「ザビエルの同伴者アンジロー―戦国時代の国際人」岸野 久 著

天文十八年(1549)、イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエル一行が鹿児島に上陸、キリスト教が日本に伝来した。有名な歴史上の出来事だが、ザビエルを日本に導き、通訳として活躍した日本人アンジローまたはヤジロー(二説あり未だ定まっていない)と呼ばれる人物については日本側史料が全くなく、海外特に教会関係の史料に当たるしかないため、その人物像には謎が多い。そのアンジロー(ヤジロー)について、丁寧に史料を追い、人物像を浮かび上がらせている一冊である。

アンジローは1511年または12年に鹿児島で生まれた。高貴な出自というから有力武士階級出身か富裕商人といわれる。ルイス・フロイスは海賊だったと書いているが、日本在住時からポルトガル語に堪能でポルトガル商人たちとも交流があったらしいから、まぁ当時の貿易商と海賊との境界は非常に曖昧だが、やはり貿易商であったのだろう。妻子もあった。

彼は1546年から47年ごろに鹿児島で「ある理由により」殺人を犯し、追われる身となったため、後にアンジローとともに洗礼を受けてジョアネと名乗ることになる下人の男性と二人で旧知のポルトガル商人アルヴァロ・ヴァスの仲介でポルトガル商船で国外脱出、このときヴァスはドン・エルナンドという人物に紹介しようとしたのだが、手違いでジョルジェ・アルヴァレスという船長の船に乗り込むことになった。この偶然が世界史を大きく変えた。アルヴァレスはザビエルが「非常に信頼のおける人物」「大の友人」と呼ぶほどの親友であったからだ。ポルトガル領マラッカに着くとアルヴァレスはアンジローを日本布教を検討していたフランシスコ・ザビエルに引きあわせる。

最初にマラッカに到着した時はザビエルに逢えず、アルヴァレスの船で一旦中国に渡り、ヴァスと再会、再びマラッカに戻った1547年12月、ついにザビエルと会うことが出来た。殺人の罪の意識にさいなまれていたアンジローはザビエルに心酔、日本人との対面にザビエルも喜び、日本について様々な対話を行っている。

アンジローからもたらされた情報でザビエルは日本布教を決意、アンジローを将来の布教メンバーと考えたザビエルはポルトガル領東アジア(エスタード・ダ・インディア)首都ゴアにある最高峰のキリスト教学院聖パウロ学院にアンジローと彼の下人(洗礼名ジョアネ)、そして同じく日本人奴隷であった男性(洗礼名アントニオ)の三人を入学させ、超一流のキリスト教神学、語学を学ばせた。当時の聖パウロ学院はポルトガル領全土から学生が集まり、彼ら日本人三人のほか、カナリン人8名、マラバール人9名、カナラ人5名、ベンガル人2名、ベグー人2名、マレー人6名、マカサル人4名、マラトゥラ人4名、グジェラート人6名、中国人2名、アビシニア人4名、カフィル人4名であったという。この地で彼ら三人は洗礼を受け、アンジローはパウロ・デ・サンタ・フェ(聖なる信仰のパウロ)と名乗ることになった。

1549年、ザビエルはマラッカ長官シルヴァ・ダ・ガマ(ヴァスコ・ダ・ガマの子)の後ろ盾を得て学院を卒業した三人を含む八名で日本に出発、アンジローはザビエルの日本布教時に通訳として活躍することになる。ただ、彼の神学の理解は充分というわけではなく、後々批判もされているのだが、本人もわかっていたようで、ザビエルらポルトガル人宣教師が日本語を習得するまでの間だけの通訳と考えていたらしい。時の薩摩国主島津貴久とザビエルの対面、禅僧忍室とザビエルとの討論、そして民衆への様々な布教などは全てアンジローの通訳でなされた。

当初布教に理解を示していた島津貴久だったが、キリスト教の教義を危険なものと悟って以降弾圧に転じ、1551年、ザビエルは鹿児島を退去する。その際、すでにメンバーの一人フェルナンデスが日本語をマスターしていたことから通訳は必要なくなっており、ザビエルは鹿児島の信徒たちのまとめ役をアンジローに託した。

しかし、後にアンジローは再び全てを捨てて鹿児島を出奔する。この理由は諸説あってわかっていない。アンジローに批判的なフロイスは利益を求めて海賊行為に身を転じたといい、旅行家メンデス・ピント、同じく後に日本で通訳・宣教活動をしアンジローに同情的なジョアン・ロドリゲスの二人は仏僧からの迫害で脱出を余儀なくされたという。脱出理由や時期は諸説あるが、その後の事は三つの史料が共通している。日本脱出後、中国に渡ったのち、倭寇に加わり戦いの中で死んだと。

断片的な情報から浮かび上がってくるアンジローは知的探究心と冒険心に溢れ、非常に波乱に富んだ、激動の時代を生きた人物らしい生涯で、ドラマチックである。物語になっていそうなものだが、彼を主人公にしたものは意外と目にしない。資料が少ないこと、神学への理解の低さや全てを捨てての出奔などその人柄についてキリスト教史的に否定的な見解が多かったこと、また当時の東アジア情勢、倭寇や奴隷売買、キリスト教信仰と弾圧などを正面から描く必要があり、テーマとして難しいことなど様々な理由があるのだろう。逆に情報が少ない分創作の余地が多いことや、周辺人物含めたキャラの立ちっぷりに非常に惹きつけられるものがある。

十六世紀の東アジア史理解の一助としても有用なので、アンジローに注目してみるとまた違った視点で戦国時代の日本を見ることができるかもしれない。まぁ、アンジローを現代人視点での「国際人」というくくりで見てしまうと、ちょっとずれてしまうのではないかとは思うが。

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