「オーシャン・メタル―資源戦争の新次元」谷口 正次 著

二一世紀に入り、中国・インドをはじめとする新興諸国の急成長によって資源消費は急拡大を遂げている。しかし、陸上資源は過剰採掘による枯渇や品位の低下、廃棄物処理問題、環境汚染、先住民の生活破壊、一部の国々に供給元が集中することによる供給危機など様々なリスクが顕在化して開発コストは著しく上昇してきており、それに変わって近年ほぼ手つかずの状態である海底資源へ諸国の注目が集まり、さながら海底資源戦争の様相を呈してきている。本書はそんな海底資源の現状や日本の海底資源戦略、海底資源をめぐる国際関係などをコンパクトにまとめた一冊である。

海底資源は大きくわけて「マンガン団塊」「熱水鉱床」「コバルト・リッチ・クラスト」「レアアース泥」「メタン・ハイドレード」の五つで、調査が全く充分ではないにしても、非常に膨大な量の資源が眠っていると考えられている。たとえば中部太平洋を中心とした広範囲に広がる「マンガン団塊」にはマンガン・銅・ニッケルなどが地上より高品位な状態で、推定一兆七千億トンはあるとされているし、「コバルト・リッチ・クラスト」に眠る鉱物資源は地殻含有率を一とした場合、コバルトは約300倍、ニッケル約80倍、銅約20倍、レアアース約10倍なのだという。

日本は領海と排他的経済水域(EEZ)あわせて4,479,358平方キロメートル、世界第六位の広さで、その水域内に眠る海底資源も膨大な量に上る。特に熱水鉱床は沖縄トラフ、伊豆・小笠原海域に広がり、『熱水鉱床中の銅、金、亜鉛、銀、鉛などの推定賦存量は原鉱石で七億五〇〇〇万トン、採掘して回収できる量を六〇%として四億五〇〇〇万トン、地金価格にすると八〇兆円以上』(P40)であるという。またコバルト・リッチ・クラストも北部太平洋に広く分布し、日本のEEZ内では南鳥島、沖ノ鳥島、沖大東島海域に賦存し、コバルト、ニッケル、銅、マンガン、プラチナ、チタン、バナジウム、セレン、レアアースなどを始めとして、原鉱石賦存量推定二四億トン、回収率四五%として十一億トン、地金価値は百兆円以上となり、『潜在資源量は、わが国EEZ内だけでも世界第二位の豊かさ』(P48)と推定されている。

さっさと掘ろうぜ、という話だが実は日本にはその技術が無い。石油危機以降資源資源自給を重視して海底資源調査や採掘技術を磨いて世界でもトップクラスだったが、1985年以降のバブル下で資源は商社を通じて安く輸入する方針に転換し、2003年までに海底資源の調査も打ち切られて技術者たちも多くがリタイアして後継が育っておらず、諸国が一斉に海底資源調査に乗り出すのにも出遅れて2008年にやっと調査を再開、2011年からようやく本格的に着手したという段階だとされる。2018年目途の商業化を海洋基本計画で定めたが、その進捗も大きく遅れていることがシンクタンク等の調査で指摘されているところだ。

一方で唯一コバルトを自給できないアメリカや多国籍資源メジャー、欧州諸国、中国、インド、韓国などが二一世紀に入って一気に公海海底の資源調査や鉱区の確保に乗り出している。特に国を挙げて全力で海底資源確保に取り組み、海底資源競争の先頭にいるのが中国だという。中国は膨大な量の国内陸上資源をもちながら、経済成長に資源供給が追い付かず、日本と入れ替わるように80年代から海底資源調査に乗り出し、2005年以降資源自給を国家目標として軍産一致の戦略を立て、それに基づいて特に海洋資源確保に全力で取り組み、世界トップクラスにのし上がってきた。

東シナ海や南シナ海での領土紛争や緊張の高まりはこのような中国の海洋戦略が前提にある。中国は九州南端を基点として南西諸島から台湾、フィリピン西側からボルネオ沖を通ってベトナム東端に至る「第一列島線」と伊豆・小笠原からマリアナ諸島、インドネシアへと至る「第二列島線」という二つの戦略ラインを設定して、同地域から米国の影響を排除し中国の影響下におさめる戦略を立てている。この二つの線で日本のEEZ内の海洋資源はほぼおさまることになる。

この構想を実現させるため「三戦」という具体的戦術を実施していることが米国国防省の2009年の報告書であきらかになっている。

『まず「世論戦」(Media Warfares)は中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的とする。次に「心理戦」(Psychological Warfares)は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じ、敵の戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとするもの。三つ目の「法律戦」(Legal Warfares)は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対して予想される反発に対処するもの。』(P177)

これを読んで思い出したことがある。先日紹介した『「ドキュメント 戦争広告代理店」高木 徹 著』で、ボスニア内戦でPR戦略を駆使し「民族浄化」という言葉を広め国際世論を巧みに操って小国ボスニアを勝利に導いたジム・ハーフが、同書著者のインタビューでこう答えていたことだ。

『「日本の国家イメージをもしPRするとすれば、それはとてもチャレンジングだろうね。興味深い仕事だと思うよ。でも、今の私はまず中国での案件に向かうことになる」』(「ドキュメント 戦争広告代理店」P392)

ジム・ハーフが2005年のインタビューで語った「中国の案件」とは、まさにこの「三戦」への関与ではないのだろうか。ユーゴスラヴィア内戦の形勢を左右した戦争PR戦略のプロ中のプロであるハーフほど「世論戦」「心理戦」の適任者はいないように感じる。この「三戦」戦術を中国が本格化させたのはやはり海洋資源確保を最重視し始めた2005年ごろからのことだ。

前述の通り2003年から2008年の間、日本は海洋資源開発の空白期間があり、その空白が現在大きく響いているが、その間に中国は東シナ海周辺など日本領土への介入や挑発、ナショナリスティックな言動を行い、日本側も態度を硬化させて、ナショナリズムを高揚させている。目先の領土問題に気を取られて、中国が本当に重視していた海洋資源競争に出遅れ大きく諸外国の後塵を拝している、という結果だけ見ると、日本はすでに一度情報戦争に敗北し、しかも敗北していることにすら気づいていなかった、といえるのかもしれない。まぁ、このあたりは断片的な情報を組み合わせただけなので、妄想乙、以上のものではない。このへん詳しく書いている本・論文とかないかしら。調べているときに「中国の海洋進出―混迷の東アジア海洋圏と各国対応」という書籍を見かけたので図書館に予約してみる。

ということで、目先のナショナリズムの高揚や先鋭化する領土問題を別の視点から眺めるために、海洋資源を巡る現状の認識は重要だと思うので、なにはさておき多くの人に一読していただきたい本だ。kindle版もあるので、書籍版が品切れしても安心です。

参考書籍

鉱物資源フロンティア―陸上から海底まで広がる (B&Tブックス)
細井 義孝
日刊工業新聞社
売り上げランキング: 324,501
国際法から世界を見る―市民のための国際法入門
松井 芳郎
東信堂
売り上げランキング: 450,361
ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)
高木 徹
講談社
売り上げランキング: 8,518
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