日蓮が立正安国論を提出した寺院「光則寺」

四月の桜の季節に鎌倉大仏を見るついでに立ち寄った寺院です。

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光則寺参道

光則寺参道

正式には行時山光則寺といい、創建は文永十一年(1274)。得宗被官として北条時頼の側近でもあった宿谷光則が日蓮に帰依して自身の邸宅を寺院として提供したのが始まり。山号は光則の父宿谷行時から、寺名は自身の名から採られている。

宿谷光則邸跡碑

宿谷光則邸跡碑

文応元年(1260)七月十六日、日蓮は自著「立正安国論」を持ってこの地の宿谷光則邸を訪れ、光則を通じて得宗北条時頼に提出した。「立正安国論」はその苛烈な内容から危険視され、その翌年には日蓮は伊豆に流罪、弘長三年(1263)に赦免されるが、文永八年(1271)、幕府批判の罪で再び逮捕され佐渡に流罪となり、それが赦免された文永十一年(1274)、幕府から布教許可を受ける。光則はこの間、幕府の命により日朗ら日蓮の高弟六人を邸内の土牢に入れるなど少なからず関係があり、日蓮の佐渡流罪が赦されたとき、日蓮に帰依、邸宅を提供したと伝わっている。

鎌倉時代を通して妙本寺とともに鎌倉における日蓮宗の拠点となっていた寺院であった。現在は四季折々の植物が見応えがある鎌倉の代表的な散歩コースの一つに数えられる寺院になっている。

光則寺の桜

光則寺の桜

本堂横のカイドウ

本堂横のカイドウ

春先は桜やカイドウがとても綺麗。

日朗土牢

日朗土牢

寺院の裏山には日蓮の弟子日朗ら六人が入れられたという土牢の跡が残っている。

鎌倉大仏や長谷寺、さらに足を延ばして極楽寺などを散策するときに立ち寄りたい境内の美しい草花と歴史的エピソードが魅力の寺院です。


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神奈川県鎌倉市長谷3丁目9-7
江ノ島電鉄線長谷駅下車
拝観料 100円

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