ギリシア・ローマ神話屈指のエピソード「パエトーン」の伝説

ギリシア・ローマ神話の中でもひときわ印象的な物語にパエトーンの伝説がある。以下オウィディウス「変身物語(上)」(P46-70)より再構成。

太陽神アポローンの子パエトーンは、常々、自身が太陽神の子であることを鼻にかけて吹聴し、それを苦々しく思った友人エパポスは「君は太陽神を本当の父だと思い込んで威張り散らしている」となじった。

悔しい思いをしたパエトーンは家に帰るや母クリュメネーに「自分が太陽神の子である証しを見せてほしい」と詰め寄り、母は太陽に誓ってパエトーンが太陽神の子であると宣言し、アポローンの宮殿への行き方を教えた。

父アポローンと対面したパエトーンは太陽神の口から自身がアポローンの子であるとの言質を取るが、より確かな確証を得たいと申し出、アポローンは、パエトーンが望むものならば何でも与えるとの誓約を行うが、すぐに誓約が軽率であったことを痛感させられることになる。

パエトーンは迷わず太陽神のチャリオットを一日だけ借りたいと望んだ。アポローンは毎日馬たちを操って東から登って西へと下る。太陽そのものといえるその車駕は、パエトーンにとって傷ついた自尊心を癒すに足ると考えたのも無理はない。

これにはさすがの太陽神も驚いた。荒くれ馬を操ることが出来るのは、神々の中でも、唯アポローンだけだった。最高神ユピテル(ゼウス)ですら難しい。いわんや、ただの人間、しかもまだ少年でしかないパエトーンには過ぎた望みであった。

誓約は守らねばならぬが、アポローンはその望みがいかに無謀であるかを、また、太陽神以外がそれを操ることの困難さと危険さを切々と説き我が子の心変わりを待ったが、パエトーンは聞く耳を持たない。やむなくアポローンは、御するコツを丁寧に伝授した上で、興奮を隠しきれない息子にチャリオットを預けることとなった。

喜び勇んで馬車の手綱を取り出発したパエトーンだったが、すぐに、恐怖が彼の心を支配することになる。天翔ける四頭の馬は御者がアポローンではないことに気付くと、暴走し始める。若きパエトーンには荷が重すぎた。父の忠告が思い返されるが、最早どうにもならない。

「パエトーンよ、お前は贈り物のかわりに刑罰を求めているのだ」

統御されざる太陽神の馬車は、無力な少年を乗せたまま、災害をまき散らした。火の粉が飛び散り、大地を焼き尽し、街が次々と滅び、川が干上がった。火山が火を噴き、天を焦がしていく。アイティオピア人(エチオピア人)の肌が黒くなったのも、サハラ砂漠が出来たのもこの時だとされている。その大災害をパエトーンはただ馬車から震えて見下ろすしかなかった。

大地の女神が悲痛な叫びを万能の神ユピテル(ゼウス)に訴え、ユピテルは神々を集めて、このままでは世界が滅び去ることを確認した。最早馬車を力づくで地に落とすしかあるまい。激しい火をさらに激しい火で制するのだ。

最高神は雷鳴を起こすと、暴れまわる馬車に狙いを定め雷撃を見舞った。馬たちは狼狽して軛から逃れて四方に逃げ去る。残った馬車は地上へ真っ逆さまに叩きつけられ、パエトーンは絶命した。彼の遺骸はエリダノス川(神話上の川。西の果てあるいは極北にあるとされていた)の流れに運ばれていったという。

息子を失った母クリュメネーは半狂乱で我が子の遺骸をひたすら捜し歩き、姉妹のヘリアデスは悲しみのあまり嘆き続けてやがて木々に姿を変え、父アポローンは悲嘆に暮れて行き場のない怒りを抱えて世界が闇に覆われたという。

ピュグマリオン、オイディプスなどと並ぶ有名なパエトーンのエピソードは、以後、身の程知らずの野望を抱き破滅していく、そのメタファーとして語られることとなる。

また、御し得ないことでもたらされた大災害の構図に、現代では原子力を想像する人も多い。山岸涼子氏の同名の漫画「パエトーン」はチェルノブイリ事故とパエトーンの伝説とを重ねて描かれた傑作として知られており、つい最近、東日本大震災の福島第一原発事故で同作が再注目された。

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