時代によって移り変わる「七つの大罪」の中の最悪の悪徳

人間の悪徳を列挙することは、古今東西、様々な宗教で行われているが、有名なのがキリスト教の七つの大罪である。四世紀頃に八つの枢要罪として語られはじめ、色々整理されて、十二世紀頃に現在の「傲慢(pride)」「嫉妬(envy)」「憤怒(wrath)」「怠惰(sloth)」「強欲(greed)」「暴食(gluttony)」「色欲(lust)」の七つに収まって行ったが、松本宣郎編「キリスト教の歴史〈1〉初期キリスト教~宗教改革 (宗教の世界史)」によると、この七つの大罪の中で教会が最も重大視する悪徳は時代によって変化しているという。

十世紀末まで重視されたのは「傲慢(pride)」で、丁度騎士階級が台頭していた時期にあたり、『自らの武力を頼りに人々を威圧する戦士たちに対して警告を発』(松本P185)するために、「傲慢」が多く取り上げられていた。

十一世紀後半になると、「強欲(greed)」が最重要視された。貨幣経済の浸透で台頭してきた富を蓄積する商人たちや、聖職売買を繰り返す聖職者たちを戒める目的であったとされる。

十三世紀末から十五世紀にかけて注目されたのは「嫉妬(envy)」で、この嫉妬には「社会的野心」という意味を含み、『身分の低い者が分不相応な望みをいだくことへの戒め』(松本P185)として使われた。当時、イタリア各地で民衆争乱が起き、政権の転覆など下剋上の機運が高まっていた。また、大学教育の普及によって、低い階層の者でも社会的上昇を果たすことが比較的容易となり、既存の体制が大きく揺らぐようになっていた。

悪とされるものが、社会的変化の中で、それを悪と呼ぶ人々が何を恐れ、何を止めさせたいと望んでいるかという時代性を、表してきたのだろう。今、悪とされるものが何故悪と考えられているかに目を向けると、意外な面に気付かされるかもしれない。

例えば現代の日本社会において、多くの人びとが最も悪徳として「憤怒(wrath)」とともに語っているものは「怠惰(sloth)」であるように見えるのだが、「怠惰(sloth)」を悪徳の中の悪徳たらしめている社会的変化とは何か?と考えてみると良いと思う。

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