最近のエジプト情勢に思う革命後の「兵隊の驕慢」

木戸孝允は西郷隆盛蜂起の報を聞いて伊藤博文への手紙にこう書いた。

『実に連年小グヅグヅは却て国家平安の為によろしからず、何卒此度は判然御所分これ有りたく希望いたし申候。兵隊の驕慢はあたかも病後の薬毒の如し。』(坂野 潤治、大野 健一 共著「明治維新 1858-1881 (講談社現代新書)」)

倒幕の主体として薬のように効果があった軍隊が、革命後に思い上がって暴走するのはまるで薬の副作用のようなものだ、毎年のようにグツグツと政情不安が続くのは国家の平安のためによくないので、今度こそはすっきりさせたい、という話。木戸はその結末を見届けることなく逝くのだけど。そして「兵隊の驕慢」は「判然御処分」されることなく七〇年余り後に「薬毒」が国を滅ぼすことになるのだけど。

革命・クーデター・叛乱なんでもいいが、暴力による政権交代のあとに暴力機構が歯止めが効かなくなるのは例えばフランス革命がそうであったように、ロシア共産主義革命がそうであったように、古今東西よくある話で、社会学者のノルベルト・エリアスも英国の清教徒革命からの一連の歴史を紐解きつつこう書いている。

『「一旦、ある国家が、その代表的なものが革命である暴力の応酬を経過すると、こうした経験に巻き込まれた諸グループがそれを忘却することができるまでにはかなりな時間がかかるものである。」』(多木浩二著「スポーツを考える―身体・資本・ナショナリズム (ちくま新書)」P33)

特に最近のエジプトに顕著だけど、同国を初めとする中東諸国の「アラブの春」以降の情勢はそんな「兵隊の驕慢」という歴史的過程の再現を見ているような気にさせられる、というつぶやき的なエントリ。

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