上田人道人権大使のシャラップ発言までの日本外交と代用監獄問題

2013年5月22日、国連拷問禁止委員会で、委員から日本の刑事司法は中世と言われ上田人権人道大使がシャラップと返したという一件が話題となっていた。そのやり取りの印象から失言炎上ネタとして大いに盛り上がっていたが、どうやら一過性の失言ゴシップとして収束したようだ。しかし、この一件については非常に重要な、日本の刑事司法に関する構造的問題が背景にある。この記事では拷問等禁止条約に関しての日本の外交と日本の刑事司法の問題、特に代用監獄について簡単に整理しておきたい。

「拷問等禁止条約(拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は、刑罰に関する条約)」は1987年に発効した「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰を無くすための世界各地における努力を一層効果的なものとする」(条約前文)ために締結された国際条約で、日本の批准は先進国では最も遅い1999年、上田人権人道大使がシャラップと発言した拷問禁止委員会は同条約の履行確保のための専門家十人から構成される委員会である。

日本は同条約に関して誠実とは言えない対応を繰り返している。まず、同条約では、締約国は条約批准後一年以内に拷問禁止委員会に報告書を提出しなければならないと定めている(十九条一項)が、日本が提出したのは提出期限から五年遅れて2005年12月のことだ。2007年8月7日付拷問禁止委員会報告書「拷問の禁止に関する委員会の最終見解」にも『委員会は、本来2000年7月が提出期限であった報告が、5年以上遅延した後に提出されたことを遺憾とする。』とある。

生田暉雄弁護士は以下のように語っている。

『二〇〇七年五月の国連本部での日本の報告は、極めて形式的で、日本語を早口で読み上げ、同時通訳の混乱を無視する者もおり、誠意の全く感じられないものだった。
このようなことでは、日本の国際信用は全く無いに等しい。』(奈良新聞社編「司法の犯罪(冤罪)は防げるか」P313 生田暉雄「日本人の人権状況」)

同報告書では『2011年6月30日までに同国の第2回報告を提出するよう』要請がなされているが、外務省で公開されている日本側の回答「同最終見解による1年以内の情報提供要請に対する日本政府回答」には日付の記載が無いのでいつ出されたかは不明である。続いての第二回政府報告「条約第19条1に基づく第2回政府報告」は2011年7月提出で、これは同条約十九条一項の「締約国は、新たにとった措置に関する補足報告を四年ごとに提出し、及び委員会が要請することのある他の報告を提出する」という規定に基づくもので、提出期限にはぎりぎり間に合っている。その報告を受けて開かれたのが2013年5月21日、22日の拷問禁止委員会だった。

2007年8月7日付「拷問の禁止に関する委員会の最終見解」では日本の刑法・刑事訴訟法では条約の規定する精神的拷問が定義されていないこと、司法の独立が充分でないこと、た出入国管理及び難民認定法に基づく庇護申請者の処遇、代用監獄の存在、非公開の取調べ過程、自白を証拠とした有罪判決の多さ、死刑制度、虐待被害者に対する補償、拘禁下の女性や児童に対する虐待と人身売買、精神障害者の拘禁手続き、等について日本の現状が改善する必要があることを勧告している。

いずれの指摘も非常に重要だが特に「代用監獄(代用刑事施設)」制度について取り上げておく。逮捕されると続いて逃亡の恐れまたは証拠隠滅の恐れがある場合に、被疑者の身柄拘束が行われる。これを「勾留」と呼ぶ。逮捕のみの場合最大72時間、勾留は10日ないし20日の身柄拘束が行われる。ここで問題になるのが勾留場所で、現行法では「拘置所勾留の原則」から法務省管轄の拘置所に勾留することとなっているが、刑事収容施設法(2006年成立)第十五条(旧監獄法一条三項)で一部の例外を除いて「刑事施設に収容することに代えて、留置施設に留置することができる」となっている。留置施設が警察署付置の留置場(代用監獄)のことである。

現行法では取調べ目的の逮捕・勾留は認められていない。目的はあくまで逃亡または証拠隠滅の恐れがある場合の一時的な身柄拘禁である。にもかかわらず、警察署内の留置場に勾留することで、取調べを目的とした勾留が常態化し、一事案につき最大23日で再逮捕を繰り返して長期拘束を行い、本来任意であるはずの取調べ受認が義務化し、弁護士との接見も制限されるなど、未決拘留のはずが実質監獄化し、しかもその取調べ過程が非公開のため、冤罪の温床となっている。

拷問禁止委員会の日本に対する代用監獄に関する指摘は以下の通り。

『代用監獄(代用の監獄における拘禁制度)
15.委員会は、代用監獄という監獄の代用制度が、裁判所に出頭後、起訴に至るまで、被逮捕者を長期にわたって勾留しておくために、広範かつ組織的に利用されていることを深く懸念する。この制度は、被留置者の勾留及び取調べに関する手続上の保障が十分でないこととも相まって、被留置者の権利が侵害される可能性を増加させ、また、無罪の推定、黙秘権及び防御権といった諸原則が事実上尊重されないようになる可能性がある。特に、委員会は、以下の事項につき深刻に懸念する:
a)過度に多数の人々が、捜査中及び起訴に至るまでの間、特に捜査段階における取調べが行なわれている間、拘置所ではなく留置施設に勾留されていること。
b)捜査機能と留置機能が十分に分離されていないため、捜査員が被留置者の護送にかかわり、その後、同案件の捜査の担当となる可能性があること。
c)留置施設は長期にわたる勾留に使用するには不適当であること、また、被留置者に対して、適切かつ迅速な医療措置が施されていないこと。
d)公判前に留置施設に勾留される期間が、起訴前で、一事案につき最大で23日にも及び得ること。
e)留置施設における公判前勾留に関して、裁判所が勾留状を発付する件数が非常に多いことからも分かるように、司法による効果的な監督や裁判所による審査が行われていないこと。
f)起訴前保釈制度がないこと。
g)嫌疑がかけられている犯罪の種類にかかわらず起訴前のすべての被疑者に対する国選弁護制度がなく、右は現在重罪案件のみに限られていること。
h)公判前勾留されている被留置者が弁護人にアクセスする機会が限られていること、特に、弁護人と被留置者との面会について特定の日時を指定する自由裁量権が検察察官に認められており、右は取調べの際に弁護人が同席しないことにつながっていること。
i)警察記録のうちすべての関連資料を法的代理人が閲覧する権利が制限されていること、特に、起訴に当たりどの証拠を開示するかを判断する権限が検察官に与えられていること。
j)留置施設にいる被留置者が利用できる、独立した効果的な調査及び不服申立て制度がないこと。
k)刑事施設において使用が廃止されたこととは対照的に、留置施設においては防声具(gags)が使用されていること。
締約国は、公判前勾留が国際的な最低水準に合致するよう、迅速かつ効果的な手段を採るべきである。特に、締約国は、公判前に留置施設を使用することを制限するため、2006年の監獄法を改正すべきである。優先事項として、締約国は、以下の事項に取り組むべきである。
a)留置担当官を捜査から排除し、また、捜査員を被留置者の留置にかかわる事項から排除することにより、捜査機能と留置機能(護送業務を含む)の完全な分離を確保するよう法改正を行う。
b)国際的な最低水準に合致するよう、被留置者が留置施設に身柄を拘束され得る期間に上限を設けるべきである。
c)被留置者及び弁護人が防御の準備を行うことができるようにするために、被留置者が逮捕された直後から弁護を受けられること、弁護人が被留置者の取り調べに同席できるようにすること、さらに、被留置者及び弁護人が関係する警察記録を起訴後に閲覧できることを確保すべきである。同様に、身柄を拘束中も適切な医療措置を迅速に受けられることを確保すべきである。
d)都道府県警察本部が2007年6月に設置される予定の「留置施設視察委員会」の委員に、弁護士会が推薦する弁護士を含めることを確保するなどの措置により、警察による身柄拘束の外部監視の独立性を保障すべきである。
e)被留置者が申し立てた不服の審査のために、公安委員会から独立した形で、有効な不服申立制度を設置すべきである。
f)公判前段階における身柄拘束について現行とは別の措置の採用を検討すべきである。
g)留置施設における防声具(gags)の使用を撤廃すべきである。』

この勧告に対して、日本側は曖昧な表現ではぐらかしたり、法の原則論を持ち出して指摘を否定したり、具体的なところに踏み込まない回答に終始する。例えば代用監獄については捜査員と同じ警察官である留置主任官を置きその承認を必要とする、という手続きだけで捜査機能と留置機能の分離の措置と強弁している。

『(答)
1 日本の警察では,従来から実施し,2007年施行の「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」において明文化された捜査機能と留置機能の分離を引き続き徹底しているほか,同法に新たに規定された,①警察庁又は警察本部の職員が留置施設を巡回する制度,②留置施設視察委員会が留置施設を視察して留置業務に関する意見を出す制度,③被留置者からの不服申立てを処理する制度等の運用を通じて,人権に配慮した処遇を行っているところである。
2 また,捜査機能と留置機能の分離の具体的な措置としては,①捜査員が留置施設に入ることを禁止する,②捜査に伴って被留置者を出入場させる際には,留置主任官の承認を必要とするとともに,被留置者の出入場の時刻を留置担当官が逐一記録する,③就寝又は食事の時刻経過後においても引き続き取調べが行われているときは,留置主任官が捜査主任官に対して取調べの打切りの検討を要請する,④原則として被留置者は留置施設内で食事をとることとし,捜査員が取調べ室等で食事をとらせることを禁止する,⑤被留置者の護送は留置主任官の責任において行い,戒護員には留置部門の者(留置部門の者のみでは必要な護送体制をとることができない場合には原則として捜査を担当しない部門に属する者)を指定し,当該被留置者に係る捜査に従事している者を戒護員に指定することは認めないなどの措置を実施しているところであり,捜査を担当しない部門に属する留置担当官が被留置者の処遇を行うことを徹底している。』(2011年7月「条約第19条1に基づく第2回政府報告」)

その他詳細については各報告書に目を通していただきたいが、このような報告書のやり取りがあった上での委員の日本の刑事司法は中世か発言であり、それに対する上田人道人権大使のシャラップ発言という流れである。

大使一人の愚かな発言として忘れられようとしているが、上記のようにシャラップ発言に至る拷問禁止委員会と日本との関係は司法行政全体で国際社会から見ても異常な構造を徹底的に守り抜こうとしていることを浮き彫りにしている。むしろ、大使の話にならない態度で、委員会をはじめ国際社会の間に、日本には何を言っても無駄、という空気が醸成されることの方がより危険であろうと思う。国際社会から呆れられ、相手にされなくなることで、結果として現行の代用監獄を初めとした強権的な司法警察体制を温存することが出来るのだから。

あわせて、日本は「個人通報制度」を一切受諾していない。「個人通報制度」は自由権規約、社会権規約、女子差別撤廃条約、障害のある人の権利に関する条約、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約、移住労働者権利保護条約等各条約で、『条約に定める人権の侵害を被った個人が、締約国による条約違反の通報を送付し、人権条約の実施期間である委員会に審査を求める』(横田洋三「国際社会と法」P228)制度で、現状ではもし、人権侵害があっても国連に通報して委員会の審査を依頼することは出来ない。

シャラップと言われているのは誰だ?

参考書籍・サイト
・奈良新聞社「司法の犯罪(冤罪)は防げるか―裁判員制度を検証する
・横田洋三 編「国際社会と法 — 国際法・国際人権法・国際経済法
・白取祐司 著「刑事訴訟法 第7版
・松井芳郎 著「国際法から世界を見る―市民のための国際法入門
・「外務省: 拷問等禁止条約(拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は、刑罰に関する条約)
代用刑事施設 – Wikipedia

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