「月経のはなし - 歴史・行動・メカニズム (中公新書)」武谷 雄二 著

月経の仕組みや歴史、月経について女性が直面する諸問題など月経にまつわる様々な基礎知識を丁寧かつ広範に解説した入門書的な一冊。女性の月経については、恥ずかしながら全くと言って良いほど知識も理解もなかったので、非常に勉強になりました。専門医らしく、かなり詳細に様々な医療データを元に解説されているので、印象として信頼に足ると思いました。

月経とは何か、本書ではその定義を以下のように挙げてあります。

『月経とは、子宮内膜からの周期的出血をさす。性成熟期にある女性に約一ヵ月に一度見られる。その内容物は血液、粘液、子宮の内腔を覆っている細胞(子宮内膜細胞)、それがはがれたことにより生じたきずからの分泌液、さらに細菌などが加わっている。半分から四分の三は血液だ。なお、月経血はすべて体外に排出されるのではなく、その一部は卵巣から子宮へ、卵が運ばれる経路に逆行していき、おなかの中(腹腔内)にも達する(「卵子」は受精する卵の状態のみをさすのに対し、「卵」は受精後のものまでを含む)。

通常各月経に約二週間先行して卵巣から卵が放出される(排卵)が、これを伴わない月経もある。前者を排卵性月経、後者を無排卵性月経と呼ぶ。後者では一般に出血量は少なく、月経に付随する症状も軽い。健康と思われる女性でも、時々無排卵性月経を経験することがあり、それに応じ量や症状などが異なったパターンの月経を経験することもある。(後略)』(P4)

以降、月経の語源、メカニズム、影響などが第一章で、第二章では月経を巡る歴史的な差別や偏見、古代の月経観などについて、第三章では初経から閉経までの間に起こる様々な影響や事例、第四章では月経前症候群(PMS)や婦人科疾患などについて、第四章では無月経に至る様々な要因や更年期障害、ストレスなどについて、終章では月経にまつわる世界の動向や社会の諸課題、補遺で生殖医学・月経研究史がそれぞれ説明されています。

全編にわたって様々な発見がありますが、特に興味深かったのは初経についてです。

初めて月経が発来すること』(P72)を初経と呼び、『わが国における平均初経年齢は約一二歳』(P72)で、10~14歳が正常、10歳未満で発来するものを早発初経、15歳以上で発来するものを遅発初経と呼ぶとのことですが、先進諸国で共通の現象として、この初経年齢は近代以降低下傾向が見られるといいます。日本でも明治二〇年では15歳前後であったものが、戦時中を除いて低下し、1990年代後半に12歳近くとなって以降現在までその水準が続いている。

この初経の低年齢化による問題として疾患発症リスクを高めることになる点が挙げられる。現代女性の約一割が罹患する「子宮内膜症」は『初経が早まり、その結果、月経の累積回数が増すほど発症しやすくなる』(P82)。また初経年齢の低下にともなう性的経験の低年齢化は、性交に関する無理解とあわさるとき性感染症や子宮頸がんの発症リスクを高める要因にもなりえる。

同時に、初経年齢の低年齢化と妊娠出産の高齢化が現代の日本社会に見られる現象だが、『戦前の女性は初経が一五歳前後であり、二〇歳近くで結婚するのが標準』(P215)で結婚して一年以内に妊娠(東北地方のデータ)するのに対し、現代では12歳で初経を迎え『平成二三(二〇一一)年度の初産のピークは約三四歳』(P216)と初経から妊娠までの期間が6年→18年と大幅に長くなっている。この間に『婦人科疾患発生リスクが高まり、その結果、子どもができにくくなることがある』(P216)とされ、この初経~妊娠の期間の長期化と少子化の関連が指摘されている。

また、初経年齢の低下によって身体的成熟時期と精神的・社会的成熟に到達する時期との乖離が大きくなるが、この乖離は様々な問題をはらんでいる。特に初経年齢の低下が性的暴力の被害者となるリスクが高まっている点について指摘されている。オーストラリアでの研究では『初経年齢の早い女性の性的経験はパートナーに強要された暴力的なものである確率が高』(P86)く、『特に、一四歳未満で性的体験をした女性の約七〇%は、本人の自発的意志によるものでは無かった』(P86)という。

さらに、初経年齢の低下と児童虐待との相関関係も指摘される。性的虐待を受けていた女性は初経年齢が低いというデータがあり、『一~三回の虐待を受けていた女児では一二歳未満の初経の確率は二六%、四回以上では三四%に上昇する』(P90)また、『子供のころに性的虐待を受けた女性は人工妊娠中絶を二回以上反復する率が虐待を経験していない女性と比較して、三・四倍も増加するという』(P90)。

初経は一定の体重を超え、特に体脂肪がある程度蓄積されることが重要であるため、生活環境が劇的に向上した現代社会においてはほぼ必然的に低年齢化するもののようなのですが、一方で『子供が受けるトラウマやストレスが生殖機能の成熟を早めるという学説』(P88)もあり、上記で挙げたように初経の低年齢化がという現象が存在し、かつ現代社会において様々な形でケアを考えなければならない非常に重要な課題である、ということを強く感じさせられました。

他、月経をはじめとする生殖医療や女性が直面する疾患等身体的問題についてかなり詳しく書かれているので、自身の身体のメカニズムについて知りたい女性はもちろんのこと、僕も含めて何も知らない男性(同書に紹介されているデータでは『男性の七〇%近くが月経に関する知識がほとんどないと回答している』(P205)という)、年頃の娘さんを持つ親御さんなどに非常に有益な一冊だと思います。勿論、昨今非常に議論がされる少子化問題について考えるときにも、まずは何をさておき女性の身体に関する基礎的な知識が無いと始まらないと思いますので、その第一歩としておすすめしたいです。

蛇足ですが、この本を読んだのは、以前も書いたと思いますが「魔女狩り」について今調べていて、その過程で見つけたからです。ということでせっかくなので、同書の第二章で解説されている女性の月経についての歴史的偏見について理解するためにあわせて参考になりそうな本を二冊ほど紹介しておきます。

日本における女性の月経や出産を忌む習慣・民俗については以前も何度か紹介したこの本。第二章第二節が「出産・月経とケガレ」でかつて見られた月経・出産時の女性の隔離などの現象について、様々な例が挙げられています。

魔女狩りについては本書では森島恒雄「魔女狩り」が参考書籍として挙げられていますが、これは1970年刊と古い本で同書の記述は現在では覆されているものも少なくないようです。森島書への疑問から始まり魔女狩り全体をコンパクトにまとめたこちらの方をおすすめ。

蛇足ついでに、「月経のはなし」第一章から、近代医学誕生までの間、欧州の医療で中心的な施術だった瀉血(血液を抜く治療法)はヒポクラテス(紀元前460年頃~紀元前370年頃)の『月経とは体内の有害な体液を排出することで体を健康に保つために起こる』(P36)という解釈を治療法として応用したことに端を発したものである、ということを一応メモしておきます。

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