鎌倉の甘縄神明神社と安達館跡

桜が見ごろな時期に訪れた鎌倉の甘縄神明神社です。丁度鎌倉市街から鎌倉大仏へと向かう由比ガ浜通り沿いにあります。

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甘縄神明神社の歴史・由緒

甘縄神明神社

社伝では和銅三年(710)行基により創建とされているが、信憑性は低く、長治年間(1104~06)に伊勢神社領として成立した大庭御厨内にあることから、伊勢神社の別宮として奉斎されたと考えられている。建久五年(1194)の吾妻鏡にも伊勢別宮との記述があり、鎌倉幕府成立以前にすでに存在していた。

甘縄は現在では甘縄神社付近一帯を指すが、鎌倉時代は由比ヶ浜から若宮大路までのかなり広い一帯を「甘縄の辺」と呼んでいた。この甘縄を有名にしたのは、源頼朝側近の安達盛長がこの地に館を構えてからだ。治承四年(1180)、頼朝らが鎌倉に入ってすぐに、安達盛長は甘縄に居を構え、文治二年(1186)には頼朝の命で当社の修復を行っている。安達館の正確な場所はよくわかっていないが、この周辺にあったのは間違いないとされている。

弘安八年(1285)、幕府を二分した霜月騒動によって安達氏が滅亡した際に甘縄にあった安達館も焼失、甘縄一帯も戦火に見舞われ、当社も以後衰退した。

中興は400年余り下った宝永六年(1709)のことで、京都妙心寺の独園和尚により社殿と寺舎を造営し、当社伝蔵の八幡太郎義家像を修復、上記の行基創建とした社伝はこの頃に創作されたと考えられている。

甘縄神明神社拝殿

甘縄神明神社拝殿

天保九年(1838)、本殿、拝殿が造営され地蔵を本尊として「別当甘縄院」と呼ばれていた。明治に入って神仏分離で寺院は廃寺となり明治二十年(1887)に周辺の神社を併合して甘縄神社となる。大正十二年(1923)、関東大震災で本殿・拝殿は破損し、昭和十二年(1937)に新築されたのが現在の拝殿・本殿となっている。

北条時宗産湯の井戸

北条時宗産湯の井戸

鎌倉幕府第八代執権北条時宗は甘縄の安達館で誕生したが、その産湯の井戸とされている。

秋葉社

秋葉社

五社明神

五社明神

安達氏の居館があったことから鎌倉の歴史を辿って歩くときに、ぜひ立ち寄りたい神社の一つです。


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参考書籍
奥富 敬之 著「鎌倉史跡事典

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安達泰盛と鎌倉幕府―霜月騒動とその周辺 (有隣新書)
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