深刻な問題の要因となり得る「孤独感」をはかる20の設問

ジョン・T・カシオポ、ウィリアム・パトリック著「孤独の科学—人はなぜ寂しくなるのか」に研究者が社会的孤立について調査する際の心理評価法「UCLA孤独感尺度」の設問と評価方法が掲載されていたので紹介する。以下同書21ページ及び347ページより作成(注)。

1 まわりの人たちと「波長が合っている」と感じる。

1=いつも、2=ときどき、3=たまに、4=該当せず

2 人とのつき合いが不足していると感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

3 頼れる人がいないと感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

4 独りぼっちだと感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

5 仲間の一員だと感じる。

1=いつも、2=ときどき、3=たまに、4=該当せず

6 まわりの人たちと共通点が多いと感じる。

1=いつも、2=ときどき、3=たまに、4=該当せず

7 もう親しい人がいないと感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

8 自分の興味や考え方はまわりの人たちと違うと感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

9 外向性があって気さくだと感じる。

1=いつも、2=ときどき、3=たまに、4=該当せず

10 人と親密だと感じる。

1=いつも、2=ときどき、3=たまに、4=該当せず

11 自分だけ取り残されたと感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

12 他人と有意義な関係にないと感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

13 誰も私のことをよく知らないと感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

14 他人から孤立していると感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

15 好きなときに人とのつき合いが持てると感じる。

1=いつも、2=ときどき、3=たまに、4=該当せず

16 ほんとうに自分のことを理解してくれている人たちがいると感じる。

1=いつも、2=ときどき、3=たまに、4=該当せず

17 内気だと感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

18 まわりには人はいるけれど、心は通っていないと感じる。

1=該当せず、2=たまに、3=ときどき、4=いつも

19 話を聞いてもらえる人がいると感じる。

1=いつも、2=ときどき、3=たまに、4=該当せず

20 頼れる人がいると感じる。

1=いつも、2=ときどき、3=たまに、4=該当せず

該当する数字を合計し、44点以上であれば孤独感が強く、33~39点が中間、28点未満で孤独感が弱いとされる。

孤独感は客観的に測定されるものではなく、あくまで主観的なものだ。しかし、『孤立しているという慢性的な感覚』(P20)、『孤独感という、主観的な経験』(P19)が多くの場合、心理的、社会的、さらには身体的にも大きな悪影響を及ぼすことが統計的に判明しているという。『孤独感は人の行動を変えるだけでなく、ストレスホルモンや免疫機能、心臓血管の機能の数値にも反映される。長期的には、こうした生理的変化が組み合わさり、大勢の人の寿命を縮めかねない。』(P20)

孤独感は人間が社会的な存在である限りにおいて感じる当然の心理であるし、また程度によっては孤独な環境に身を置くことは有益なことも多々ある。『孤独感が深刻な問題となるのは、それが慢性化し、ネガティブな思考や感覚や行動の執拗な悪循環を生み出した場合に限られる』(P20)ので、数字が高いからといって、それがすぐに問題であるというわけではない。

孤独感を感じやすい、あるいは影響を受けやすいかどうかには個人差があるが、その個人差を影響付けるのが以下の三つの要因だとされる。(P30-31)

一 社会的な断絶に対する弱さ
二 孤立感にまつわる情動を自己調節する能力
三 他者についての心的表象、予期、推論

社会的な断絶に対する弱さ」は社会的帰属に対する欲求の強弱、すなわち社会的疎外による苦痛に対する感受性の強弱である。「孤立感にまつわる情動を自己調節する能力」は試練に直面したときに、表面ばかりでなく内面の深くでもしっかりと平静を保っていられることで、孤独感が強まるとこの自己調節能力が損なわれ始めるという。「他者についての心的表象、予期、推論」は他者とのかかわり合いの解釈の仕方である「社会的認知」のことで、誰もが自分なりの見方で社会と関係を持つが、孤独感が強まると、これが自分や他者の認知の仕方や他者の反応の予期の仕方にも大きく影響を及ぼす。

社会的帰属に対する欲求や疎外に対する感受性が弱い、すなわち孤独感を感じにくい人もいれば、社会との密接なつながりを日常的に必要とする人もいる。これら孤独に対して強い人、弱い人がどうなるかは自己調節と社会的認知の相互作用で決まるという。場合によっては孤独感が自虐的な思考や行動を呼び、悪循環に陥ることもある。

『独りでいることに苦痛、さらには恐怖を感じている人は、社会生活のいたるところに危険を見出すようになりかねない。孤独感に歪められた社会的認知のレンズを通すと、まわりの人が実際よりも批判的だったり、対抗意識が強かったり、悪意に満ちていたり、無愛想だったりするように映るかもしれない。孤独感のせいで、否定的な評価に対するごくあたりまえの恐れが批判を寄せつけまいという覚悟に変わるにつれて、こうした解釈はたちまち予期になる。すると事態が悪化する。恐れは人に否応なく守勢をとらせる一方で、自己調節の能力もいくぶん損なう可能性がある。私たちは孤独感につきまとわれると、社会的認知が歪むとともに自己調節の能力も弱まるので、ほかの人の物の見方を受け入れにくくなりがちだ。』(P31-32)

かくして、手を差し伸べてくれようとしている人すらも攻撃し、孤独感から逃れたいのにますます孤独感を強めていくという悪循環に陥ってしまう。また、その孤立した状態は、食生活の乱れやストレスによる疾患などの要因にもなる可能性があり、統計的にも上記設問で孤独感を強く感じている人の方が、感じていない人より多く健康に問題を抱えていたという。特に身体能力の低下する中年以上にとっては孤独感は心理的なだけでなく健康上も深刻な問題となっている。

以上、「孤独の科学—人はなぜ寂しくなるのか」P19~32からを中心に孤独感尺度の設問とそれにまつわる孤独感が生じさせる問題について簡単なまとめ。

この「孤独感という主観的体験」は以前紹介した「社会的排除」の問題ともかなり密接に関る問題であると思う。「深刻な孤独感」による社会的認知の歪みは自ら「社会的排除」の立場を選ぶ可能性があり、それは現代の社会においては命に関る問題となりうると言えそうだ。

比較的僕は孤独感には耐性がある、というか孤独であることを好む性質が非常に強いのだが、それでも強く孤独な状況に身を置いていた時の社会的認知の歪みや他者に対する忌避感、あるいは自罰的な心理はちょっと異常なところがあったと、我ながら思うので、他人事ではないなぁと思いつつ読んでいた。

同書はまだ読みかけなので、全部読んだらあらためて紹介したい。とりあえず「孤独感尺度」だけ紹介しておきたかった。

(注)P21には設問項目のみ記載、P347の原注で回答の選択肢と計算方法が掲載されているので、両者を合成して一覧にした。原出典はDaniel W.Russell,”UCLA Lonelines Scale(version3): Reliability, validity,and factor structure,”とのこと。

追記(2013/3/7)
上記の設問は基本的に米国での孤独感調査時の設問なので、文化や社会の違いを考慮すれば日本でも必ずしも適切な計測になるかどうかは微妙だと思う。社会的つながり(ソーシャル・コネクション)がすなわち「しがらみ」「世間体」といったネガティブな関係性や抑圧と表裏一体の印象を与える場合、ある程度の孤独感はむしろ社会的関係性において健全であるといえるんじゃないかと思う。ゆえに一般的に基準値よりも高くなるのではないか。多分、日本社会に最適化された設問あるいは数値基準が別途必要になるのだろう。一応本書を観る限り設問は米国に置いては各種研究で有益な基準として機能しているようだが、日本では参考値とみるのが妥当のようにも感じる。

その上で、要点はあくまで主観的に感じる慢性的な孤独感が社会的認知の歪みや自己調節機能の低下をもたらし、人生における不幸せな感覚や対人関係の不全、さらにはそれが深刻化すると社会関係からの脱落による困窮や健康を損なう恐れにも結び付き得るという点にあると思う。

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