春のかすり傷”系作品の傑作の予感「ココロコネクト ヒトランダム編」
美少女幽霊とのラブストーリーに涙を搾り取られる「黄昏乙女×アムネジア」
解き明かされるエモーショナルな真実~「氷菓」
「TARI TARI」ひたむきな青春だったり、大人の人間ドラマだったり、奏であう音楽だったり
暗黒過ぎてハートフル「人類は衰退しました」
生きるのを諦めるなッ!!「戦姫絶唱シンフォギア」

また、今観ているのが「PSYCHO-PASS」「ROBOTICS;NOTES」「新世界より」「ジョジョの奇妙な冒険」「咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A」(2012年夏放映終了、未放送分が順次配信中)、「ビビッドレッド・オペレーション」「たまこまーけっと」「まおゆう魔王勇者」「ちはやふる2」「ささみさん@がんばらない」です。「琴浦さん」はバンダイチャンネルで観放題なのでそのうちまとめて観ようと思ってます。

そうそう、バンダイチャンネルは僕のような最近アニメを見始めた人には過去の作品が見れるので助かっています。バンダイチャンネルで「化物語」「咲-Saki-」「攻殻機動隊S.A.C」などを観まして、今「攻殻機動隊S.A.C 2nd GIG」を観ているところです。だいたい、余暇の時間はアニメ、読書、散歩に100%傾斜している感じにまでなってきています。

何故ここまで僕はアニメにはまるようになってきたのか、というのは難しいところではあるのですが、僕の持論として、人生には物語を求めるようになる時期があるというものがあります。知識や経験を収集して身に着け、自分のものにしていこうとする段階である種の体系化の欲求が出てくる。その欲求はどこかで、物語性を求めざるを得ない。その人生の物語は単純で分かりやすい、それでいて身近な何か、なんだろうと思います。例えば十代であったり、三十代後半であったりがそれにあたるのではないかと思いますが、その僕の無性に物語を求める時期に、上手くアニメがマッチしてきた。

そして、深夜アニメというのは、ちょっとかじった程度の狭い経験と知識で語るのもおこがましいのですが、メインストリームとなる文学や映画に対して、とことん物語性を、虚構性を追求して、磨き上げてきている分野なんじゃないかと思うんですね。奇しくも村上春樹が95年ごろにこんなことを語っています。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)」P87
ある意味では「物語」というもの(小説的物語にせよ、個人的物語にせよ、社会的物語にせよ)が僕らのまわりで――つまりこの高度資本主義社会の中で――あまりにも専門化し、複雑化しすぎてしまったのかもしれない。ソフィスティケートされすぎてしまったのかもしれない。人々は根本ではもっと稚拙な物語を求めていたのかもしれない。僕らはそのような物語のあり方をもう一度考え直してみなくてはならないのではないかとも思います。

村上春樹が気付いて路線を大きく変更させた、人々が求める単純な物語というものを、メインストリームの物語群が上手く提供できないうちに、アニメがそれを提供することに成功した。それが現代の非常に単純でかつ洗練されたアニメという物語群の隆盛に繋がっているんじゃないかと思うんです。僕も、アニメが提供するシンプルな、プリミティブな、それゆえに心を鷲掴みにする物語に心を奪われてしまった、ということなんじゃないかと。

また、少し飛躍させますが、日本民俗学の泰斗柳田國男は明治の自然主義・写実主義の隆盛にすごく批判的だったのですが、その『ただ外側の有り形のみを写したもの』を描く文芸に対して『我々が眼ざめて、いかなる夢を見るかを省みな』い姿勢を批判しました。その姿勢が口承文学・物語の探究・収集へと走らせ日本近代民俗学の誕生に繋がるのですが、『「眼ざめて見られる夢」』(野家 啓一 「物語の哲学 (岩波現代文庫)」P29)の探究というのは、どうしても日本文学史上ではオルタナティブな地位に甘んじつづけざるを得なかった。にも拘わらず人々はそれを求める。

そこに文学ならざるエンターテイメントの誕生する余地があり、漫画やアニメが盛り上がる下地となった、という流れがあるんじゃないかとも思います。まず幼児向けに、続いて青年、成年と徐々に幅を広げ、一方で小説は大衆文学も盛り上がりつつも、やはり自然主義的な純文学からは下として見られていた。特に若い世代向けに『「眼ざめて見られる夢」』を提供する娯楽作品は、前述の通り村上春樹が気付いた時期を境に、小説の分野ではアニメの発展とパラレルにライトノベルとして発展してきたんじゃないでしょうか。その先に現代の深夜アニメの隆盛が準備されることになった。いや、個人的推測ですが。

そのような下地に『「眼ざめて見られる夢」』をただひたすらに求める一人の物語愛好者として、アニメに今更ながら食いついたという位置づけが出来るんじゃないかとは思います。思えば、一〇代では歴史小説に耽溺し、テーブルトークRPGにはまりやSF小説やヤングアダルト小説を貪り読み、二〇代では映画を狂ったように観て、三〇代になると純文学を読み漁り、散歩を通して郷土史や民俗を収集し、歴史、古典を愛好するようになり、と僕はずっと物語を求め続ける人生でしたので、まぁ、アニメも見始めたら必然的にはまるだろうなと。

萌え、というのはよく理解できませんが、しかし、萌えと感じることはアニメを観ていて、多々あります。アニメキャラクターという決して手の届かない存在に感じる愛おしさや共感は、萌えと感じているのですが、萌えと呼んでいいものなのでしょうか。やはり、よくわかりませんが、そのキャラクターとの同一感、あるいは一体感に似た感覚はアニメを観ていて感じることは少なくないです。戦場ヶ原ひたぎ様は(いや、様ってつけないとごにょごにょ)何故あんなに魅力的なのか。今はスージーQと朝霧史織ちゃんと女騎士と綾瀬千早ちゃんを推しています。

「萌え」と「燃え」とが表裏一体のようにも思うのですが、最近ブログで紹介した、戦国時代の武士たちの「殉死」に至る観念と似た何かかもしれない、と漠然と思ったりもしています。少なくとも「咲-Saki-」の、特に阿知賀編準決勝先鋒戦での園城寺怜の行動原理は殉死を選ぶ「かぶき者」のそれだと思います。まどマギの暁美ほむらをはじめとする登場人物たちもそう。
まぁ、色々横道にそれていますので、本題に戻して終わりにしますが、40歳にしてまったくもって深夜アニメが提供する物語の豊穣さにすっかり虜にさせられています、ということを書きたいだけの記事ではあったのです。面白いです。深夜アニメ。

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