「車谷長吉の人生相談 人生の救い」車谷 長吉 著

反時代的毒虫であるところの作家車谷長吉が二〇〇九年四月から二〇一二年三月まで朝日新聞土曜版紙面「悩みのるつぼ」で担当した人生相談の質問・回答を一冊にまとめたもの。ネット上でもたびたび彼の回答の異様さが話題となっていたのでご存じの方も多いだろう。特に話題となっていたのはこの相談と回答だった。

教え子の女生徒が恋しいんです

相談者 男性高校教師 40代

 40代の高校教諭。英語を教えて25年になります。自分で言うのも何ですが、学校内で評価され、それなりの管理的立場にもつき、生徒にも人気があります。妻と子ども2人にも恵まれ、まずまずの人生だと思っています。
 でも、5年に1度くらい、自分でもコントロールできなくなるほど没入してしまう女子生徒が出現するんです。
 今がそうなんです。相手は17歳の高校2年生で、授業中に自然に振る舞おうとすればするほど、その子の顔をちらちら見てしまいます。
その子には下心を見透かされているようでもあり、私を見る表情が色っぽくてびっくりしたりもします。
 自己嫌悪に陥っています。もちろん、自制心はあるし、家庭も大事なので、自分が何か具体的な行動に出ることはないという自信はありますが、自宅でもその子のことばかり考え、落ち着きません。
 数年前には、当時好きだった生徒が、卒業後に水商売をしているとのうわさを聞き、ネットで店を探しました。自分にあきれながら、実際のその街まで足を運びましたが、結局店は見つかりませんでした。見つけていたら、きっと会いに行っていたでしょう。
 教育者としてダメだと思いますが、情動を抑えられません、どうしたらいいのでしょうか。

回答 恐れずに、仕事も家庭も失ってみたら
 私は学校を出ると、東京日本橋の広告代理店に勤めました。が、この会社は安月給だったので、どんなに切り詰めても、一日二食しか飯が喰えませんでした。
 北海道・東北への出張を命じられると、旅費の半分は親から送ってもらえと言われました。仕方がないので、高利貸から金を借りて行っていました。生まれて初めて貧乏を経験しました。二年半で辞めました。
 次に勤めたのは総会屋の会社でした。金を大企業から脅し取るのです。高給でしたが二年半で辞めました。三十代の八年間は月給二万円で、料理場の下働きをしていました。この間に人の嫁はんに次々に誘われ、姦通事件を三遍起こし、人生とは何か、金とは何か、ということがよくよく分かりました。
 人は普通、自分が人間に生まれたことを取り返しのつかない不幸だとは思うてません。しかし私は不幸なことだと考えています。あなたの場合、まだ人生が始まっていないのです。
 世の多くの人は、自分の生はこの世に誕生した時に始まった、と考えていますが、実はそうではありません。生が破綻した時に、はじめて人生が始まるのです。従って破綻なく一生を終える人は、せっかく人間に生まれてきながら、人生の本当の味わいを知らずに終わってしまいます。気の毒なことです。
 あなたは自分の生が破綻することを恐れていらっしゃるのです。破綻して、職業も名誉も家庭も失った時、はじめて人間とは何かということが見えるのです。あなたは高校の教師だそうですが、好きになった女生徒と出来てしまえば、それでよいのです。そうすると、はじめて人間の生とは何かということが見え、この世の本当の姿が見えるのです。
 せっかく人間に生まれてきながら、人間とは何かということを知らずに、生が終わってしまうのは実に味気ないことです。そういう人間が世の九割です。
 私はいま作家としてこの世を生きていますが、人間とは何か、ということが少し分かり掛けたのは、三十一歳で無一物になった時です。
 世の人はみな私のことを阿呆だとあざ笑いました。でも、阿呆ほど気の楽なことはなく、人間とは何か、ということもよく見えるようになりました。
 阿呆になることが一番よいのです。あなたは小利口な人です。(P20-24)

実はこの回答は一つ前の質問と対になっている。50代の男性が一夜漬けで出来る夫婦円満の秘訣を尋ね、それに対して、車谷が滔々と自身の妻への感謝と、妻の要求に答えるうちに精神を病んだ経緯を語り、自身の作家活動を通して芽生える罪悪感を訴えたうえで、夫婦円満の秘訣などは無いとして、こう切り捨てる。『いままでのところ、あなたはなまくらな人です。世の九割の人は、そういう人ですが』。なまくらな人や小利口な人をはじめとする世の中の多くの人びとに向けて、その次の質問で自身の心配性を思い悩む80代女性への回答として、人生の救いについてこう語ることになる。

『つまり、人生には救いがないということです。その救いのない人生を、救いを求めて生きるのが人の一生です。』(P28)

人生は四苦八苦に貫かれた苦行であり、ゆえに人生には救いがなく、その苦であるところの人生においては、死を意識することによってはじめて生が始まる、という敬虔な仏教徒らしい人生観を車谷は持っている。その人生のさまざまな苦――四苦八苦と業――をひたすらに描き続けてきたのが彼の作品群であるから、自ずと上記のような破綻をこそ薦める回答になる、というのも宜なるかな。

故・色川武大(阿佐田哲也)が著書で「生きられないという葛藤のプロセスこそ生きるということではあるまいか」と語っていたが、車谷も他の著作やこの人生相談の回答から浮かび上がってくるのは文字通りの「生きられないという葛藤のプロセス」であるように思う。回答の中でも繰り返し自身の障碍について語られるし、また、貧乏こそ良しとする価値観、強迫神経症、作家としての罪悪感、また様々な生い立ちなど語られるその過程が、生きられなさを生きてきた人の姿であり言葉であると感じる。

別に奈落の底に突き落とすような回答ばかりではない。軽妙なものもあるし、そっと寄り添うようなものもあれば、前向きな、やる気を喚起させようとするものもある。繰り返し繰り返し、しつこいほどに奈良盆地を散歩することを薦めるあたりなども、とても微笑ましいと思う。

また、おもしろかった回答の一つに、小説を書きたいという70代男性からの相談への答えがある。車谷は人を「頭のいい人、頭の悪い人、頭の強い人、頭の弱い人」の四つに分け、小説を書くのに向いているのは「頭の強い人」で、「頭のいい人」は絶対に小説を書くことが出来ないという。頭のいい人は真・善・美・偽・悪・醜のうち偽・悪・醜を考えることが出来ないからだ。頭のいい人の例として和辻哲郎と柳田國男を挙げている。

『小説ではまず作品の材料を書き並べ、その奥底にあるものをつかみ出す方法の確立、つまり「虚」によって「実」を破るのが文学です。「虚」とは「嘘」です。そうすることで主題(テーマ)が見えてくるのです。』(P118-119)

その上で、作家になるための絶対必要条件を挙げる。

『趣味ならいいですが、作家になるには書くこと以外のすべてを捨てる必要があります。これは絶対必要条件です。それは苦痛を伴いますが、苦痛を感じれば人は真剣になります。心に血がにじむからです。』(P119)

最高に優しい回答だと僕は思ったりもするのだけど、相談者は70歳を過ぎて、心に血をにじませてまで書こうと思うだろうか。

車谷長吉ファンとしては非常に面白い一冊で、終始ニヤニヤとしていた。僕が興味を抱いたのは、この質問者たちのその後だ。車谷に人生相談をするとかそれはどうなんだとしか僕は思えないが、それでも質問をして、人生に救いが無いことを突きつけられて、その後、どうしただろうか。死を覚悟したところから、人生が破綻したところから人生が始まる、ということに直面し得たのだろうか。その相談者たちの側の物語が気になって仕方が無くなる、という点で、そのような自分の卑しい業に直面させられるという点で、ただの、されど人生相談集でありながら、罪深い本である。

同書から最も心に引っ掛かった一節を最後に引用して終わりとしておこう。

『世には、人間として生まれてきたことを、喜んでいる阿呆もたくさんいます。そして蛇や蛙をなぶり殺しにしたりして、うれしがっているのです。』(P53)

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